85 新生第7分隊〜ロウエン2
翌日、小隊規模での遭遇戦を想定した、他所の部隊との模擬戦が行われた。
カディスも自らの分隊を率いて参加した中、副官のペイドランが張り切って暴れまわる。
(本当は、あんなに強かったんだなぁ)
分隊を指揮しつつ、カディスは感心していた。
ルベントの軍営にいた頃は遠慮があったのか隠していたのか。使っていなかった飛刀という得物。訓練なので木製の短いもので、急所を外しているのだが、武器を持った相手の指を正確に狙い撃っている。
狙いが正確な上、不意をつくのが異様に上手いため、本物の短剣でやれば必殺の凶器と化すだろう。
(魔塔を上りきった、っていうのは伊達じゃないんだなぁ)
ペイドランの活躍もあり、優勢なのは常にカディスらがいる方の部隊だった。
なかなかクリフォード第2皇子からの呼び出しのせいで、見られなかったせいもあって、ついついペイドランに目が行ってしまう。
片刃剣の扱いは他の兵士とさほど変わらない。それどころかむしろ小柄な分、押されてしまうこともあるようだが。
「張り切っていたな。何か良いことがあったのかな?」
その日の訓練終了後、執務室でカディスは尋ねた。本来ならば、分隊全体の動きに一人一人の働きぶり、課題や長所などを詰めるところだが。
昨日のこともあって、カディスとしては上手くペイドランの恋について聞き出したいのだった。
「なーんにもありません」
ペイドランがまたバレバレのとぼけ方をして横を向く。可愛いものだ。
「例のものすんごく可愛い娘とは、ちゃんとデートの約束は出来たのか?」
微笑んでカディスは尋ねる。
「ものすんごく可愛い娘っていうのは、いい加減止めてください」
ムッとした顔でペイドランが言う。
「仕方ないだろう。名前も何も知らないんだから。私の中では、名もなき『ものすんごく可愛い娘』だよ」
カディスは肩をすくめてみせる。さぞや腹の立つ顔を自分はしていることだろう。
「イリスちゃんには、イリスちゃんって名前がちゃんとあります」
ペイドランがハッと口元を押さえた。
「そうか、すまなかったな。イリスちゃんには、イリスちゃんって名前がちゃんとあるよな」
カディスはおかしくってたまらず、混ぜっ返してやった。
首元まですっかり真っ赤になった副官が睨みつけてくる。
「俺、もう帰ります」
怒ったペイドランが背中を向けた。
「あぁ、いや、悪かった。真面目な話もあるから、ちょっと待ってくれ」
カディスは恋に恋する副官を、からかいすぎたことを反省しつつ、呼び止めた。
渋々といった様子でペイドランが振り向く。
「実は通信念話専科の研修に来ているリュッグなんだが」
カディスは真面目な話を切り出した。
「なんと、黒髪で青みがかった瞳のなんとも愛らしいお嬢さんと連れ立って歩いていたのを、私もたまたま見かけてな」
また露骨にペイドランが嫌な顔をする。
だが、悪いのはリュッグの方だ。カディスではない。
あんな軍営の近くにある商店街でデートをしていれば、知り合いの軍人ならすぐに分かる。
「あの娘は、いかにもどこぞ、しっかりした家の侍女見習い、という感じだったが、ペイドランの妹さんだろう?」
カディスははっきりと言い当ててやった。髪色から瞳の色まで珍しい色の組み合わせで、一致している。間違いないだろう。
「もう、分かってるみたいじゃないですか。それが真面目な話だって言うなら、本当に帰ります。あと、何か妹にする気なら、俺、カディス副長を絶対に許しませんから」
本当に怒ったようだ。言うペイドランの握りしめた手がわなわなと震えている。
「実は本当に真面目な話でな。兄として、妹が他の男と付き合うってなると、どういう心境になるんだ?嫌じゃない範囲で良い、教えてくれ」
カディスは、神妙な顔で頭を下げた。
「本気みたいだけど。何があったんですか?」
