(05)一歩ずつ
数日後の夕方、つばさはウキウキしていた。
明日は刑事ドラマの打ち合わせでテレビ局へ行く。
大好きな世界。知らない世界。期待で胸がいっぱいだった。
明るい彼女の様子に与晴も安堵していた。
スーパーで惣菜を買い込み、寮で夕食がてら打ち合わせをすることになっていた。
「オレの部屋来るー?」
つばさはお馴染みのセリフを口にした。
誘っても断られる。与晴の部屋に押しかけるか、上の共有スペースに行くのが毎度のお約束。
しかし、今日は違った。
「お邪魔してもいいですか?」
「えっ」
予想外の返事に驚いた。
そして何故かドキッとした自分に焦った。
それに勘づいたらしく与晴はいつも通り誘いを断った。
「……すみません。やっぱりもう遅いので遠慮させてもらいます。上に行きましょう」
「は? まだ18時だよ」
「……そうですね」
「いいから、オレの部屋来なよ」
今までと違う返事が来て驚いただけ。
そう自分で自分を納得させた。
「着替えて…… 18時30分に伺います」
「じゃあまた後で!」
二人で食べる夕食を受け取ると部屋の前で別れた。
一人になったつばさは何故かそわそわし始めた。
なぜだかわからない。
「落ち着け。まず片付けてそれから着替えてご飯の準備!」
自分に言い聞かせ散らかっているものを急いで整えた。
そしてシャワーを浴び、部屋着に着替えた。
食べるものを皿に盛っていると、いつしか平常心に戻っていた。
しかし、時計を見てあと五分と認識した途端、またも心拍数が上がり始めた。
実家に男性の同期や上司、相棒を呼んで泊めた事はある。
しかし自分の部屋には男性を誰も入れたことがない。
あの男さえ……
だからだろうか、彼が自分を捨てたのは……
脱線しかけた時、部屋のチャイムが鳴った。
ドキリとしたが、心を落ち着かせ彼を迎え入れた。
「やっと来た」
「え? 遅刻ですか?」
いつものように腕時計ではなく、スマホで時間を見る彼をつばさは笑った。
「そうじゃない。やっとオレの部屋に来たってこと」
敢えて『オレ』と言ったのは、余計なことを考えるなと自分を律するためだった。
「何回か入りましたが……」
「『緊急事態』の時だけでしょ」
一人では決して入っていない。必ず第三者がいた。
父の政志からの厳命をずっと律儀に守ってきた与晴だったが、
とうとう今日それを破って一人で部屋に来た。
「そうですね…… あ、お久しぶりです、うさぎさん。お邪魔しています」
与晴は律儀につばさの大事なぬいぐるみの『うさぎさん』に挨拶した。
そんな彼のその様子をつばさは微笑ましく眺めた。
「うさぎさんより与の方が年下だっけ?」
「そうですね。なので失礼がないようにしないと……」
つばさは笑った。
実家の紀州犬、歳三へ必ず丁寧語で対応するのも同じような理由だろうか……
「ご飯にしよ。ビール飲む?」
「明日は早いですし、打ち合わせなんで遠慮します」
「わかった。お茶にするね」
「あ、手伝います」
「ありがとう」
いつもと変わらない時間が過ぎていった。




