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独りの雪に鳴く鳥よ  作者: 由狸 ゆり
1章 過去編
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3話 お前が私の唯一と


「本当に誰もいないんだな」


 カルフィスに屋敷内を案内された僕は、最初の部屋に戻って寛いでいた。二人でベッドに上がり、向かい合って座っている。まるで合宿の夜に先生から隠れて夜更かしをする、憧れたあの状況のようで、浮かれていたのだ。だから彼の感情などあまり考えずに聞いてしまった。

 その途端、楽しそうにあれこれと話していたカルフィスの表情に影が落ちる。


「それは先程言ったではないか。そう何度も蒸し返さずともいいだろう」


 カルフィスは唇を突き出して拗ねたように言った。

 僕に出会うまでのカルフィスにとって、独りである時間は寂しい記憶であり、それでも日常の一部として受け入れていることを知っていた。しかし、誰かと共にいる喜びを知ってしまった今のカルフィスには、記憶の中にある孤独な時間でさえ耐えがたく苦しいものに思えてならないのだろう。少し考えれば気付くことなのに、僕は何も考えずに言葉にしてしまったのだ。

 カルフィスは胸を押さえながら眉を寄せている。しかしその直後、フッと顔の力が抜かれ、笑みを浮かべた。

 楽しそうにしては拗ねて、その後すぐに嬉しそうに微笑むカルフィスを、僕は薄目で眺めてため息をついた。

 あまりにも素直すぎる。それに加えて警戒心の欠片もない。

 突然窓から不法侵入してきた見知らぬ人に敵対心を持たないばかりか、率先して屋敷内を案内する人だ。心配を通り越して呆れるレベルのお人好しである。


「君は騙されやすい人の典型例のような性格だな。気を付けなよ、本当に」

「セトは私を騙しているのか?」


 カルフィスは僕の言葉に心底驚いてショックを受けた顔をした。

 だから、そういうところ。


「僕は騙してないよ。でも世の中全ての人が善人であるわけではないんだ。君を騙して金儲けをしようとするような悪人に出会ってしまったら、目も当てられない」

「金…ああ、外の人々が使っているというあれか。以前に本で見たことがある。でも、屋敷内で金を見たことはないぞ?」

「持っていないから騙されないとでも思っているの?全くカルフィス坊やったら。考えがいい子過ぎて心配になってしまうよ」


 僕は首を振りながら肩をすくめた。

 前世で見た小説や映画からの知識だが、人の体は金になるらしい。健康状態にもよるのだろうが、臓器ひとつが数十万円で売り買いされる業界があるというのだ。僕が実際に見たことはない。しかしきっと、実際にあることなのだろうと思う。

 臓器を売ることができるのは保存技術などがあった前世のみで、文明が発達していない今世ではあり得ないことだが、今世では今世なりの文化がある。驚くべきことに、奴隷制度があるのだ。

 人が人を支配して所持する。そんなことが当たり前のように罷り通る世界なのである。数多の革命や改革の末に、人権というものの認識が広まった時代に生きた僕にとっては耳を疑う事実だ。

 僕の脳内では、幼い子供のように素直で穢れを知らないカルフィスが、悪人に騙されて牢屋に入れられ、オークションに出されていた。整った顔立ちに価値を見出されて高値で売られるのだ。どんどんと釣り上がる金額。盛り上がる会場。欲に塗れた場所の中心にいながら、きっとカルフィスは状況が理解できず、取り敢えず現状、独りではないことを喜ぶのだろう。

 そこまで容易に想像できてしまって、顔から血の気が引いた。あり得ない話だと否定できないのが辛い。


「よし、カルフィス。僕が善人と悪人の見分け方と対処方法を教えよう」

「そんなこと必要ないだろう」

「何を言っているんだ。今、君に最も必要なものだよ」


 僕は数日にわたる授業の決意をしながら言ったのだが、カルフィスは理解できないようだ。


「セトは善人だろう?」

「善人か悪人かの二択しかないのだったら、善人だね」

「それなら必要ないではないか。なぜそんなことを言うのだ?」


 僕とカルフィスはお互いに首を傾げた。何かが食い違っているように思えてならない。


「僕は善人だから大丈夫だけれど、もしこの先カルフィスが悪人に出会ってしまったら、きっと酷い目に遭ってしまうよ。それが心配だから教えてあげようとしているんじゃあないか」