困惑した顔でペイドランが言う。
今回、はっきりロウエンの意図が読めない。理解できない。別の、兄という役割をしている人間からも話を聞いて参考としたいのだった。
「私もとある女性との見合いを勧められているのだが。それを勧めてくるのが、その女性の兄なんだ」
適度に真実を隠して、普通の縁談であるかのようにカディスは言った。
「あまり、気が進まないんですか?」
少し落ち着いた様子でペイドランが尋ねてくる。
「いや、相手がどうのというより、私自身からして、結婚願望がいまのところないんだ。本人たちを傷付けずに断りたいんだが」
まさか、相手が10歳の少女であるとも言えず、当たり障りのないことをカディスは言った。ペイドランの妹より更に年下なのだ。
「俺やシエラ、リュッグのことは、あまり参考にならないかもしれませんよ」
ペイドランが腕組みをして言う。すっかり腰を据えて話をする構えだ。
「それでもいい。話す内容も当たり障りのないことでいい」
流石にこれ以上、失言を誘おうというつもりもカディスにはなかった。
「最初からそのつもりです」
憮然とした顔でペイドランが言う。
「そうか?ちょくちょく口を滑らせるから心配なんだが」
とっさに、からかってしまう。もはや習慣となっているようだ。
「帰ります」
案の定、ペイドランが背中を向けようとする。
「悪かった」
すかさず、カディスは頭を下げた。悪いとは思っているのだ。ただ、長年、双子の姉であるカティアと不毛な争いを繰り広げてきた経験値がある。反射のようなものなのだ。
ペイドランが深くため息をついた。
「もう1回やったら、カディス隊長、絶交ですからね」
切り札が絶交の段階で可愛いものである。
カディスは思うも、口に出すのは我慢した。
「俺、最初、なんでよりによってシエラは腰抜けのリュッグなんか選んだんだって不満だったんです。でも、リュッグのやつ、たしかに腰抜けだけど、真面目に妹とのことを考えていて、資格とかも頑張ってて、悪くないんじゃないかって思うようになりました」
ペイドランの言うことが、カディスにもよくわかった。
カディスがルベントの軍営で、第7分隊の副官をしていたときも、魔塔で一緒に戦ったときも、よく腰を抜かしていたものだ。
「あいつ、強くないくせに、シェルダン隊長に贔屓されててムカついてたときも、あったんで、最初は本当にやだったんですよ」
重ねてペイドランが言う。表情を見る限り、本当によほど、最初は嫌だったようだ。
ただ、リュッグが努力家だったことも認めざるを得ない。真面目でもあった。ただ戦うことに向いていない。だから、不意打ちでの襲撃が苦手だったのだ。
「知ってましたか?あいつ、通信の技術士官になりたいんだって言ってました。うちの妹のために、もっと良い仕事に就くんだって、頑張ってるんですよ。そしたら俺、認めないわけにいかないじゃないですか」
ペイドランが苦笑いを浮かべて言う。
ルベントの軍営でもリュッグ以上に狼煙や信号弾などの通信機器に精通しているものはいなかった。狭き門だが本気で目指せば通信の技術士官にもなってしまうかもしれない。
「俺の妹はまだ13歳だし、俺が勧めた相手でもないですけど。でも、その人も多分、妹さんが大事なんですよ。大事だから、カディス隊長と一緒になってくれれば、幸せにしてもらえるって、お節介してるんじゃないですか」
考えている表情のままで、浮かんでくる言葉を吐き出している、というペイドランの様子だった。
なんとなく、カディスにもロウエンの気持ちが分かったような気がした。ペイドランから話を聞けて良かった、とも思う。
「やっぱり兄としては妹さんの幸せが大事か」
カディスのつぶやきに、ペイドランが頷いた。
「大半の兄貴ってやつはそうだと思います」
ペイドランもペイドランで、しっかりお兄さんをしているのであった。