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独りの雪に鳴く鳥よ  作者: 由狸 ゆり
1章 過去編
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11話 『お友達』


「これからセトの友達になる子だ。孤児院を訪問した時に、とても目を引く子を見つけてね。お前の友達として使えるのではないかと引き取った」


 血縁者や家からの勘当を決意したあの日から早数日。

 僕は予想外なことにまだ良家の子息として生活しているし、なんなら見ず知らずの友達まで差し出された。どうして。


「お前が寂しい思いをしていることに気付くことができなくてすまない。これからは寂しくないように、これをやろう」


 こちらの顔色を伺いながらそう言った男は、痩せこけた少年の背中を押して前に出す。どうやら、僕が寂しさのあまり家を抜け出しているのだと考えたらしい。別に寂しいと思っだことはないが、カルフィスに出会ってから満たされているのは事実だった。なにせ、人生を跨いでの初友だ。

 僕という一個人を理解していない親もどきに言い当てられるのは業腹だが、的外れではなかった。良好な家族関係であったのならば、幸せの真っ只中にあったのならば、少なくともあの時、雪が降ったら会いに行くとは言わなかったのだから。

 

 少年はたたらを踏んだ後、勢いを殺しきれずに転ぶ。

 目の前で子供が転んだというのに、男はそちらを向くことなく、僕の顔を見つめていた。嫌いなところの空欄に付け加えておこう。


「は、はじめまして、セト様。アンセル、です。セト様の、お、お友達になる、栄光を賜ります。どんなことでも、お、お申し付け下さい。どんなことでも、やります」


 これの何処が友達だというのだろう。

 少年は何度も頭を下げながら言った。緊張のせいか、手足が震えている。誰の目にも明らかなほど怯えながら、しかし、痛いほどの光が宿る目で、縋るように僕を見ていた。


 これは一目見た時から気付いていたのだが、少年はとても綺麗な格好をしている。希少な金色の髪は陽を浴びて輝いているし、着ている服も上等。汚れなど一切ないし、見える範囲にはという注意書きが必要だが、傷もない。これが前世の日本であったのならば、これほどまでに不自然に見えなかったのかもしれないが、今世において、孤児がこんな姿をしているのはありえない。この時代の孤児院は、国が体裁を保つために建てられ、以降は必要最低限の物資しか与えられない。常に貧困に喘ぎ、虐待が絶えない劣悪な環境だ。

 僕が勘当を覚悟した日から五日が経つ。男が僕の『お友達』を探し始めたのは、どんなに早くても五日前ということだ。その短い時間で、少年は孤児院という地獄から貴族の屋敷に引き取られ、体を綺麗に洗われ、おそらくは見たこともなかったであろう上等な服を着せられた。まさに雲の上の、天国かと見紛う生活をしたのだ。それを手放したくないと思うのは当然だと理解できる。そのために、今この瞬間、僕に気に入られることに必死になるのが仕方がないことだとも、分かってはいた。

 分かってはいたのだが。

 僕にとって友達というのはとても特別なもので、大事な存在で、僕の心の拠り所になるような、他の何を投げ出してもいいとさえ思えるような、そういうもので。

 例え上辺だけの言葉だとしても、カルフィス以外を友達だとは、言いたくなかったのだ。

 だから、僕は意識してにこやかに笑う。決して君自身を拒否しているのではないのだと、理解して貰えるように。


「はじめまして、アンセル。会えて嬉しいよ。この家に引き取られたというのだから、君は僕の義弟になるのだね。未熟な兄だけれど、よろしく」


 友達としての君は拒否するけれど、弟としては受け入れるよ。そんな気持ちを込めて言った。精一杯、伝えたつもりだった。

 しかし、アンセルの強ばった表情を見て、失敗を悟る。

 髪と同じく希少な碧眼は絶望に染まり、視線が細かく動いている。怯えながらもなんとか保っていたであろう拙い笑顔は消え去り、顔から血の気が引いていた。

 運の悪いことに、少年はおそろしく賢い子だった。自分の置かれた環境と立場、そして、僕が言葉の裏に隠した拒絶に気が付いてしまった。

 

