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11 襲撃

 夜会の会場は暗闇と阿鼻叫喚に包まれた。


 クラレンスは目を走らせる。バルコニーから侵入した襲撃者は十数人に見えたが、蝋燭が次々消え状況が分からなくなった。

 明るい灯りに目が慣れていた我々夜会客には暗闇でも、外から来た侵入者は目が闇に慣れていてまともに動けるのだろう。こちらが不利だ。

 襲撃者の目的は分からない。しかし害意があるであろうことは確かで、その標的として最も可能性が高いのは、至高の存在、女王陛下だ。


 離れていても女王の状況は気にかけていたので位置は分かる。暗闇で逃げ惑う人にぶつかりながらも、数秒で女王の元へ辿り着いた。

「陛下!」

「クラレンスか!」

 合流できたためか、安堵の滲む彼女の声にほっとする。

 と、強い体当たりをくらい倒れそうになる。ギン!と金属同士がぶつかる音が間近で聞こえた。

「陛下!お逃げください!」

 切迫した声は恐らく護衛の近衛のもの。女王とクラレンスを守って賊と戦っているのだろう。

 戦闘のプロの言葉に素人が異を唱える状況ではない。 


「失礼を」

 クラレンスは女王の手を握る。暗闇ではぐれる訳にはいかない。

 女王は既に椅子から立ち上がっていた。

 彼女は足を挫いていることが頭を掠めたが、それを言及するより早く女王が手を引き走り出したので、クラレンスはその意思に従った。

 心苦しいが捻挫の痛みは我慢してもらうしかない。今は命を優先し逃げることだ。



 二人は一番端のバルコニーから外へ出た。つまり侵入者の来た方向へ向かったのだ。大胆だが、廊下側の出入口が夜会客で詰まってしまい、他に逃げ道がなかったのだ。

 ここは侯爵家だ。侵入者は短期決戦で標的を殺すなり奪うなりして退却するだろう。人質をとり籠城しても騎士団が駆けつけ不利になるばかりでいいことはない。

 無論、侯爵家が黒幕ならその限りではないが、侯爵程権力があれば、こんな派手な襲撃を演じるよりリスクが小さく楽なやり方はもっとある。

 多くの有力貴族を傷つけ敵に回しかねない力押しという下策に出るとは、敵は余程大きなバックがいるか、暴力で物事を解決する脳筋か。どちらでも身の危険が大きい。

 女王を殺すだけが目的の敵ーー目的は不明だが最悪の目的を想定するーーから逃げるには、結局、外へ逃げるしかなかったのだ。



 外は月明かりと積もった雪の反射で、歩ける程度には明るかった。

「!」

 バルコニー外で退路の確保に待機していた、顔を布で隠した侵入者が剣を構える前に、その腹にクラレンスが蹴りを入れた。

 倒れる男から剣を奪う。夜会では当然剣を身につけていなかったので、これは貰っていくことにする。


「クラレンス、こっちだ」

 女王は、上位貴族たる侯爵の屋敷には幼い頃から何度も来たことがある。だから暗くても庭の配置は分かる。記憶を頼りに先導する。

 正面の南の庭園は、葉が落ちない常緑樹の植え込みや四阿などが多い凝った造りで、物陰が多く敵が潜みやすいので飛び込むのは危険だ。

 建物の北側の、葉が落ち見通しのよい落葉樹の林へ向かう。その先には使用人用の門があり、出入りのチェックのため門番がいて詰所がある。そこに助けを求めればーー


 その時、雪を踏む足音が迫ってきた。振り向くと、少なくとも3人。顔を布で隠し動きやすさを重視した黒っぽい服で、明らかに夜会客ではない。

 

 ーー速い。追い付かれる。

「先に行ってください!」

 小声で女王に言うと、クラレンスは振り返り剣を構えた。

 そして剣撃の音が夜陰に響いた。

 辺りは葉が落ち冬枯れた林。月明かりのみの夜闇に、白い雪と白い夜会服が浮かぶ。


 女王の護衛は本来近衛の仕事だ。クラレンスは近衛ほどの剣の腕はない。

 当然だ。クラレンスは王配のプロであり、戦闘のプロではない。優先すべき仕事は無数にあり、個人的感傷で剣技の鍛練を優先する程無責任ではない。

 それでも、嗜み以上に鍛えた。近衛すら女王を守れない非常事態の時、女王の一番近くにいる自分が最後の盾になるために。

 そんな機会は一生来ないだろうと知りつつ、自分の覚悟のためにと思っていた。まさか今、その機会が来るとは。


 とはいえ1人対3人はかなり厳しい。演劇では一人で10人を倒すヒーローも出てくるが、現実では1対1でも勝利するのは難しいものだ。ましてこちらは素人で相手はプロだ。

 長くはもつまい。自分は時間稼ぎの『最後の盾』に過ぎない。

 倒れるまでに、女王が逃げる時間をどれだけ稼げるか……と唇を噛んだところで、敵の動きが鈍いことに気付いた。


 雪に足をとられているのだ。


 雪の多い故郷で子供時代を過ごしたクラレンスは、雪の上で転ばないための重心の取り方や足首の使い方、足場の見極めが自然に身に付いている。剣技の授業も雪の積もった運動場をよく使った。

