84 新生第7分隊〜ロウエン1
少し時間を遡ってリュッグが皇都グルーンに到着した当日、カディスは午後休暇を取っていた。
あらかじめ、ルベントの軍営で仲の良かったロウエンから、訪ねて来るとの連絡があったからだ。男2人の色気のない組み合わせではあるが、だからこそ気兼ねなく美味いものを食い、酒を飲んで楽しんだ。
もう1人の同い年の隊員だったハンスもいれば、もっと賑やかで楽しかっただろう。
(ハンスにも声をかけたらしいが)
シェルダンの副官に抜擢されてからは真面目に過ごしてきたが、以前は同い年3人でルベントの街を遊び回っていたものだ。
ロウエンには訊きたいこともいくつかあった。
「隊長は?姉さんとはどうだ?」
夕飯を食った肉料理屋にて、カディスは卓を挟んでロウエンに尋ねる。卓のど真ん中には肉を焼くための金網が据えられ、小皿にとり、タレにつけて食べるという店だ。
「仲睦まじげですよ。この間もサヌールに向かう2人を見たって奴、いましたから」
ロウエンが笑って言う。
カディスが自らの姉とシェルダンとをくっつけようと苦労させられたことは、ロウエンもよく知っているのである。
皇都グルーンにいる皇族や要人と繋がっている様子のペイドランと違い、ロウエンの良いところはシェルダンの話も気兼ねなく出来ることだ。本人も口数の多い方ではない、というのがなお良かった。
「隊長もカティアさんと会うときはお洒落してて、美男美女だから滅茶苦茶、人目を引くのに無自覚なんだから」
笑ってロウエンが言う。カディスも目に浮かぶようだった。
「姉さんも姉さんで見せびらかしたいから、隠そうともしないしな」
実際に潜在的な恋敵は何人かいたのである。ナイアン商会のコレットに、行きつけの武器屋や飲み屋トサンヌの娘などだ。聖騎士セニア・クラインなどすらも姉は警戒していた。当時、カディスは『何を馬鹿な』と思ったものだが、一緒に魔塔へも上ってしまったし、案外、本当に危なかったのかもしれない。
「あぁ、それでよく目撃されてるんですね」
言いながら、美味そうにタレをたっぷり漬けて肉を喰らうロウエン。
聖騎士セニア本人たちでさえなければいくら目撃されても構わない。
シェルダンやカティアの肝の据わった割り切り方にはカディスも驚くばかりである。ましてや大金までせしめているのだ。
(あの2人のことだから、バレたらバレたで逆にやり込めそうだし)
魔塔上層へペイドランと向かうと聞いたときにはもっと驚いたものだが。そして死んだと姉から聞いたときには、落ち込みもした。
(義理の兄となる人だからな)
また無理をさせられて、今度こそ本当に死なれでもしたら悲しい。カディスとしてもシェルダンの死んだふりには協力してやりたいのであった。
「また、隊長や姉さんの近況も知りたい。こうして直接皇都に来て、訪ねてくれると嬉しいし、手紙でも良いから送ってくれ」
上機嫌でカディスは告げる。おおむね良い話を聞けた。
皇都で分隊長となってからは、副官のペイドランを第2皇子殿下にしばしば取られることもあって、忙しい日々が続いていた。
楽しみはペイドランの恋話くらい、という有様だ。
「ハンスの奴は忙しいのかな?」
カディスは更に尋ねる。自分のことが一旦済むと友人の一人が気になるのであった。一切れ火のとおった肉を喰らう。自分のほうは喋ってばかりでロクに食べていなかったのだ。
気のせいでなければロウエンに皿の肉の大半を食われている気がする。
「ニーナって娘にいよいよプロポーズするみたいで、親御さんへの挨拶とか大変みたいですよ」
ロウエンが微笑んで言う。また、肉を口に入れた。
よく火のとおったものが好みのカディスに対し、ロウエン半焼でもバクバク食べてしまう。
「あ、結婚といえば」
わざとらしく話題を変えようとするロウエン。
