94 聖騎士と軽装歩兵との思い出〜最古の魔塔攻略②
ここについて、人名の書き方について。
ゴドヴァンとルフィナは、当時、アスロック王国ではマックス・ヘンダーとフィオーラであったことから、登場人物たち同士の会話ではそのように呼称されます。
ただ、我々の中ではやはりゴドヴァンとルフィナである、との認識がおそらくは強いことから、このような書き方としました。
本当はこういう前置きは邪道かもしれませんが。やはり作中の文で分かるようにすべきとは思います。マックスとフィオーラという呼称を、シェルダンとの再開場面でしか入れられなかった、私の力不足です。申し訳ありません。
転移魔法陣を抜けると、熱気を帯びた瘴気が肌を打つ。
ルフィナは顔をしかめた。状態異常や瘴気から守ってくれる『オーラ』という神聖術をレナートにかけてもらってなお、汗が止まらない。
(常に攻撃されているようなものじゃないの)
ルフィナは皆の体力や健康を危惧する。
赤と茶色の入り混じった斜面が正面に見えた。少し小高い丘の上に出たらしい。
遠目には溶岩の流れる川に、赤熱した岩の転がる大地も見える。
「なかなか難儀な環境ですね」
先着していたシェルダンが涼しい顔で告げる。
「これだけ広大な環境に、熱量を持たせるとは恐るべき瘴気です」
すでに設置していた天幕にレナート、ゴドヴァン、自分を招き入れる。
聖木に火を点けた天幕の中は幾分か涼しかった。シェルダンが言うには、『あくまで熱気を感じるのは瘴気によるものだから』とのことだ。
「聖木とオーラ、両方を重ねれば、この瘴気による熱はかなり軽減されるでしょう。絶対に絶やしてはいけません」
シェルダンは弱冠16歳と一番若いのだが、堂々としていて落ち着いた話し方をする。
「しかし、ここで時間を無駄にするわけには」
最年長であり、聖騎士でもあるレナートが焦れったそうに言う。
「皆で動くより、私一人で階層主を見つけ出し、ご報告するほうが、無駄も少なく結果的には早いと思います」
事務的な口調でシェルダンが言う。まるで我儘な子供に言い聞かせているかのようだ。
(すごい自信というか落ち着きと言うか)
ルフィナは驚いていた。
この過酷な環境下で、単独行動をする、とシェルダンが言っている。まだどんな魔物がいるかも分からないのだ。
(でも、本当に大丈夫なのかしら?)
無茶をたしなめるべきか考えていると、シェルダンの瞳が自分を意味ありげに捉えた。汗だくで見るからに体力のない自分を、足手まといだと考えているのではないか。だから単独行動を取ると言いたいのかもしれない。
実際には何も言わず、シェルダンは一人、熱気に満ちた中、階層主の捜索に出た。
(そういえば)
第1階層から第2階層へ上がる際にも、レナートと2人、シェルダンが話していた。瘴気の濃い第2階層より上ではオーラという神聖術が必須であると。
レナートがそのオーラをかけようとしたところ、シェルダンは拒んで自分で自分にオーラをかけたのだった。そもそも、聖騎士ですらないシェルダンになぜ、オーラが使えたのかも疑問だが。
ルフィナの目にはまるで、『あなたたちの世話にはなりませんよ』とシェルダンが言っているように見えたのだった。
第2階層へ上る際も『5分後に』と一方的に言い捨てて、偵察のため先に入ったのである。
「何か危なっかしいわね、あの子」
ルフィナはゴドヴァンに耳打ちした。
「そうか?しっかりしてるし、ハキハキしてるし、腕も立つ。いいやつだと俺は思うがなぁ」
おおらかな性格が魅力のゴドヴァンが言う。強いがゆえにどこか心にゆとりがあって弱いものにも優しい。ルフィナは治療院に入った新人の頃に一度、訓練で負った負傷の治療をして以来、ずっと惹かれていた。
自分が気にしすぎるのだろうか。
「なんでもかんでも自分一人でやろうとして。わたしたちを頼ってくれないじゃないの。そういう子って危なくないかしら?」
ゴドヴァンには黙って腹の中に何かを溜める必要などない。ルフィナは思った通りをそのまま尋ねた。
「自分で身を切る方が気楽ってやつなんだろ。ときどき軍にはいるぜ、そういうやつ」
ルフィナにはあまり良い個性には聞こえないのだが。そこを直そうとも思わないのがいかにもゴドヴァンらしい。
(ホントに見た目によらず優しいんたから)
思い、ルフィナは頬を赤らめる。
第1階層で自分の所属している治癒術士の部隊もハンマータイガーに強襲された。護衛の隊も治癒術士たちを身を挺して守ろうとし、全滅した後である。
