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10 夜会

 侯爵家の屋敷はざわめきに包まれた。


 馬車を降り夜会の会場の部屋へ向かうのは国王夫妻。注目を集めるのは当然のことだ。しかしそれだけではない。

 王配陛下が女王陛下を抱き上げて歩いているのだ。

 王配陛下は銀髪と水色の目という淡い色に合う白い夜会服に、タイは差し色として緑色。女王は濃褐色の髪を引き立たせる緑のドレスで、胸元などごく一部に配置された白い生地がデザインを上品に引き締めている。

 白い雪を割り緑が芽吹くような、初春を先取りしたような色の組み合わせの二人だ。


 雲上人として崇敬を集めるお二人が、こんな甘い雰囲気を醸す姿を見せるのは結婚9年にして初めてのことだ。

 侯爵が慌てて出迎え、目を白黒させて挨拶する。突っ込みたくて突っ込めない侯爵の心情を察し、代わりにクラレンスが先回りして話にのせる。

「驚かせて申し訳ありません。陛下は足を傷められまして。けれど侯爵の夜会は楽しんで頂きたいと、私がお運びさせて頂きました」

「こんな姿勢のままですまぬな。椅子を用意してくれるか」

「はっ!只今!」

 一時は騒然としたが、足を傷めても夜会に参加し主催の侯爵を尊重した、というアピールにもなった。足を傷めたのは想定外だったが十分フォローできた、と女王は安堵する。

 クラレンスのお陰だ。本当に得難い王配だ。


 ダンスの時間になると、動けない女王の分までクラレンスが次々とご婦人と踊り、社交をこなしてくれている。ありがたい。

 勿論、女王も次々話しかけてくる男性陣の相手をしている。社交は国王夫妻の職務の一つだ。


「王配陛下は、陛下を放っておいて自分だけ若い女性達とお楽しみとは。陛下の心中お察し致します」

 太った中年男が、酒のグラスを片手に媚びた笑みを浮かべて女王に寄ってきた。

 こいつの公爵位は早く剥奪したいなと、女王は頭の中で、調査中の彼の贈賄容疑の進捗をチェックして溜飲を下げる。が、それとは別に夫の名誉は守っておくべきだろう。


「彼もご婦人方もこの場に相応しい振る舞いをしている。貴殿も見習ってはどうか」

 辛辣な返しに、男は酒のせいだけでなく真っ赤になる。

「陛下に必要なのは、もっと素直になることですよ。女を捨ててはいけません。失礼ながら容姿やお年で少々不利な分、男性に好かれるにはそういうことを学んだ方がいい」

「『素直』とは『愚かで都合がよい』ことではない。『女』の定義が狭すぎて気持ち悪い。そんな気持ち悪い男に女は好かれたがっている、という夢は捨てた方がいい。ついでに貴殿の容姿と年を省みてはどうか」


 男は全身真っ赤になって手足を振り回して暴れ、大声で下卑た罵倒語を喚き散らしながら、警備兵と真っ青になった親族に室外退去させられていった。

 図らずも、国王陛下への不敬は多くの証人ができた。これが彼の致命傷になるだろう。

 仮に女性公爵が男王に同様の台詞を言ったとしたら、瞬殺で失脚するだろうに。男だから甘やかしてもらえて当然、という老害はもう居場所がない時代だと、他の貴族達にも浸透するだろう。

 あの手のモラハラ男は『改心』などしない。権力という危険な玩具をその手から取り上げ、強制排除するしかないのだ。


 クラレンスが騒ぎに気付き女王の元へ駆けつけたのは、男が連行される時で遅きに失した。

 自分が離れたため彼女一人で戦わせてしまったと悔いたが、ケロリとした女王にこっちは大丈夫だから踊ってこいとまた送り出された。ある意味二人ともワーカホリックだった。


 悪くなった雰囲気を変えるため、侯爵は音楽を変える指示をしたらしい。最近流行りだした明るくテンポの早い曲で、客達の興味が移った。

 女王は果実水を飲みながら、未だ面と向かって王に容姿や年を揶揄する阿呆がいるとはな、と反芻する。


 女王は自分の容姿を十人並みと認識している。それは一般的評価とも一致していた。

 美しい遺伝子を取り込み放題の先祖の蓄積を持つ貴族の中では、率直に言って見劣りする。

 しかし、滲み出る威厳と、女王を磨きあげる凄腕の侍女達のお陰で、公式の場で国の威信を保つ程度にはなっているので、なら問題なかろうと認識している。

 それに、彼女は男性社会で膨大な男性に接する人生だったので、女性を人間扱いできず、顔だ若さだ家柄だと上から目線で点数付けして寄ってくる勘違い男の群れに心底うんざりしていた。男避けには男好みでない容姿は都合いいな、結果オーライと思っている。

