80 新生第7分隊〜リュッグ2
「隊長、リュッグのヤツが皇都に来てるの、知ってましたか?」
翌日の夕方、分隊での訓練終了後、早速ペイドランはカディスに報告し、質問した。
何か探るような眼差しをカディスが向けてくる。そしてニヤリと笑った。
「あぁ、念話の教養課程だそうだ。以前の同僚が頑張っている。お前もオチオチしていられないな」
一体、何を頑張っているというのか。妙に含みをもたせたような言い方だ。
「で、お前は例のすんごく可愛い娘とは、どうなったんだ?報告がまだだが?」
更に面白がってカディスが尋ねてくる。報告する義務など無い、とペイドランは思った。
「別に、何にもないです」
ペイドランは横を向いてとぼけてやった。
本当にいつも、よほどカディスには楽しいことがないのだろう。
「なんだ、振られたのか。せっかく良い縫製屋を紹介し、服まで一緒に見繕ってやったのに。ダメか。すまないなぁ。もっと親身になって相談に乗ってやっていたらなぁ。頼りにならない隊長ですまない」
とめどなく続くカディスの嫌味。こちらの反応を窺うように、いちいち言い足してくるのがいやらしい。
「再会出来て、今度、デートですっ」
とうとう耐えかねてペイドランは言ってしまう。むかっと腹が立ったので、睨みつけてやった。
「おお、そうか。良かったじゃないか」
白々しい満面の爽やかな笑顔をカディスが向けてきた。全てにおいてわざとらしいのである。
19歳の若さで、あのベテランのハンターを差し置いて、あのシェルダンから副官に任命されただけのことはあった。本当に嫌な性格をしている。
「で、いつ、どこで、どんなデートを?」
カディスに問われ、ペイドランは肝心なところを全く詰めていなかったことに気づく。
イリスの可愛らしいドレス姿に心を奪われ、すっかり呆けていたので、次に会う話が出来ただけで満足してしまったのだ。
「まったく」
ペイドランの困った様子から、ことの経緯を察したらしくカディスが苦笑する。
「分かった。今日はもういいから、その娘のところへ行って、きちんと約束を取り付けてこい」
思わぬ言葉にペイドランは驚く。
「隊長、いくらなんでも、それは」
見るからにカディスの前には書類仕事が溜まっている。流石に今日は手伝おうと思っていたのだ。
「いいんだ。多分、向こうもお前から話を詰めてもらうのを待ってるはずだ」
イリスが自分を待っている。ペイドランの思考が麻痺した。
「きっと次はいつ会えるかと。いや、下手すればお前には、口だけで会う気がないのでは、と誤解して落ち込んでいるかもしれないぞ」
続くカディスの言葉でペイドランの腹も決まった。
イリスが暗い部屋のどこかで落ち込んでいる。そんな場面を想像してしまう。
「行ってきます。隊長、ありがとうございます」
ペイドランは固い決意と感謝の気持をこめて告げた。
「あぁ、私は事務仕事は割合に得意だから任せておけ。心配するな」
ヒラヒラと手を振ってカディスが送り出してくれた。
しかし、ペイドランには別途、もう1つやりたいことがあるのである。
(カディス隊長、ごめんなさい)
イリスと会うのであればクリフォードとセニアの下を訪れるのが1番良い。が、ペイドランは皇城には向かわず、ドレシア帝国軍本部、通信念話育成専科の行われている訓練棟へと向かった。
「リュッグの奴」
ペイドランはどうしてもリュッグの落ち度を見つけたくてならなかった。密偵だったときの技術を活かして尾行するのである。浮気しているところでも抑えられれば完璧だ。
息を潜めて植木の陰に隠れる。
「あんた、何やってるの?」
すると、後ろから声を掛けられた。イリスである。
「え、あ、うわ、イリスちゃん、なんで?」
驚きのあまり、ペイドランは無様に尻餅をついてしまう。
イリスが深く、ため息をついた。
