83 聖剣返還2
聖剣の話が決まってもなお、退出を許されない。
咳払いをして皇帝マルクスと第2皇子クリフォードも居住まいを正した。なんだというのか。
「あの、まだ、何か」
セニアは場を取り仕切っているシオンの方を向いて尋ねる。
「そこの2人は説明が下手だから私から話そう」
シオンが父と弟を睨んで告げる。
「兄上は説明するのが好きなだけでしょう」
燃やしたがりの第2皇子クリフォードが茶々を入れた。
「全くだ。次の治世は固い雰囲気の、細く、鋭く、怖く、が題目のつまらんものになりそうだのう。あー、つまらん」
皇帝マルクスもふざけてため息をついた。
「だまれ、バカ二人」
恐ろしく鋭い眼差しを向けてシオンが2人を黙らせる。実際は怯えたふりを二人ともしているだけのようだが。
「現在、西部のアスロック王国との国境には私直属の第1ファルマー軍団が張り付いている」
シオンがセニアに対して切り出した。
「その、第1ファルマー軍団からの報告では、アスロック王国側から魔物が襲来し、負傷兵がかなり出てきている、というのだ」
苦虫を噛み潰したような顔でシオンが言う。
祖国アスロック王国が、今いるドレシア帝国に害をなしている、ということだ。
セニアはギュッと唇を噛む。自分が国を追われていなければ防げたことのように、つい思えてしまう。
(違うでしょ。この国に亡命してクリフォード殿下らと出会い、多少なりとも腕を上げたから、この間も魔塔を攻略出来たのよ。あのまま、アスロックにいても私は)
無謀な挑戦をして命を落としたことだろう。それこそ魔塔攻略失敗により、魔塔を増やした挙げ句、失敗の責任で処刑されていたかもしれない。聖騎士の血も絶やしてしまっていただろう。
「我が国としては、せっかく国内の魔塔を崩壊させたのに意味をなさない格好だ。せめて、国境近くにあるゲルングルン地方の魔塔だけでも何とかしたいのだが」
セニアの思いとは裏腹にシオンの説明が続く。
シオンが何か言いづらそうな態度で言葉を切った。
「私が、アスロック王国に潜入し、再度、その魔塔を攻略するしかない、ということですね」
重苦しい思いとともにセニアは口を開く。
自信が、ない。言ってはみたものの、出来るだろうか。それでもやらなくてはならない、という衝動が抑えられない。
シオンが苦笑し、首を横に振った。
「そんな無茶をさせるわけがないだろう。敵国に立っているのだよ?君を処刑したくて仕方ない王子もいる国だ」
クリフォードが色をなして言う。以前の剥き出しの保護欲とはどこか違うもののように、セニアにも感じられた。
「あぁ、それは早とちりしすぎだよ、セニア殿」
シオンも優しく言い添えてくれた。
「しかし、アスロック王国にある魔塔を攻略するには潜入するしか」
セニアとて、今なお無謀なことをしたいわけではない。するべきでもないと思う。他に術を思いつけないだけだ。
「ゲルングルン地方を、アスロック王国の国土ではなくしてしまえば良い」
スパッとシオンが断言した。
「え?」
セニアは思わず聞き返してしまった。
「魔塔の立っているゲルングルン地方を我らが国土としてしまえば潜入の手間など要らぬ」
シオンが更に言う。有無を言わさぬ印象だ。戦争をするということである。
「つまり、アスロック王国に侵攻し、魔塔のある地を制圧し、その上で魔塔攻略に着手するのが、最善だろうと兄上は仰っているのだよ」
クリフォードが微笑んで言った。なぜか説明の纏めを取られたシオンが弟をにらみつけている。
「セニア殿にもちろん、アスロックの地を今なお、救う意志と魔塔に挑む覚悟があるのなら、だけどね」
どこか痛ましいものを見るようにクリフォードが言う。嫌だとは言ってはいけないセニアに、同情するような眼差しだ。
(そう、私は断れない。やらなくてはいけない、聖騎士なのだから)
自分がここまで、弱く未熟な人間なのだとは、セニア自身、思ってもみなかった。
(あのケルベロスより恐ろしい敵が、きっとアスロックの魔塔には)
知らず右手で左腕を抱くようにしてしまう。
「聖剣を返すのにはそういう意味合いもあるんだよ。今度は聖剣でもって、また魔塔を攻略してほしいと」
微笑みを浮かべたまま、クリフォードが言う。クリフォードやシオンの目に今の自分はどう映っているのだろうか。
「だが、いざ始めれば、ゲルングルン地方だけでは済まないだろう」
また、シオンが口を開いた。
「国土の拡張とともに、また次の魔塔が問題となるのが目に見えている」
シオンの言うとおりであった。制圧すれば、国境も動く。そこで得た国土に住む人々への責任も生じる。
「アスロック王国を滅ぼすまでやると?」
思わずセニアは尋ねていた。
「まあ、でもセニア殿がもう魔塔は無理だというなら、それも仕方ない、と私は思うけどね」
また、クリフォードが労るように言う。
「おい」
鋭くシオンが弟を睨んだ。
「国内の魔塔を攻略した。これは1つの節目だ。止めるなら、あるいはやらないという選択をするならここしかない」
クリフォードがシオンの方へと向き直った。
「兄上、以前の反対とは少々異なります。私は身を以て魔塔攻略の難しさを思い知りました」
睨まれる程度で引き下がる程度の考えではない、と態度で示しているかのようだ。
「私は無論、セニア殿がやると言うなら、この生命の炎にかけて、その障害を灼き尽くす所存です。が、だからこそ選べる段階にいるなら選ばせてあげたいのですよ」
クリフォードの気持ちに胸が熱くなる。ペイドランを呼び出しては次の魔塔攻略に向けて、分析を続けているのはセニアも知っていた。ただ、セニアの思う様、させてあげたいという思い遣りが伝わってくる。
シオンがため息をついた。
気持ちに、思いやりに答えたい。セニアは口を開こうとした。言葉が出ない。
「私、その」
何を迷うのか。クリフォードまで、力になると言ってくれているのだ。
ケルベロスの核を、凝縮しようとした悍ましい瘴気を、思い出してしまう。
『魔塔攻略は失敗してはならないのですよ』
シェルダンの言葉が耳に蘇ってきた。また、気持ちが楽になる。二の足を踏む自分は成長したのだとふと思えたのだ。
無謀と勇気は違うように、臆病と慎重も違う。
「魔塔の攻略は着手する以上、失敗は許されません。私含めいま、どれだけの戦力があるのか見定める時間を頂けますか?」
ハッとした顔をシオンがした。ふぅっと息を吐く。
「そうだな、確かに。失敗してセニア殿とクリフォードが死んでは、また国内に新しい魔塔が立ちかねん」
苦笑いを浮かべる。
クリフォードの全てを受け入れるよ、と言わんばかりの微笑みが好ましい。
「私も、焦っていたようだ。が、いずれにせよ聖剣は返す。聖騎士が持つべきものだろう」
数日後、セニアは皇城の大広間において、多くの観衆の前にて、聖剣を受領した。かつてなく重たいものに感じられるのであった。
いつも応援、閲覧ありがとうございます。
セニアさんに関する真面目なお話の場面でした。何気に皇帝マルクス様は初登場でしたね。書いてて、あまり気にしたりイメージしたりしたことは無かったんですが、セニアさんはよほどお綺麗なようです。いずれ腰据えて描写できたら楽しみだなーなどと目論んでおります。
ここを書いておけたことでまた、先が展開しやすくなると思います。今後とも宜しくお願い致します。