96 聖騎士と軽装歩兵との思い出〜最古の魔塔攻略④
エングマを倒しながら、しばらく進む。
決して急ごうとしないシェルダンの方針にルフィナは気付く。エングマに不意を討たれないことと、うっかり赤熱した岩に触れないことを重視しているらしい。
(くっ、熱気のせいかしら)
かすかにめまいを感じてルフィナはふらついてしまう。思っていた以上に魔力、体力を双方ともに消耗していた。
シェルダンの言うとおり、エングマの攻撃は苛烈だ。ただ前足で打つだけではなく、炎を吹き、時には噛みつこうとまでしてくる。
いかに不意討ちを避けてはいても、毎回のように一撃でかなりの手傷を負わされるゴドヴァン。
一度などは打撃を避けたところに火を吹かれて大火傷を負った。その際にはシェルダンがエングマの首に鎖を巻き付けて絞め殺していたが。
傷を治せはしても、自身の疲労が蓄積していく。
シェルダンがふと、自分を見つめていることにルフィナは気付く。深く、ため息をつかれた。
「やはり、無理だと思います。今回は引き上げましょう」
また、シェルダンがレナートに対して言い出した。
「何を言うんだ」
レナートが色をなす。
シェルダンも退く気配はまったくない。
「前衛のマックス様、治癒術士のフィオーラ様、御二人の負担が大きすぎます。このままでは御二人の身が保ちません」
言っているシェルダンもだいぶしんどいのではないか。ルフィナは肩を落とすような仕草を見て思った。
「戦果としても十分でしょう。第1階層のときとは違います。第2階層の様子まで分かりました。もう手ぶらで逃げ帰るのではありません」
シェルダンがまた、自分とゴドヴァンを交互に見やる。
「マックス様もフィオーラ様も素晴らしい腕前に、お人柄の方です。こんなところで失うのは、それこそ人類の損失ではないかと」
ひどく分かりづらいとゴドヴァンの言っていた意味がルフィナにもようやく分かった。ずっとシェルダンなりに、自分とゴドヴァンを信頼し評価していた上で、心配して気にかけてくれていたのだ。
まだ、もっと頑張れるようにルフィナは思えてきた。シェルダンにとって、魔塔を上ろう、というのは一世一代の思い切った決断ではないかと思えたからだ。
自分も応えてやりたくなった。
「シェルダン、階層主までは、まだ遠いの?」
可能な限り穏やかで、余裕のある口振りでルフィナは尋ねた。
「もう九割方、私の見つけた地点までの行程を消化しています。ただ、今回は動く階層主ですので、若干移動しているかもしれません」
何ら含むところなく、しっかりとシェルダンはルフィナにも報告してくれる。
「あと、あなたの見立てでは、私たち、その階層主を倒せそうかしら?」
更にルフィナはゴドヴァンと顔を見合わせた上、尋ねる。
「レナート様の光刃を直撃させれば。フレイムサラマンダーという巨大な火のトカゲです。強力ですし、接近戦をするとなれば、たやすく殺されるでしょうが」
距離をおいてトドメをさせるレナートならば、接近せずとも勝てるという算段らしい。
ルフィナはシェルダンに笑顔を見せた。
「なら、それぐらいは保たせてみせるわ。私もマックスさんも。私達のほうが歳上なのよ。それくらいは、アテにしてちょうだい」
シェルダンが首を傾げた。
「最初からアテにしておりますが。私とレナート様だけでは即死です。だから帰ろうかと」
少し雰囲気を読めないところは欠点だ。
挙げ句、蒸し返し始めた。
「そういうことは言わないの」
ルフィナに、優しく額を小突かれて、シェルダンが決まり悪そうにする。
ずっと黙っていたレナートが口を開いた。
「そんなことよりシェルダン。背中をどうかしたのかい?どうも戻ってきたときから動きがぎこちないような気がするんだが」
やはり勘違いではなかったのだ、とルフィナも思った。
「上着を、替えておいたのですが」
苦笑してシェルダンが言う。背中まで汗で濡れているので、流血していても通常時より分かりづらくはあった。
「そういう問題じゃない。やはり負傷していたのか」
レナートの声が叱りつけるような響きを帯びた。
上着を替えた、などとはちょっとした隠蔽工作ではないか。ルフィナも腹が立った。
「脱ぎなさい」
有無を言わせるつもりもない。
渋々、上着を脱いだシェルダンの背中にはおおきな火傷があった。