一人また一人、と命を落とし、ルフィナも追い詰められた中で、颯爽とゴドヴァンが駆け付けて助けてくれたのだった。自分を助けたことで、恩に着せるどころか、他の皆を助けられなかったことを、無念がってくれてもいて。
(独りででも帰ります、なんて言う子とは、随分違うわよね)
第1階層での、シェルダンとレナートのやり取りを思い出し、ルフィナは更にシェルダンの心象を悪くした。
「ずっと隠れてることも出来たはずなのに、しないで出てきてくれただろ。それも自分が追い詰められたからじゃない。俺らが危なかったからだ。分かりづらいけど良い奴だよ」
ゴドヴァンに言われるとそうかもしれないと思えてくるから不思議だ。
「確かに独りで行ったほうが全員で行くより、魔力、法力、体力の消耗を抑えられるからね」
レナートも口を挟んできた。ずっと目を瞑って瞑想をしていたのだが。
「これだけ赤熱した岩が多いと、万一、移動中に触れるとそれだけでも負傷してしまう。そうなるとフィオーラ殿の負担が増えてしまうからね」
確かに火傷をいちいち治療しながら進むとなると、自分の魔力は早々に底をつくだろう。
一応、ルフィナも納得はして、ゴドヴァン、レナートとともに、ただひたすらにシェルダンの帰還を待つ。
どれだけ待ったのか。昼も夜もない魔塔の中では時間の感覚が狂いそうになる。
「レナート様」
ゴドヴァンが言い、大剣を手に腰を上げた。
「ああ」
レナートも聖剣を手に立ち上がる。
何だか分からないルフィナは不安になってゴドヴァンを見上げた。
「大丈夫だ。フィオーラはここにいてくれ」
微笑んでゴドヴァンが言う。
レナートもこくこくと頷いている。
2人が天幕から出るのを見送った。
「グオオオッ」
しばらくして野太い断末魔が聞こえてきた。
ゴドヴァンとレナートが戻ってくる。2人とも汗だくだ。
「ハンマータイガーよりも強い。炎属性の熊がいた」
ゴドヴァンが笑みを浮かべて教えてくれた。右の肩から流血している。
すかさずルフィナは回復光の術をかけて治療した。そこまで深い負傷ではない。
「あんなのがゴロゴロいるなら。シェルダンのやつ、独りで大丈夫かな」
心配そうにゴドヴァンが言う。
3日、戻ってこなければ見捨ててほしい。第1階層の段階で言われていた。縁起でもないことを言うものだ、と思ったが。
「3日待て、と言われてもな。そもそも3日などと知りようもないんだが」
レナートがボヤいた。確かに昼も夜もない魔塔の中でどうやって3日を感知しろというのだろうか。
ルフィナも首を傾げる。
「まぁ、腹が減った回数なんかで数えりゃ分かるでしょ」
ハッハッハ、と豪快にゴドヴァンが笑い倒した。
「あなた達には時計、という発想はないのですか」
呆れたような声が割り込んできた。
振り向くとシェルダンが脱いだキャップ帽子で自分を仰いでいた。
「お持ちでないならお貸ししますよ。私には予備がありますので」
古びた懐中時計をレナートに差し出しつつシェルダンが告げた。もう片方の手で予備だという新品を見せびらかしてくる。
「良かった!無事だったのか。あの炎の熊にやられたかと心配していたのだよ」
懐中時計を受け取りつつ、レナートが嬉しそうに言う。
「あの熊は、エングマと言います。重量級の分、腰や膝を強打すると悶絶しますので。不意を打つなり隠れるなり逃げるなり。一人であればいくらでもやりようはあります。まぁ」
うっすらとシェルダンが笑った。
「レナート様ならば、光刃で一刀両断ですから。関係ありませんが、一応」
散々、第2階層より上へ行くことをゴネていたシェルダンが同行することを決めたのも、レナートの光刃を見たからだった。
「そんなことはない。楽に倒せる方法があるなら、それに越したことはないよ」
苦笑してレナートが言う。
「シェルダン、それにしても君は魔獣や魔塔に詳しいようだが、理由を聞いてもいいのかな?」
問われてシェルダンが胡乱な眼差しを向けた。天幕を片付けようと身をかがめる。
少し動きに違和感をルフィナは覚えた。
(体のどこかを庇ってる?)
だが、表情一つ変えず、あとは何の違和感もなく作業をしている。気のせいだったようだ。
「説明は致しますが、移動しながらでも宜しいですか?階層主を見つけました。ご案内いたしますよ」
何食わぬ顔でシェルダンがさらりと言う。
やることはすべて、そつなくこなす男なのであった。