 美容を気にせず、仕事で夜更かしして目の下に作った隈を、侍女達は上手く塗り込め化けさせてくれるので、女王は感謝している。

 塗り込め作業中の侍女達に、『国の威信は君らにかかっている』と女王が真顔で労った時には、素直に感動し涙を流す者と、突っ込みたくて口をもぞもぞさせる者がいたという。


 女王の自分の容姿への認識はその程度のものだったのだが……クラレンスにはどう見えているのか、と今日は妙に気になった。

 初対面だった23の頃より体の線も落ちたしなぁ、と自分の胸元辺りを見下ろしてみたり。どうも自分らしくない。


 女王はダンスフロアを眺める。

 クラレンスは、最近社交界デビューを済ませたばかりの少女と踊っている。

 上の地位の者に踊って貰えたことで、彼女は社交界で受け入れられ過ごしやすくなるだろう。


 まだ16の初々しい美少女と踊る麗しい22の貴公子はとても絵になった。

 頬を染め緊張でぎこちない少女に、微笑みかけささやかな話題をふり緊張を解いてやりフォローする、見事なエスコートぶりだ。

 9年前、女王より小さな13歳のクラレンスと踊るのは少々コツが必要だったな、と笑みが浮かび、そして、もはや彼は子供ではなく、魅力的な成人男性なのだと実感する。

 先程自分を抱き上げた長い腕と固い胸元を思いだしてしまい、頭を一つ振る。


 クラレンスが、相応しい相手を手にして自由に踊れるようになるまでを見届けるのが、自分の贖罪と思ってきた。それを叶えたら、どんなに安堵することだろうと思った。

 しかし、その象徴のような目の前の光景を眺めていて、心に浮かぶのは寂寥だった。

 自分はいつの間にか、クラレンスが隣にいるのを当たり前に感じていたらしい。

 この気持ちはいつからあったのだろう?

 馬車でクラレンスの言葉を聞いてからだろうか。ーーいや、あの時蓋が開いただけで、もっと前から自分の中にあったのかもしれない。

 女王は心の底から湧き上がってくる形のないものを見極めようとしたが、捕まえる前に手からすり抜けてしまった。



「女王陛下と王配陛下は仲睦まじいのですね」

 ダンスを踊る相手の少女の言葉に、クラレンスは目を見開く。

「ご入場の際のことは勿論ですが、王配陛下はダンスが一つ終わるたび女王陛下を気遣わしげに見つめて」

「そうでしたか?」

 この話はどこに着地するのだろう。クラレンスは、念のため警戒して無難に答える。すると少女は、熱のこもった口調で彼の杞憂を吹き飛ばした。

「そうです!女王陛下は格好よくて、お友達の間でも憧れなんですよ。なので並みの男性にはあげられないけど、王配陛下なら麗しくてお人柄も素晴らしいし、理想的なご夫婦だから、カプ推しで人気なんです。特に今日は甘い雰囲気で陛下を気遣ってらして、皆で注目してたんです。

私は法学系の文官になるつもりなんですが、私も女王陛下のように、自分で選んだ道も、それを理解してくれる素敵なお婿さんもゲットします!」


 ーー衝撃。

 そんな風に見られているとは思いもしなかった。内実は白い結婚でなどと頭を駆け巡るが、理想的な夫婦という言葉に、つい嬉しさと照れ臭さが湧き上がってしまう。


 ーーそして、新しい世代が目の前にいる、と感動が湧き上がった。

 女王の治世は14年。この少女は物心ついた頃から女王の治世で育ったのだ。女王が改革した教育を受けた世代だ。社会を変えるにはまだまだ先は長いが、きっと彼女らが国を変える力になる。

 女王が長年積み重ねてきた努力が、こんな形で目の前に実を結んでいる。王配として、その偉業を支える一人になれたことが誇らしい。

 これが、私の人生だ。

 こんな喜びを得る人生を生きたい。女王と共に、この道を歩いて行きたいのだ。

 一緒に歩くその長い長い旅は、喜びに満ちたものになるだろう。



 その頃、女王はまた老害に群がられ閉口していた。あの後暫くはまともな社交ができる相手と新しい事業や人脈の話など有意義に過ごせていたのだが、定期的にハズレもやってくる。


「王配陛下は若く見目こそいいですが、お世継ぎをもたらすという夫の最大の責務を果たせないのは困りものです」

 女王はうんざりする。

「世襲の弊害は過去のクーデターが証明している。世継ぎはいらん」

「またまた。ご冗談ばかり」

 折角将来の見通しの情報を伝えてやっているのだから、将来、王制や世襲が無くなった時代に生き残るための備えを進めればいいのに。

 旧い時代に作った、穴だらけのお伽噺に沿った粗筋しか受け入れられないのだ。


「ところで、こちらは私の息子で……」

 ギトギト脂っぽい目をした男達に囲まれるのは毎度ながら不快だ。

 つまり、王配との間に子がないから『お友達』ーー側室を持てという訳だ。

 若い頃から無数に男を『紹介』されることに、閉口している。実力行使で薬や腕力でというおぞましい企みまで複数あった。全部撃退したが。有能な護衛達よありがとう。犯人達は、未遂とはいえ精神の殺人たる強姦、しかも王へ危害を目論んだとして、ちょんぎった上で牢獄や修道院に送られた。


 クラレンスと結婚してすぐは、スマートな年下の美形ばかり紹介された。最近は、筋骨隆々の武人や中年男になった。

 つまり、初期は女王の好みはクラレンスに似たタイプではないかと勘ぐられ、後には長年子がいないことから不仲説が流れ、別タイプを取り揃えてきた訳だ。

 その明後日な情熱とコストを仕事に使え。


「神に愛を誓った夫婦を引き裂くと天罰が落ちるぞ」

 建前を言ってみる。

 そして、それだけでは不誠実か、と思い直すと、するりと言葉が出た。

「それに、私はクラレンスが大好きなんだ。彼しか伴侶にする気はない」

 周囲がどよめく。

 女王は自分の言葉が、すとんと腑に落ちた。つまりはそういうことなのだ。

 果断の女王の腹は決まった。



 その時だった。

 庭に面したバルコニーから幾つもの人影が侵入し、テーブルが倒れ皿が割れる音や悲鳴が響いた。

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