81 新生第7分隊〜リュッグ3
「全く、で、剣の稽古、いつがいいかしら?」
イリスが話を本題に戻す。
ペイドランは手帳を懐から出して労休日を確認する。イリスも覗き込んできた。ほぼ密着してしまって、またペイドランは思考が停止する。
「あら、直近だと3日後が休みなの?私はしばらくはね、いつでもいいの。皇城でセニア、様たちと一緒だからね」
イリスが苦笑いを浮かべる。
「なんか、最近はね、クリフォード殿下も変な無茶振り、しなくなったのよね。なんでかしら?」
可愛く小首をかしげるイリス。
ペイドランも一緒に首を傾げる。以前がどうだったのか具体的には知らないのだ。いつか時間に余裕があるときにクリフォード本人から聞いてみたいと思う。
無事、次への約束も決まり、満足してペイドランは帰宅した。結果的にはカディスの言いつけを守った格好だ。
自室に戻り、部屋の床で大の字になった。
(シエラとリュッグか)
楽しそうではあった。シエラとは任務の関係で離れてはいたが、ずっと兄妹2人で生きてきた、少なくともペイドランはそう思っている。
(誰と付き合ってても大事な妹に変わりはない)
少し悩んでから、ペイドランは腹を決めるのだった。
翌日も、訓練終了後、ペイドランはリュッグのもとを訪れる。ただし、今回はコソコソと探るのではなく、訓練棟の入り口で待ち構えていた。
また、手元の資料に視線を落としたリュッグがあらわれる。どうやら、その日に教わったことを歩きながら復習しているらしい。
「おい」
声をかける。
リュッグが顔を上げる。ペイドランを見て、気弱そうな笑みを浮かべた。
「ちょっと付き合えよ」
硬い声でペイドランは言う。更に背中を向けて歩き出す。
「あ、うん」
見ていた資料を鞄にしまい込む音とともに、リュッグがついてくる気配がした。いちいち振り向こうという気にペイドランはなれない。
(こんな、トロいのに、シエラのやつ、リュッグのどこがいいんだろ)
疑問に思いつつ皇城の表通りから離れて裏通りに入る。
表通りには料亭や居酒屋など飲食店の多い界隈だ。ただ、少々ガラの悪いごろつきも顔を出すので気の抜けない場所でもある。
高い建物と建物の間にある屋台へとリュッグを導いた。3人がけのカウンターがあるだけの、改装した荷車だ。
愛想のない店主と目が合う。色黒のごつい体格をした壮年男性である。
相手が黙って頷いたので、ペイドランも黙ってリュッグとともに椅子へと座る。
「俺が金出すから。好きなもん食っていいから」
ペイドランはリュッグに告げる。ただ、最初は何も分からないだろうから適当に見繕って、自ら注文してやった。
鳥の肉を串で焼いて出す店で、ペイドランはいつも来るたび、うまいと思っている。日によっては魚や貝の身を出してくれることもあった。
「え、悪いよ。俺も半分出すよ」
リュッグが遠慮して言う。
胡乱な眼差しを意識してペイドランは向けてやった。
「リュッグ、お前さ。シエラが、百歩譲ってお前と結婚してやるなんてことになったらさ」
なぜだか、ただの仮定の話のはずなのにペイドランは腹が立ってきて言葉を切った。
「お前、俺の義理の弟になるんだよな」
やはり言っていて腹が立ってくる。しかし、この屋台は喧嘩はご法度なのだ。店主に襟首を掴まれて放り投げられることとなる。ペイドランはそんなことは無かったのだが、時々、酔漢がポイと捨てられたのを見た。
「う、うん、まぁ、続柄的にはそうだよね」
頷くリュッグを見ても、湧き上がる怒りをペイドランは抑え込んだ。
「義理の兄貴が食えって言うんだから、大人しく遠慮せずに食えよ」
ペイドランの言葉にリュッグが苦笑した。いかにも甲斐性のない気弱そうな笑みだ。シエラは一体こんなやつのどこがいいのだろう、とペイドランは思ってしまう。
「うん、分かった。ありがとう。頂きます」
手を合わせて鶏肉に食らいつくリュッグ。
ペイドランも食べ始める。いつもどおり甘じょっぱいタレが美味い。
「悪かったよ」
一通り一旦食べてから、ペイドランは切り出した。
「何が?」
リュッグが腹を抑えて訊き返してくる。
「シエラの目の前で馬鹿にするようなこと、言ったのはやりすぎだった。やり方が陰湿だった。シェルダン隊長の目の前だったらボコボコにされてたと思う」
イリスの目の前で同じことをシエラにされていたら、自分も困ったはずだ。リュッグとの交際に思うところはあれ、していいことではなかった。
