第4話 タイミングが悪いことなんてざらにある
――クリス視点――
あれは忘れもしない、運命の日。
突然、酔っ払いの父に呼び出された。
「お前は男らし過ぎる! 目つきも怖い! 嫁に行けるかとても心配だ」
よく言われるよ。しかし、目つきが悪いのはあんたの最愛の人譲りだ。
私の母親はこの帝国の貴族らしく腕っぷしが強い。
何でも戦う姿を見た父が惚れこみ、何度も頼み込んでようやく妻となったのだとか。
もう一人の母は優しさに溢れている方、先に婚約していたのはこちらの方だったそうだ。
『貴族だから奥さんや家族は何人もできるかもしれないけど、せっかくだから仲良くしていきたい』
と、もう1人の母が常々言っている通り、家族仲はとても良好だった。
跡継ぎについても、先に男児が生まれればその子が、女児だけでも先に生まれた方の婿を……と決めていたらしい。
温かい家族とはいえ、跡継ぎで揉めることは少なくない。
争いを避けるため、恨みっこなしの取り決めだったそうだ。
しかし、先に長女である私を生んだ母が、私が物心ついたときにそれを覆した。
ちょうどもう一人の母がソフィアを身ごもったころだ。
『私の娘なんだから人の上に立つ器ではない。クリスはその子の付き人にしよう』
この時初めて2人の母が喧嘩するのを見たが、結果は実の母の言う通りに。
そして余計な混乱や謀反の心を持たないように、と私は書類上では娘ではなくなった。
家族を、一族を思えばこその考えだったのだろうが、行き過ぎている感は否めない。
このような決定を下せるような母親は、確かに人の上に立つ器ではなかったかもしれないな。
家族の愛情は今まで通り、いや遠慮がなくなった分、より激しく感じることができたのはせめてもの救いか。
それでも当時の私は、事情はよくわからなかったが物凄く反発していたように思う。
しかしソフィアが生まれ、初めてその姿を目にしたとき、母の選択は正しかったのだと思った。
なんて……なんて尊い……私はこの子の盾となり、剣となるために生まれてきたのだ!
「クリスはこの子を守るのよ」
その言葉を、幼いながらも胸に刻んだのだった。
それからの私は必死に訓練をし、付き人としての振る舞いも身に着けてきた。
私の剣術の才能は無事に母親から遺伝されたらしく、めきめきと実力を伸ばしていった。
さて、話を父親との会話に戻そう。
その日の夜だったんだ。
家族が例の連中に襲われ死に逝く中、私は両親の希望通り、ソフィアを抱えて逃げた。
勿論後悔などない。両親を守ることができなかったのは悔しいが。
母が手も足も出なかったのだ、私でもどうしようもないだろう。
とにかく、愛する父親、家族に貰った最後のプレゼント。
死の直前に偶然授かった大切な姓だ。
だから――。
◆◇◆◇
「だから笑うなと言っているっ!」
……すまない、そんな重たい話があったなんて露知らず。
思わず笑ってしまって本当にすまない。
「『姓だけでも可愛くあれ!』と授けてくれた名だ! クリスティーナ・ピョンピョンだっ! バカにするなっ! 由緒正しい血族の、古風な名前が多い中で父が頑張って可愛い名前を考えてくれたんだ!」
「ぶふっ! ……いや、本当にすまない。正直ギャップが酷いとか悪ふざけだろとか思って本当にすまない」
「貴様ぁっ!」
改めて自己紹介をして貰ったんだけど、まず名前の所で躓いてしまっていた。
ソフィアとかシュナイダーとかクリスティーナとか、確かに古風な感じだもんね。
しかし……ピョンピョンかぁ……。
「うっう……よかったねクリスさん、最後に心の籠ったプレゼント貰えて……」
リルちゃんは純粋無垢というか、そういうとこあるよね。
「私は……お父さんの悪ふざけだと思うなぁ~……」
そう思っちゃうよね、ピョンピョンて。
「名付けは親の愛情が籠ったプレゼント、笑うなんてしっ失礼ですわっ!」
プリンちゃんの言う通りだ、笑うなんて失礼だよね! だから顔を引きつかせるのはやめてね。
いかん、話題を変えないと……。正直笑っていいのかいけないのかわからない。
いや、もちろんダメなんだけど……。
「ていうか、2人は姉妹だったのねっ」
「そうだよ♪ 一応、そういうことは伏せて生活してたんだけどね」
「あれ、ソフィアは知っていたのか? 余計な気を使わないようにと言ってなかったはずなんだが」
「そんなのわかるに決まてるじゃない! ……まぁ、実は私のお母さんがこっそり教えてくれたんだけど!」
「そ、そうなのか……」
「そうだよっ♪ 『本当は血の半分繋がった姉妹だから、大切にね』って!」
「……そうか。さすがあの方だ。ソフィアに似てとても優しい」
クリスも、自分のお母さんに似てそうだったね。
そんな幸せな家族を襲った連中、絶対に許さんっ!