「剣の稽古、いつやるか決めてなかったでしょ?話をしようと思って探してたら、コソついてるところを見つけたってわけ」
カディスの言うとおりだった。イリスも自分と会う段取りを決めるのを心待ちにしていてくれたのだ。
ちょうど、訓練棟からリュッグが出てくるところだった。手に持った資料に視線を落としたまま歩いている。
「あれ、妹のシエラちゃんの彼氏でしょ?心配なの分かるけど、そういうの、良くないわよ」
思いの外、落ち着いた口調で、たしなめてくれるイリス。
ただ、言っている内容のほうにペイドランは驚いてしまう。
「え、シエラとかリュッグとか、あと俺とのこと」
調べてくれたのだろうか。ペイドランは若干期待して尋ねた。
「そりゃ、知ってるわよ。シエラちゃんとは同じ主人に仕えてるのよ?それにあんたとシエラちゃん、髪と眼が同じ色じゃないのよ」
言われてみればそのとおりであった。
「シエラちゃんの彼氏の、あれ、リュッグ君でしょ?つい昨日、紹介されたばっかりなのよね」
兄の自分を差し置いて、イリスにまで紹介していたことに、ペイドランは驚いた。ただ、イリスの瞳は今日はいつになく優しい。
ペイドランは思い切って手振りで最寄りのベンチを示した。並んで腰掛ける。
「あいつ、あの、彼氏のリュッグってやつさ」
ペイドランは切り出した。
「うん」
イリスが頷いて先を促してくる。
「同僚だったんだけど。ルベントじゃ、腰抜けって言われてた暗いやつでさ。正直、俺」
ペイドランは言いよどむ。卑怯なためらいだ、と自身でも思った。
「下に見てたんだ?だから、可愛い妹のシエラちゃんと付き合ってるの、あんたは気に入らないのね」
あとを引き取ってイリスがペイドランの気持ちを代弁してくれる。
「軽蔑した?」
なんとなく、リュッグを下に見ていた、同じ分隊の仲間だったというのに。否定できない、ひどく醜い心をイリスに晒してしまったような気がしていた。
「うーん」
イリスが腕を組んで考え込んだ。
「気持ちは分からないでもないかも」
ゆっくりとイリスが顔を合わせる。
「私には兄妹いないけどさ。セニア、様とはちっちゃいころから一緒でね。もしセニア、様に変な男くっつきそうになったら、警戒したと思う」
優しくイリスが理解を示してくれた。ただ、いつもは呼び捨てなのか、『様』付けするのがぎこちない。
「君ならその場ではっきり言いそうだけどね。だめかだめじゃないか」
ペイドランは微笑んで告げる。
「なによ、せっかく心配して相談乗ってあげたのに。なんか損した気分だわ」
プリプリと怒ってイリスが言う。
「ありかとう。でもなんかスッキリした」
心の底からペイドランは謝辞を述べた。
「そ、なら、良かったわ」
イリスが微笑んだ。やはりツンケンしているより可愛らしい。
遠目にまたリュッグが見えた。
いかつい大人の軍人にぶつかりそうになって、睨まれている。鈍いくせに資料などを見ながら歩くからだ。しきりに頭を下げて、事なきを得てホッとしている。
やはり情けない男でシエラには釣り合わないような気がした。
「あれ見てさ。あんたは情けない奴って思ったかもだけど。人によっては優しそうで良いなって思うわけよ」
イリスにも見えていたようだ。
「君は?」
思わずペイドランは尋ねてしまう。
「あたし?あたしなら、タラタラ歩くんじゃないわよって足蹴よ」
イリスが冗談めかして言う。
「おっかねえ」
わざとらしくペイドランも怯えたふりである。
やはりイリスと会って話して気が楽になった。シエラだっていつまでもずっと子供ではないのだ。
本当はリュッグだからではなく、誰であろうと自分はシエラを心配して釣り合わないなどと言い出しそうな気がする。
(うん、むしろ、二人のおかげでイリスちゃんとこんなに話せて良かったかも。ありがとう)
内心でペイドランは2人に礼を言うのであった。