(05-11)
「誤解を解こうとした。
だけど、沙代には全く接触できないし、袖崎一家には仕事であからさまに嫌がらせと懲戒免職だって脅されるしで、さすがに心が折れた……」
「そこから、彼女って名のつく関係を持つのをやめた。本気で好きになるのもやめた。正真正銘の女ったらしの出来上がりというわけです。以上です……」
彼はグラスに残った水を飲み干した。
彼は過酷な経験をしていた。
自分を揶揄って遊んでいたのも、その裏返しかもしれない。
彼の上部だけ見ていた自分をつばさは猛烈に反省した。
「茂、ごめん……」
「俺の方だよ、謝らないと行けないのは。本当に今まで色々とごめん。二度とやらない。それと、宮田さんのことも感情に任せて変なこと言ってごめん……」
「……大丈夫、気にしてないから」
会話がそこで止まった。空気がものすごく重い。
離れたテーブルや個室から楽しそうな笑い声、話し声が聞こえてくる。
どうしようかと悩むつばさを察した茂山は、立ち上がって明るい声で言った。
「さて、そろそろ帰りましょうか。門限守らねばお目付け役が五月蝿かろうて……」
「そうだね……」
茂山の奢りで支払を済ますと、二人は店を出た。
寮までの道は夜でも明るい。
しかし、二人の間に流れる空気は相変わらず暗くて重い。
何も話さず並んで歩く。
つばさは経験値が低いなりに思いを巡らせた。
沙代は茂山を完全に忘れられていない。
茂山以降の彼氏と全く長続きしないのは、それが最たる理由だろう。
それに、父親をはじめとする家族親戚一同への反感もあるに違いない。
隣を歩く茂山は沙代を諦めた。人生も半ば諦めている。現在の女性関係は褒められたものじゃないが、原因が知れた。
沙代に対する消えない後悔と未練を彼には感じる。
やり直せないのか?
袖崎家の犯罪スレスレの悪どいやり方。
なぜ警察は咎めなかったのか。父の政志は知っていたのか?
知っていて見過ごしたのであれば、許せない。
結局一言も話さず、いつしか寮に着いた。
各々の玄関の前で、茂山は足を止めた。
「……つばさ」
久しぶりに本当の名を彼に呼ばれた。
「……ごめん。沙代から絶対に言うなって止められてたんだ、本当は。
……つばさはショックを受けるからって。……可哀想だからって」
自分の性質をよくわかっている親友の気遣い。嬉しくて悲しかった。
今すぐ会いたい、面と向かって謝りたい。
しかし、この姿ではできない。
元の自分に今すぐ戻りたい。
そうつばさは強く思った。
「……話してくれて、ありがとう。茂は悪くない。自分を責めないで」
「……ありがとう。おやすみ、雄翼」
また彼は今の呼び方に戻した。
穏やかではあったが彼の表情にはどことなく悲壮感が漂っていた。
「おやすみ」
できる限りの明るい表情で彼にそう返した。