「私が悪人と出会うことなどない。私が関わるのはセトだけだからな」

「…今は、ね。これからのことは分からないだろ?」

「分かる。お前以外と話す気はない」

「なんでそういうことを言うん…」


 僕は思わず半目になる。先程までどんなことを教えてもカルフィスは「そういうものなのか」と受け入れていたのに、いきなり頑なになってしまった。


「他の人と話したいとは思わないの。君、結構寂しがり屋だし、会話が好きだろ」

「思わない。セトだけでいい」


 カルフィスの激しい拒絶に、僕は違和感を感じた。少しも考えずに拒んでいる。まるで何かを恐れているかのようだった。

 僕が眉を顰めながらカルフィスを見ていると、カルフィスの視線が徐々に下がっていく。その視線が僕の目から首、腹を通って床へと下りた時には、カルフィスの顔は髪に隠れて見えなくなっていた。


「セト、実はな。私は今まで人と関わったことがないわけではないのだ。遠い昔、家族と呼べる人々がいたこともあった。私は嫌われ拒絶されていたから、家族だと認められていたわけではないのだが、それでも、数ヶ月に一度は誰かと会っていた。しかしただ“会っていた”だけなのだ。彼らは私の奇妙な容姿を怖がり、会話をすることを疎んだ。私がまだ生きていることを確認したら、すぐにいなくなってしまうのだ。私を視界に入れることさえせずに」


 思い出すだけで辛いのだろう。カルフィスの手は力一杯握りしめられていた。感情を痛みで覆い隠したいのか、痛みを感じることさえできないのか。指の間から血が滴り落ちても、カルフィスの手には力が込められたまま。

 見ているだけで痛くて、僕は飛び付くようにカルフィスの手を取った。血で汚れることも厭わずに、カルフィスの手を抱き込む。彼の痛みが少しでも自分に移ればいい。


「カルフィス、手を開いて。血が出てしまっているよ」


 僕は意識して優しい声で言う。カルフィスを想う人もいるのだということを、言葉以外のもので伝えたかった。

 その声を聞いたことで、カルフィスの意識がようやく現実に戻った。至近距離で目が合う。


「セト、お前は、私を怖がらずにいてくれた。外の風を運んできてくれた。私はお前だけでいい。お前以外にとっての私は、邪悪で嫌いなものなのだ。関わらない方がいい」


 そう言ったカルフィスは、とても悲しそうだった。

 少し聞いただけでも伺い知れるほどの酷い扱いを受けていたのに、カルフィスには恨みや憎しみといった感情がないのだ。独りであったことに、受け入れられないことに、ただ、悲しんでいる。


(みんな、何を見ているんだろう)


 僕は呆然と考えた。

 見た目に惑わされて、こんなにも優しい子が傷付いていることに気付かなかった人たち。カルフィスは自分を異端と思い、傷付けてきた彼らのために、こんなにも暗い部屋に閉じこもったのだ。

 何故か涙が出てくる。カルフィスが泣いていないのにその場にいなかった自分が泣くものではないと、涙を堪えようとするが失敗に終わった。

 涙が頬を伝ってカルフィスの手に落ちる。


「違うんだよ、カルフィス。僕は特別じゃあない。君を怖がらない人は、たくさんいるんだ」

「……..」

「君が会った人たちが、嫌な人ばかりだっただけなんだよ」

「…そうか」


 言いたいことはたくさんあるのに、言葉がうまく出てこない。勝手に泣いている自分も、碌に慰められない自分も、全てが嫌になった。

 僕がどんなに言葉を尽くしても、カルフィスの心には届かない。決して僕の言葉を信じていないわけではないのだ。カルフィスには他者から拒絶された経験しかなくて、想像ができないだけなのだ。

 初めて会って挨拶を交わして、お互いのことを聞いて理解し合って。そういうごく普通のことが、カルフィスにはとても難しいものになってしまう。

 初めてそれをした僕を、唯一としてしまうほどに。


「セト、泣くな。泣かせたくて言ったのではない。ただ私は、そうした方がいいと言いたかっただけなのだ。本当に、それだけだから」


 自分を犠牲にするような優しさに、僕はひどく悲しくなった。まだ血が流れ続けているカルフィスの手に額を当てて、誓いをたてる。

 カルフィスと共にあろう。この世界がどれだけ残酷でも、カルフィスの隣に肩を並べて共に生きるのだ。

 彼がもう二度と、独りで泣くことがないように。

 

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