 これは僕の、確実な失敗だ。相手は子供だと油断していた。自分が大人にされて嫌な思いをしたというのに、今度は僕の方が同じことをしてしまったのだ。


「セト、違うんだ。引き取ったといっても養子に迎えたのではなく、あくまでもお前の側近として買ってきただけなんだ。だから義弟ではなくて」

「貴族たるもの」


 男の表現があまりに耳障りだったから、つい男の言葉を遮るようにして話し始めていた。


「貴族たるのも、一度迎え入れたのならば、最後まで面倒を見るぐらいの甲斐性は持たなくては。そうでしょう?」

「あ、ああ。そうだな。その通りだ」

 

 今のうちに釘を刺しておく。引き取ったのだから捨てたりするなよ、と。

 少年には無神経なことをしてしまったのだ。これくらいはしてあげなければ。


 僕は失敗をしてしまったが、兎にも角にも、やってしまったことは仕方がない。

 男のいうように『お友達』として扱うことができないのならば、いっそのこと弟としても否定した方が良い。体裁を重んじる貴族の典型的な価値観を持つ男のことだ。釘をさしたことだし、一度引き取った孤児を捨てたりはしないだろう。それならば、いくらでもやりようはある。この家の中での地位を得られはしないだろうが、貴族の恵まれた環境で勉学に励むことができる。奇行を繰り返す反抗期な息子に代わる優秀な跡取りとしてアピールするのもいいし、貴族社会で評価されるような功績を残すことを目標とするのでも良い。識字率が低いこの時代、この国では、字が書けて少しの知識があるだけで職業には困らない。きっと孤児院にいた時には想像したこともないほどの未来を切り開けるだろう。

 貴族の子息の『お友達』として、いつ飽きられるか戦々恐々とながら生きるよりも、良い環境にいることを許されているうちに、自らの力で生きる術を掴み取った方がいいだろう。そして生きる術を手に入れたその時には、心置きなくこの家を出られるように、『お友達』や義弟などという(しがらみ)はなくすべきだ。


「お父様、久しぶりに人と話して疲れた。もう部屋に戻っていい?」

「それならば、これを連れていくといい。さっそく身の回りの世話を任せてみなさい」


 こいつは話を聞いていなかったのだろうか。今のどの会話をどう解釈すればそんなことが言えるのか。そもそも自分の中ではもう決定事項だから、どんなことを言われても関係ないのか。まったくもって、理解できない。


「いいよ。自分のことは自分でできる」


 男は困ったような顔をした。我儘を言う子供を見るような目だ。言うことの聞かない子供に仕方がないなと笑って、寛容に受け入れる自分に酔っている。

 まるで愛情に満ち溢れた親の顔。

 しかし、「お前のためだ」などと言いながら、鎖を付けて檻に閉じこめることを、愛とは呼ばないと僕は思う。

 

(この人は知らないのだろう)


 否、これも一種の愛の形か。しかし、僕が好む形ではなかった。それだけなのか。

 僕が好む愛とはもっと柔らかく温かで、ふんわりと包み込むような、そんな形をしている。そう、カルフィスが与えてくれる感情に酷似していた。

 こんなに押し付けがましいものではない。


「そんなことを言うな。お前のために買ってきたんだ。珍しい色の髪と目をしていたから、それなりに高かったのだぞ」


 知らねえよという言葉を、とても苦労して呑み込んだ。頭を撫でようとしているのか、無遠慮に伸びてくる手を、嫌悪感を隠さずに見る。

 

「お気遣いありがとう」

 

 そう言いながら、手を叩き落とした。パシリと乾いた音が鳴る。

 

「でもいらないや。友達なら、自分でつくれる」


 当たり前のことを当たり前に理解する。それはこんなにも難しいものなのだろうか。

 今だけは、前世のいっそ潔癖なまでの倫理観を恋しく思う。

 

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