◆◇◆◇
その夜、夢を見た。
これは妄想か現実か、それともやはりただの夢か。
「力が欲しいか」
「いらないです」
「……今日、確かに願ったはずだが?」
「いやさ、大抵こういうの良くないことになるじゃん。乗っ取られたりとか」
「……それすらも乗り越えて力にするものでは?」
「俺の振りした俺じゃないモノにみんなといちゃつかれるのが嫌だ!」
「……そのみんなを守りたくないのか?」
「それは守りたい。だからどうすれば強くなるか方法だけ教えて?」
「いい加減にしろ。ふざけてるのか?」
「ていうか、お前だれ?」
「愚問だな。わかっているはずだ」
「俺はお前だ。あるいは過去。あるいは未来」
そうか……これはあの時の……。
「そして、あるいは餓鬼。あるいは貪り食らうもの。あるいは堕ちた妖精。この意味が分かるとき、お前は強くなるだろう」
◆◇◆◇
――ディ視点――
その夜、夢を見た。
これは妄想か現実か、はたまた遠い過去か近い未来か。
≪おのれ『餓鬼』め! どこまでも卑しい奴め! わがマナを喰らうとはっ!≫
「ディは知っている。餓鬼とか地獄とか天国とか……そんなものは所詮心のありよう」
≪黙れっ! 『畜生』め!≫
「もっと生命に敬意を表せ! そして後悔しながら逝くがいい!」
……。
目が覚めた。
何だか嫌な夢を見た気がする。なんか不快な奴と戦っている夢。
どんなだっけ。……忘れたけどとにかく不快な気分だ。
横で寝ている主の顔をみる。不思議だ、心が休まる。
「……」
主の耳を軽く噛む。
これはディの意志じゃない。顔が勝手に近づくんだ。ディは悪くない。
主のおかげで、嫌な気分だった心が晴れ、温かな気持ちになる。
こういうときどうするんだっけ? 確か主が最近言っていた――。
「あー心がぴょんぴょ――」
主に口を塞がれた。
さて、なぜディが一緒に寝てるかと言うと、先日の妻会議で決まったのだ。
順番に主と一緒に寝よう、と。
ディ以外の順番は……多くは語るまい。
おかげで毎日主はディと寝られている。主も嬉しいことだろう。
主が起きるまでまたゆっくり顔を眺めていよう、そう思っていたが今日は違った。
主がいつまで経っても離さない。
塞いだまま、口に指を入れてきた。
「もごもご」
苦しい……。
苦しいけど、何だろ。
いつも大切にしてくれてる主に苦しいことされてる……。
わからない。わからないけど、心臓のドキドキが止まらない。
きっとこれは内緒にしなければいけないやつだ。
きっとみんなにバレてしまったら一緒に寝れなくなる気がする。
ボーっとする頭でそんなことを思ったのだった。




