95 聖騎士と軽装歩兵との思い出〜最古の魔塔攻略③
「随分、時間がかかったのね。この環境よ。長引くだけでも体力を消耗してしまうわ」
わざと意地悪くルフィナは言ってみた。少しはシェルダンの感情が揺らぐところを見てやりたい。
「申し訳ありません」
まったくすまなそうではなしに、シェルダンが言った。聖木を片付けている。
ゴドヴァンが隣で苦笑した。こうも平然と流されては腹も立たない。ルフィナも矛を収めるしかなかった。
「分かった。とにかく行こう」
レナートも言うのでシェルダンの片付けを待って、4人で出発する。
もともと水や食料をゴドヴァンが大量に携行していた。シェルダンも軽装歩兵として自前の分くらいは背嚢に所持している。
「いずれ、水だけは補給できると良いのですがね」
シェルダンがボヤいた。赤熱した岩を見ているだけでも暑くなってくるようだ。こまめに水分補給しているので、飲み水の消費は激しい。
立ち止まる。
赤い熊、巨体は3ケルド(約6メートル)ほどはあろうか。地面が震え、視界が揺れている。
「私とマックス様でエングマは撃退します。基本、単独行動をする魔物ですが。レナート様は不意打ちを警戒の上、フィオーラ様をお守りください」
冷静な口調でシェルダンが指示を飛ばす。
ゴドヴァンが前に出て、大剣でエングマの体当たりを受け止める。驚くほどの腕力だ。
「グッ」
つらそうにゴドヴァンが顔を歪めた。続く前脚の殴打をかわす。
「グオオオッ」
シェルダンの鎖分銅に右後ろ脚を打ち抜かれて、エングマが悶絶した。
すかさず、ゴドヴァンが大剣を振り下ろしてエングマの頭部を両断する。
「大したものだ、2人とも。余裕じゃないか」
レナートが感嘆して言う。
シェルダンが冷たい眼差しを向ける。
「ハンマータイガーより速度や小回りこそ劣りますが、腕力体力ともに上です。更には炎も使ってきます。油断していると即死ですよ」
丁寧な口調でシェルダンに釘を差されてしまう。
「で、シェルダン、君はなぜそうも詳しく適切に判断できるんだい?まだ16歳とのことだが」
苦笑してレナートが尋ねた。
また4人で歩き出す。幸い、地面は歩けないほどには熱くないのであった。
「私の家系、ビーズリー家は千年続く軽装歩兵の家系です。私のように、魔塔上層の攻略に巻き込まれた、可哀想な先祖も何人かいたのですよ」
周囲への警戒を絶やさぬまま、シェルダンが言う。時折、立ち止まっては岩陰から遠くを覗ったり遠くを眺めたりしている。
さり気なく自分を可哀想、と言っていた。
「千年?ビーズリー家?聞いたこともないが」
レナートが驚く。
千年、というのにはルフィナも驚いていた。アスロック王国よりも長い歴史だ。
「たかが軽装歩兵ですから。広まるような名前でもありませんよ」
またシェルダンが謎めいた笑みを浮かべた。何を考えているか読ませない、そうするための、どこか身を護るかのような笑顔だ。
「しかし、なぜ軽装歩兵なんだ?」
興味のままにレナートが尋ねる。
尋ねた矢先、身振りで止まるよう、シェルダンに指示された。
赤熱した岩の向こうでエングマが二本足で立ち上がる。
「ちっ、またか」
舌打ちしてゴドヴァンが前に出る。
「マックス様、下に入ると危険です。炎を纏った体に潰されて死にますよ」
シェルダンに言われて、ゴドヴァンが慌てて距離を取ろうとした。しかし、振り回された前脚が胸を掠めて負傷してしまう。
「マックスさんっ!」
思わずルフィナは叫ぶ。
「ギャアアアッ」
先程の個体より甲高い悲鳴だ。
シェルダンの鎖分銅に目を打たれている。顔を抑えてエングマがうずくまった。
歯を食いしばって、痛みに耐えながらゴドヴァンが大剣でエングマの頭部を両断する。
「フィオーラ様、マックス様の治療を」
言われなくともそのつもりだ。すぐにゴドヴァンに駆け寄って、胸の傷に回復光を当てる。思っていたよりもかなり深い傷だった。シェルダンの言うとおり、一歩間違えば即死である。
「いざとなれば、逃げられるからですよ」
シェルダンがレナートに言っているのが聞こえた。
逃げる、という単語のせいでルフィナもつい、聞き耳を立ててしまう。
「重装歩兵は逃げられませんが。軽装歩兵であれば、戦況によっては敵前逃亡すら認められることもあります」
最悪、裏切ることも。何となく自分で心の中で付け加えて、ルフィナはゾッとした。
(馬鹿ね、魔塔の中で、どう人間が魔物の側に裏切るというの?)
愚かな考えを打ち消して、ルフィナはゴドヴァンの治療に専念する。
「聖騎士であるレナート様からしたら、見下げ果てたことで、軽蔑されるでしょうが。先祖代々、何が何でも生き延びてきた末に私がいるのです。無責任に無茶などできません」
シェルダンにとっては生き延びることが何よりも大事らしい。
魔塔を倒して、国を平和にし人々の暮らしを安寧にしようという思いもないのだ。確かに聖騎士であるレナートとは相容れないものに思える。
「軽蔑などはしないさ。それはそれで大切な思いだろう。千年、たくわえた知識を活かして、今も君が一族を代表して、ついてきてくれているのだから」
意外にもレナートが賞賛して告げる。
「反対しているのは我々の身も案じてのことじゃないか。私も譲れないから言い合いにはなるけどね。ただ、君のように隠れていた存在が、人類の底力なのではないかと、聞いていて思ったぐらいだ」
レナートが言い終わると同時ぐらいに、ルフィナも治療を終え、シェルダンたちの方を見る。
初めて、シェルダンが人間らしい感情を見せた。はにかんでうつむいたのである。
ルフィナはシェルダンの心情を想像してみた。
実力がありながら、誰からも認められない。生き延びるため、実力を隠せ、ぐらいのことも言われていた人生。まだ16歳と若いシェルダンには何か思うところがあったのかもしれない。
『無責任な無茶など出来ない』というのも、ずっと自分に言い聞かせてきたことなのだろう。
(それにしても、聖騎士という人はすごいわね)
ルフィナはレナートを見て思う。
ただ、神聖術や聖剣を振るうだけではない。まだ、付き合いの短いシェルダンの心の琴線に触れることすらしてしまう。人格的にもすぐれた人たちなのだろう、とルフィナは感じた。