「あはは、そうだね。鎖で木から吊るされてたかも」
微笑んでリュッグが言う。
「むしろ、生き埋めだろ?」
苦笑いしてペイドランも返した。
もう、いなくなってしまったシェルダンの名を出して寂しくなってしまう。こういう話ができるのも、同僚だった人間だけなのだ。
「シエラが誰を選ぶかなんて、シエラが決めることで俺が決めることじゃない。助言はするけどさ。悪いことしたな、と思う。ごめんな」
重ねてペイドランは謝った。
「いいよ、あの時のは。急に見かけて驚いただけでしょ?仕方ないよ」
リュッグが許してくれる。
軍人としてはともかく、おとなしいだけで悪い人間ではないのであった。
「坊やたち、雑談だけなら帰ってくんねぇかな?うちは居酒屋じゃねえんだ」
店主が表情を変えずにたしなめてくる。こういう気難しさのせいで美味いのに流行らないのだと分からないようだ。
「まだ食います」
ペイドランは申し訳無さそうなリュッグが謝罪する前に注文しまくってやった。
「若えんだから、そうこなくっちゃ。もっと食いな」
薄く笑って、店主がまた料理を始めた。初めて笑顔を見た気がする。
店主の料理をぼんやりと眺めつつ、またペイドランは口を開く。
「なぁ、シエラのこと、本気で好きなんだよな?」
遊びと言うなら許さない。飛刀でいつかこっそり串刺しにしてやる。
「今でも信じられないんだ。シエラちゃん、あんなに可愛くて真面目な良い娘なのに。俺には勿体ない娘なんだって。ペイドラン君に言われなくても俺、分かってる」
リュッグが俯いて言う。
いちいちもっともなので、ペイドランは何度もうなずく羽目になった。
「ある日、備品整理してたら、いきなり倉庫に現れて交際して下さいって言われたんだ」
思い切ったことをシエラもするものである。リュッグなどはともかく、シェルダンに見つかっていたら生き埋めにされていたかもしれない。
「いや、女神様が遣わした妖精か何かかと思ったよ」
リュッグが、更に笑って惚気話を披露する。
「なにせ、可愛いもんな」
ペイドランも上手いリュッグのたとえに感心して言う。
「ね」
リュッグが相槌を打った。
「うーん、気持ちはよく分かったけど」
ペイドランにもさすがにリュッグとシエラが本気で思い合っていることに納得しないわけにはいかなかった。
「でも、お前、臆病だし、戦いじゃ弱いほうだろ。軍でその、シエラを幸せに出来るぐらい出世、出来るのか?」
出世するばかりが女性を幸せにする方法ではないだろうが、気になってしまうのである。
「軍でも頑張るつもりはあるけど。俺、通信具の扱い好きだし、誰にも負けたくないって思うようになった。念話も使いこなせるようになって、そっちの道にいずれ進みたい」
リュッグが言葉を切って笑う。つまり、通信の技術士官を目指すと言っているのだ。
「調べたらさ、そっちのほうが生涯年収、高いみたいだしね」
確かに技術士官ともなれば通常の兵士より収入もいいだろう。念話まで使えて通信具の資格まで持っているリュッグならば、士官になるというのも現実味のある話だった。
よりシエラと幸せになれるように、リュッグなりに考えてくれていて、かつ考えるだけでなく着々と努力を進めているのだ。
「シエラから聞いてるかは知らないけど。俺たちはずっと兄妹2人で生きてきた」
ペイドランは念を押すつもりで切り出した。もうすぐ店主の調理も終わる。
「うん、聞いてる」
全部、シエラが打ち明けた上で交際しているのなら、やはり自分が首を突っ込むのは余計なことなのだ、とペイドランは思った。
「じゃあ、あまりもう余計なこと言わない。ただ、シエラを傷つけたら許さないからな」
ペイドランの言葉に重々しくリュッグが頷く。
二人の前に串焼き肉が置かれる。注文していたのよりも幾分多い。
「可愛いお話をどうも。坊や達はとっとと食って帰って寝てくんない」
店主の言いつけには二人とも逆らえないのであった。
いつも、閲覧応援ありがとうございます。
リュッグ君の話はここまでになります。ペイドラン君との絡みを、以前は全く書けなかったので、書いているこちらとしては少し新鮮でした。
半分ぐらいペイドラン君とイリスちゃんに取られましたが(汗)
いずれ、リュッグ君の念話も活かせる場面を描けると良いなと思っています。
今後とも宜しくお願い致します。