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05 4年前-庭園にて-

 女王ジェラルディンと隣国第3王子クラレンスの結婚が決まった頃は、クーデター直後で国が荒れており、とにかく早く両国の同盟を結ぶことが優先されたため、わずか1ヶ月の準備期間で極めて簡素な結婚式だけ行った。花婿が幼く白い結婚であることもあり、それでよかったかもしれない。

 国民が国王夫妻の結婚を大々的に祝えないことを残念がったため、もしくは祝いにかこつけた商機を提供するため、半年後国が立ち直った頃に、従来からある祭りに合わせて祝賀を行って、方々を満足させた。


 そして結婚から5年目。女王の王配クラレンスは成人の18歳を迎えた。


◇◆◇◆◇◆


「陛下、失礼を」

 クラレンスが女王の頭上の枝を少したわめた。

 女王の結い上げた髪が枝に引っ掛かりそうだったのだ。

「おお、ありがとう」

 女王は笑いかけ、そして頭上を見上げる。

「うちの庭師はいい仕事をしてくれている。この蔓薔薇のアーチは見事だな」

 王宮の庭園は丁度薔薇が見頃だった。

 国王夫妻は毎朝、食事の後に一緒に庭園を散歩している。

 女王が政務に忙しく、体を壊すのではとクラレンスが心配し、運動と日光浴と気晴らしにと提案した。

 女王もまた、一人で異国に来た少年クラレンスの家族として、共に過ごす時間を確保してやりたいと思っていたので賛成した。

 女王が執務にかかる前の僅かな時間だが、日課として続いている。


「クラレンス、背が伸びたな」

 自分の頭上で枝を押さえる彼の腕を見上げ、女王は言った。

 彼女より低かった身長は、頭ひとつ高くなり、腕も指も骨ばって長くなっていた。

 王配という職務上、武人のように岩の如くに体を鍛える暇はないが、きちんと筋肉のついたしなやかな体格をしている。そして立ち居振舞いは、王配として恥ずかしくないものを身に付けていた。

 ふっくらと薔薇色をしていた頬は削いだ精悍なラインになり、中性的な美しい顔立ちは男性的な清潔な色気を含むようになった。

 声は低くなり、しかし透明感のある響きはそのままだった。

 銀の髪を長めに整えているのは、女王がその髪型が似合うと言ったからだ。


「もう18ですから。成人ですよ」

 クラレンスはどこか誇らしげに微笑んだ。

 女王は眩しげに彼を見つめた。

 女王は28となり、力強さと自信に満ち内から光を放つような魅力を増した。溢れる生命力が周囲に力を与えてくれるかのようで、人は惹き付けられずにいられない。


 クラレンスは最近、女王を見ると何だか心の底がそわそわする。いや、1,2年前からだろうか。

 出会った頃から、女王は大人で綺麗で、自分のずっと先にいる憧れの女性だった。

 そわそわするのは、5年経っても彼女に追い付くどころか、彼女が更に先に進んでいて差が開いているように感じる焦りだろうか。

 彼女の周囲には常に、国で最高の頭脳や武力や血筋を持つ男が無数にいることに、心がざわつくようになった。

 見下ろす彼女の肩が細いことや、エスコートする時自分の腕に収まる彼女の体が華奢なことに気付き、意識が吸い寄せられるようになった。

 クラレンスはその気持ちから目を逸らした。気づいたら今の状態が壊れてしまう気がして、無意識に心の中で蓋をした。


「クラレンスも18か。早いものだな」

 女王は近所の小母さんのような調子で、腕を組んで感慨深げに言った。そして、その姿勢のままクラレンスを見上げて言った。

「クラレンスは将来何になりたい?」

「将来?」

 彼は首を傾げる。質問の意味が分からない。

 どうありたいか、という質問なら、自分の成長すべき点は多々思い付くので答えようがある。しかし何になる、というと、子供に大人になったらなりたい職業を訊くかのような質問だ。

「将来、『人間契約書』から解放されて、王配でなくなった時だ」

 ーー冷水を浴びせられたような気がした。クラレンスは凍りついた。


「ああ、期待させてしまったならすまない。今はまだ、政略結婚を解除できる状況でない」

 彼が凍りついた理由を期待と解釈し、女王は慌てて言った。

「イリヤーナとの関係がもう少し強固にならないと周囲を説得できない。まだ時間をくれ。しかし、将来解除できた時のために、準備をしておくのに早すぎることはない。イリヤーナに帰りたいか?この国で暮らすなら領地や文官の職が欲しいか?それによってもこの先打つ手が変わってくるし、手配に準備も必要だ」


 クラレンスは動揺して頭が真っ白になり、女王の言葉は耳をすりぬけていった。

 『人間契約書』という単語を久しぶりに聞いて思い出した。

 『人間契約書』から解放するーー5年前、彼女は確かにそう言った。

 しかし5年間彼女の傍にいるうちに、ずっとこのまま王配として彼女を支え続けると、いつの間にか思い込んでいた。それ程に、自分の人生が彼女と共にあることが自然になっていた。


「…考えていませんでした」

 彼は俯いて苦し気に絞りだした。

「そうか。今は王配の勉強と仕事だけでも大変だろうしな。まだ先のことだ、ゆっくり考えておいてくれ」

 ぽん、と女王はクラレンスの二の腕を軽く叩いた。

 女王が触れた場所が熱を持ったように感じた。


 薔薇のアーチを抜け歩き出した女王の後ろ姿に、クラレンスは思わず話しかけた。

「陛下は?」

「何だ?」

 先を行く女王。女王の向こうに丁度朝日が差し、結い上げた髪の輪郭が光を受け輝き、彼女自身が光っているように見えた。そして自分のために振り返ってくれた顔に、逆光の影を作った。

 ーーその光景は象徴的であるように感じ、クラレンスの胸に重いものが落ちた。


「その…陛下は」

 早く私と縁を切りたいのですか。そう、駄々をこねる子供のようなことを言いそうになった自分に驚く。目を泳がせ、咄嗟に代わりの言葉を探す。

「…将来、私が王配をやめたら、陛下はどうするのですか」

 咄嗟に出た台詞も最悪だった、とクラレンスは内心頭を抱える。


「どうもしないぞ?」

 女王はきょとんとした顔で言った。

「王位を下りる気はないし、独り身に戻るだけで何も変わらない」

 クラレンスは瞠目する。 

「しかし…王というお立場ではお世継ぎが必要でしょう」

 結婚時点では王配が幼すぎるため白い結婚とすることを国全体へも公言した。女王は早すぎる結婚による年少者への性的虐待を禁じており、自身も例外ではないとの立場を明確にした。

 しかし、クラレンスももう成人。そろそろ世継ぎをとの声が届いている。勿論、女王の耳にも届いていることだろう。


 女王はあっけらかんと言った。

「いや、私は子を持つ予定はないから、独身はむしろ好都合だ」

「…は?」

「王家は私で最後にする。議会を立ち上げ民主制に移行するつもりだ」


 どこまでも想像を超える果断の女王は、またしても爆弾を落とした。

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