 この国も雪は降るが、数日たてば冬でも地面から雪が消える程度に暖かい。彼らは雪のない場所での戦闘を前提とした訓練しかしていないのだ。


 雪が、自分を守ってくれる。

 そう気づくとクラレンスに希望が生まれた。踏み固められていない雪を蹴りあげ煙幕にし剣を繰り出す。急激な方向転換をし、動きを追った敵が滑り体勢を崩したところで追い討ちをかける。

 やがて2人を倒したが、クラレンスはいくつも傷を負っていた。

 残る一人の無傷の黒服の男が剣を構える。ここまでか、と奥歯を噛み締める。


 その時、敵の黒服に白い光が弾けた。

 パパパン、と軽やかな音をたて次々白い光が当たり粉が弾け、黒服の男が体勢を崩す。


 クラレンスは助けとなったその白い軌跡を目で追う。

 女王が、次々と雪玉を投げていた。

 唖然とする彼の前で、また一つ、男に当たった雪玉が白く月光を反射して砕けた。


 逃げなかったのか?!

 戦慄が走る。今更ながら、彼女ならクラレンスを死地に一人おいて逃げない、と気付いた。

 隣国に押し付けられた、血の繋がらぬクラレンスを大切な家族と呼び、9年も前に13の子供と交わした約束を果たした人。

 クラレンスはもう、『人間契約書』として囚われていない。

 この、鮮やかで真っ直ぐな一人の女性に囚われているのだ。




 女王は次の雪玉を投げる。

 彼女の足元には何故か沢山の雪玉がある。4人の混戦の間は下手に投げられなかったので、せっせと作って貯めていたのだ。

 また一つ当たった雪玉は、ゴンッと重い音がした。雪の下から石が出てきたら雪玉に入れているので、それが当たったのだろう。


 黒服の男は、クラレンスの相手をやめ女王へ向かって走り出した。


 ーーよし、来い。

 女王はきびすを返し走って逃げる。捻挫した足首が悲鳴をあげるが、構わず走りながら叫ぶ。

「門番!敵襲だ!助けに来い!」

 ただでさえ門まで遠いのに、雪が音を吸収して声は響き辛いから、門番には聞こえまい。

 この声は追手の黒服に聞かせているのだ。こちらの意図に気付かせないために。


 ーーここだ。

 雪に覆われた林の中、少し木が減ったそこを駆け抜ける時、挫いた足が限界に達したかのように女王は突然速度を落とした。

  

 黒服が、あっという間に距離を詰める。そしてもう少しという時ーー


 突然、黒服の片足の下の地面が消失した。

 同時にその足に怪物が食いついたような鋭い痛みが走る。

 男は大きく傾いだ体を建て直そうと、慌ててもう片足に重心をかけたが、その下も地面がなかった。体は地面に沈み、足は何かに捕らえられたようにまともに動かない。今度は全身に食われるような痛みが走る。

 パニックになり足掻く黒服に、クラレンスが追い付き、彼の膝程の高さまで沈んだ男の頭を蹴飛ばすと、男は昏倒し決着がついた。

 

 クラレンスが女王を振り返ると、女王陛下は月明かりを浴び、白い雪と水色の氷の上に立っていた。

 そして、クラレンスに向けて輝くばかりに微笑んだ。



 女王は、林の中にこの池があることを知っていた。

 積もった雪が早々に溶け消えるこの国では、人間の重さを支えられるような厚い氷は張らない。しかしここは建物の北側なので気温が上がらず、池は薄い氷やシャーベット状の雪で脆く覆われている。

 林全体が雪に覆われている今は、地面も池も池の中に配置された飛び石も、場所を予め知った上で段差をよく見極めなければ分からない。女王も、飛び石を探すため走る速度を落とさねばならなかった。

 黒服は、飛び石を駆け抜けた女王を追い池に落ちたのだ。

 雪をシャーベット状に溶かしこんだ水は足にまとわりつくように動き辛く、その冷たさは、鋭い痛みに感じた程だろう。

 


 女王陛下と王配陛下は無事保護され、侯爵家襲撃事件は終息した。

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