本当に下手くそな話しぶりだが、持ってきた鞄の中をガサゴソとやり始めた。ただ旧交を温めに来たわけではないらしい。
「以前、カディスさんが興味を持っていたウチの妹なんですが」
とても嫌な予感がした。
「写真を持ってまいりました」
ロウエンが嬉しそうに封筒に入った写真を寄越してくる。
エッヘン、ではないのである。
「えぇっ」
思わずカディスは声を上げてしまう。
何を誤解しているのか、ロウエンが微笑む。
「妹にも話をしましたが、あの格好良い軍人さん?すごい、ということでした」
何がすごい、というのか突き詰めていないあたりが恐ろしい。また、どう話をしたというのだろうか。
サーペントを倒したときに会っただけである。それなのに、ロウエン本人だけではなく、家族までもがカディスを娘の婚約者と勝手に見做していたというのか。
「父や母もカディスさんなら、と」
何を勝手に堀を埋めに埋めまくってくれているのだろうか。
「ロウエン、妹さんはまだ10歳だろう?」
カディスは呆れて告げた。
かつての同僚が首を傾げる。
「その10歳に興味を持ったのがカディスさんじゃないですか?そりゃ、何でもない相手なら変態だって、俺らも突き放しますよ。でも、いつも冷静、堅実なカディスさんなら」
なまじ、カディスへの評価が高いことが裏目に出たようだ。しっかり常識を踏まえた上での無茶な話はどう論破したら良いのだろう。
シェルダンの女性関係を警戒するあまり、ロウエンの妹にまで警戒してしまったのである。更にハンスが冗談で焚き付けてきたので、すっかりロウエンも誤解してしまったようだ。
「9つも年齢差があるんだぞ?」
まずカディスは自分との年齢の開きを問題としてみた。
また、ロウエンが首を傾げた。
「たとえば妹が。あ、妹はロッカと言います。宜しくお願い致します」
何やら例え話をしかけて、ロウエンが頭を下げる。
「あぁ、よろしく、じゃなくて」
カディスも釣られて頭を下げてしまった。迂闊に頭を下げると、なし崩しに条件を飲まされる。嫌な記憶が幾つか蘇ってきた。全部カティア関係だが。
「ロッカが結婚出来る16歳のとき、カディスさんは25歳、あまり違和感ないですよね」
ドレシア帝国の法律では確かに16歳から結婚できるが、あまり世間体はよろしくないとされる。
「いや」
何よりカディスはまだ、結婚そのものを考えていない。実家も没落していて、家の存続なども考えなくて良い気楽な立場なのだ。
「20歳のときに29歳。25歳のときでも34歳」
なぜかロウエンが更に続けて言う。
何歳まで並べようと9歳差は変わらないというのに。91歳と100歳まで続けそうで、カディスは若干怖くなってきた。
「分かった、分かったからロウエン」
耐えかねてカディスはロウエンを止めた。
「はい」
ロウエンが満面の笑顔を見せた。
「とりあえず写真はお渡しします。前向きに妹のこと、宜しくお願い致します」
結局、写真を受け取るしかなくなって、その日はお開きとなった。満足げに宿屋へと帰っていくロウエンを、カディスは見送ることとなる。
(どうしてこんなことになった)
一人、寮の自室に戻って頭を抱える。
一応、ロッカなる少女の写真を机の上に出してみた。
兄と同じ茶色の髪を首の後ろで1つに縛り、精一杯のおめかしをしている。魔導写真は高価なもので、ルベントにも扱っているのは一店舗しか無かった。
整った顔立ちだが、生まれて初めて写真を撮られるのだろう。緊張でカチコチに固まっていた。
(だが、まだ10歳だぞ。ロウエン、お前はほんとうにまったく)
ロウエン自身も物静かな割に好奇心が強く、外の世界を見たくて故郷を飛び出して軍に入った男である。
(俺とくっつけて妹さんも村から出してやりたいのかな?)
もう少し、時間を置いてから、ロウエンを説得しよう、とカディスは心を決めるのであった。