82 聖剣返還1
ルベントから第2皇子クリフォードとともに皇都グルーンへと移り、聖騎士セニアは皇城敷地内にある北塔にて暮らしている。
侍女のシエラや従者のイリスも一緒だ。
ただ、今日は一人、現皇帝マルクス3世に呼び出されている。シオンとクリフォードの実父だ。
格式張ったものではなく、下話をしたいとのことだが両脇にはシオンとクリフォードの異母兄弟がそれぞれ左右に控えている。
「聖騎士セニア殿、前には戦勝祝賀の式典でも述べたがね。我が国へ来てくれてありがとう。魔塔攻略のこと、改めて皇帝として、礼を述べたい」
既に60近いという白髪頭の皇帝が頭を下げる。小柄な一見して温厚そうな人物だ。
「そして、貴女の所持していた聖剣。これをあなたに返還しようと思う」
皇帝マルクスの言葉にセニアは驚いた。期待していなかった、というよりも神聖術のほうに気が向いていて、ただ聖剣のことが頭からすっぽりと抜けていたのだ。
「そのことについては、取り上げた本人のシオンから話をさせよう」
呼ばれたシオンが一歩前に出た。
「私はかつて、配下のゴドヴァンと貴女とを対決させて聖剣を取り上げた」
細い、鋭い、怖いと三拍子の揃ったシオンが淡々とした口調で、前置きなく説明を始める。いかにも実務家という印象が強かった。
「あの判断が間違っていたとは思わない。ただ、聖騎士として貴女は次の段階に至った、とゴドヴァンもルフィナも口を揃えて言うのだ。今なら、魔塔を攻略した、という分かりやすい功績もある」
シオンの言葉にセニアも納得していた。
確かに自分は未熟だったからだ。まだ今も未熟だという自覚もある。聖剣はただの名剣ではない。神聖術の出力である法力を増す機能が本来あるのである。
(でも、使いこなせなければただの剣のまま)
セニアは不安を隠しきれずクリフォードの方を見た。
「兄上。新たな教練書をセニア殿はルフィナ殿から受領し、さらなる神聖術を習得しようとしているところなのですが」
クリフォードが微笑んで言い、少し言葉を切った。
「今、習得しようとしている術に手こずっていて、少々、自信が揺らいでいるようなのです」
確かに『千光縛』という光の鎖を操る術の習得に手こずっている。細かい鎖を幾つも生じさせて、相手の動きを封じるという術なのだが、どうしても巨大な鎖の環を1つ生み出して終わってしまうのだ。
皇帝マルクスも皇太子シオンも、クリフォードの言葉を受けて労るように微笑みを向けてくれる。
「なるほど、その向上心、心強いことだ」
皇帝自らに褒められて、セニアは縮こまる。
「すぐすぐ使いこなせ、ということではない。まずは一旦、ふさわしい人の元へ戻すということだ。セニア殿、そう気負うことではない」
シオンも頷いて言う。
「なにせ、そもそもゴドヴァンには聖剣は扱えないからね」
さらに笑顔で加えるのだった。
「しかし」
セニアは言い淀む。自分も自分で、自らの未熟さをすら知らず、何年間もただ切れ味の良い刃物として遣ってしまった。本当はそういうものではないと、教練書で知ったばかりだ。
魔塔を1つ攻略して、今、かえって未熟さを痛感することとなった。
「更にな、アスロック王国がうるさいのだ」
心底忌々しげにシオンが告げる。
クリフォードの微笑にも凄みが増した。
「皇太子のエヴァンズ様の件ですか?例の?」
ゴドヴァンとルフィナの婚約式典でもシオンから聞かされている。
「あぁ、貴女のことを偽聖騎士であり、我らをたばかっている、騙されているというあれだ」
シオンが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まったく、この目で魔塔を攻略するところを見た、同道した皇族もいるというのにな。正気の沙汰とは思えんような言いがかりだよ」
セニア自身、未熟さを思い知ったところはあれ、ドレシア帝国を騙したつもりはない。それでも改めてシオンに言われるとホッと安心してしまう。
「今、この時期に聖剣を返すことには、アスロック王国に対する意思表示という部分もある。馬鹿な言い掛かりをいい加減やめろ、とな。もう十回以上も使者が来ているのだよ」
シオンの右のこめかみには青筋が浮かんでいる。不運にも使者とされた人物にとってはさぞ怖い相手だったろう、とセニアは同情した。
首を横に振って、思考を聖剣返還に戻す。
(シェルダン殿がご存命なら何ていうかしら?)
未熟な自分を見て、千年早い、と言われそうな気がした。
セニアは一瞬、そう思いかけるもすぐに首を横に振る。
(あの方は、合理的な人だった。持つだけなら持ってればいいでしょう。そっけなく、そう言いそうだわ)
思い出すにつけて、セニアは笑ってしまう。
使いこなせるようになってから使えばいいだけのことだ。
スッと肩が軽くなるように感じられた。
「分かりました。使いこなせるとは、まだ思えませんが。父の形見でもあります。手元にあれば、やはり落ち着きます。ご配意ありがとうございます」
セニアは言い、頭を下げた。
皇帝親子3人が揃って、満足げに頷く。
「ただ、取り上げたときに仰々しくやったからな。返すにしてもこの場で適当に渡すわけにもいかなくなった。きちんと論功の式典の場を設けて、国民の前で華々しく返還するとしよう」
シオンが表情を変えずに言う。
「あのときはなぜか兄上が私ごときに当てつけをしていたからね。そのせいで、ややこしくなったのですよ」
クリフォードがいたずらっぽい笑顔で過去の因縁を混ぜっ返す。
「お前こそ、あのときは、セニア殿にぞっこんべた惚れでおかしくなっていただろうが」
シオンもシオンで珍しくムキになって言い返している。兄弟喧嘩が眼の前で勃発した。
「私が、セニア殿にぞっこんべた惚れなのは、いつまでも変わりありませんよ」
涼しい顔でクリフォードが言う。
露骨に好意を隠さないクリフォードの物言いに、セニアは赤面させられてしまう。
「まったく、止めんか。二人とも妙齢の令嬢の前で見苦しい」
皇帝マルクスが息子二人を諫め始めた。身を乗り出してマジマジとセニアを見つめる。
「しかし、改めて近くで見ると本当に美しい。どうだろう。いっそ愚息2人はどちらもだめならば、現皇帝である儂と」
この息子にして、父親アリである。皇帝がとんでもないことを言い始めた。
「父上、何ということを仰るんですか?燃やしますよ」
クリフォードが動揺もあらわに言う。とんでもない不敬な発言だ。
「ふむ、その場合、老い先短い父上はすぐ亡くなるだろうから、セニア殿が私の妻に?悪くないな」
顎に手を当てて冷静にとんでもないことを言うシオン。こちらも父の皇帝に対して不敬だった。
「あ、あの、もう戻ってもよろしいでしょうか」
悪ふざけを始めた三人の親子を見て気まずくなり、セニアは逃げようとした。
「あ、あぁ、すまない。バカ二人のせいで話が逸れたな。まだ、話したいことがあるから待ってくれたまえ」
こともなげにシオンが言う。
「とっとと、父が私に皇位を譲ってくれればいいのだがね」
なんとも頷きづらいことを言って、シオンが話を続けるのであった。