ルフィナは凄惨な傷に息を呑む。
「単独行動を取っていた際、しくじりました。エングマの炎が背中を掠めたのですよ。直撃しなかったので、どうかと思っていましたが」
何食わぬ顔で、シェルダンが説明する。
「なんで言わなかったの!」
ルフィナはどんどん心配になってくる。これほどの火傷を放置するなど体にどれだけの悪影響を及ぼすことか。
「フィオーラ様の魔力を私ごときに浪費させるわけにはいきませんよ」
平然とした顔でシェルダンが言う。
頭にカッと血が上った。治癒術士である自分をどれだけ見くびっているのか。
「お説教はあと、とにかく治すわよ」
ルフィナは魔力をこめようとして、目まいでよろけてしまう。
ほら、見たことか、というシェルダンの眼差しが憎たらしい。
「いい、私がやろう」
レナートが光を纏った両手を当てる。
「これは?」
シェルダンが目を丸くした。初めて驚くところを見せた気がする。
「神聖術、法力由来の回復光だ。フィオーラ殿ほどじゃないが。我々聖騎士も回復術を使える」
レナートが厳しい顔で言う。
「君が法力を温存しろと言うから使わずにおいたが、こんな怪我を放置していたとはな。本当に生きる気があるのか?」
挙げ句、退却しようとまで言い出したのだから、レナートも腹の中は煮えているのだろう。
「私達にとって、私の命は大事ですが。世間的にはそうでもありませんから」
また、シェルダンが拗ねたようなことを言う。
ようやくルフィナはシェルダンの歪みを理解した気がした。親からは『死ぬな、生き延びろ、と厳しく教育されてきたが、世間に出ると軽装歩兵としての自分の命は軽いように思えた。まだ、16歳と若いシェルダンはそこの差を埋められずにいるのだろう。
そして、今、魔塔の中で一緒に無茶をしているのも聖騎士レナート始め、自分よりはるかに身分の高い人々なのだ。
「そんなことはない。私にとっても君の命は大事だ」
レナートがはっきりと言い切った。
「魔塔の攻略に必要だからですか?」
表情を消してシェルダンが問う
「まったく、シェルダン」
レナートが呆れたように笑顔を見せた。
「思うところはあるのかもしれない。だが、我々は4人で戦う仲間だ。もっと頼ってくれ。連携もしないといけない。それは、より確実に生き延びようもしてきた君の先祖の意思に反するようなものではないだろう?」
幼子に言い聞かせるかのようにレナートが告げた。
火傷が見る見るうちに消えていく。
「それから、随分、シェルダンの態度も変わったのよ」
ルフィナが笑っていう。
「光刃だけじゃないと思うの。シェルダンは言葉や態度、神聖術の幅広さを見て、レナート様に敬意を抱いた」
セニアは当時の思い出を聞くにつけて父親の偉大さを思い知るのであった。
「私に父と同じことが出来るでしょうか」
同行していたのが自分であれば、シェルダンの負傷にすら気付かなかったのではないか。
ドレシアの魔塔攻略時も、なぜかシェルダンの心配だけはほとんどしなかったのだ。甘えきっていたのだと思う。
そんな自分を見て、シェルダンは何を思ったのか。父と比べて余りに無能なセニアに呆れ幻滅し、最後は失望の中、死なせたのではないか。
「そうね。すぐに焦って、身につけられるものではないと思うわ。一つ一つ、自分ができることを選り好みせず増やしていきなさいな」
ルフィナが労るように言葉をかけてくれる。
肩に優しくてね手を乗せられて、少しだけ救われたような気にセニアはなった。
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先日、ゴドヴァンの視点から描いた最古の魔塔の思い出となります。今回はルフィナから書かせて頂きました。ハンマータイガーより強い魔物を書かねばならぬので、難儀しておりました。エングマ。熊は怖いと思ったので採用となり、やっと執筆できました。
魔塔攻略に焦っていただけの人ではない、と今回の場面でレナート様の評価が上がってくれると嬉しいなと思っています。
また、次からは現在場面に戻ります。次に最古の魔塔を手掛けるのはいつになるか未定ですが。描いている自分としても楽しみではあります。
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