79 新生第7分隊〜リュッグ1
皇都グルーン。皇城にもっとも近い商店街を、クリフォードから呼び出された帰り道、ペイドランはぐったりしながら歩いていた。
奇しくもリュッグがシェルダンの元を辞して3日後のことである。ルベントと皇都グルーンの間は乗合馬車を使って2日ほどかかり、決して近くはない。
ペイドランは信じられない光景を目にした。
「あいつ、リュッグだ」
かつて、ルベントの軽装歩兵の第7分隊で一緒だった。黒髪の暗い雰囲気の同僚だ。別に皇都にいるだけなら、あまり気にもならないのだが。
なぜか、黒いお仕着せ姿の、自分の妹シエラと連れ立って歩いている。たった一人の大切な妹だ。見間違えるわけもない。
対するリュッグはペイドランにとって、同じ分隊にいたとはいえ、暗く大人しく、見るべきところの全くない相手に見えて、気にもかけない存在だった。今にして思えば無能なくせにシェルダンから目をかけてもらっているようで、憎たらしくすらあった気がする。
「とにかく、なんであんな奴とシエラが一緒にいるんだ?」
歯ぎしりしてペイドランは呟いた。気付けば距離をおいて追跡してしまう。
とてつもなく可愛いシエラと暗い陰鬱なリュッグとでは、どう見ても釣り合わない。が、仲睦まじそうに語らって歩いているのだ。
(うちの妹は可愛らしくて素直で、気立ても良くって。体術だって遣う。腕っぷしだって、シエラのほうが強いぐらいなのに)
小柄だが徒手空拳ではペイドランより強いぐらいかもしれない。護身術として覚えさせたのだ。侍女などをしていると武器を持てないことも多いだろう。
露店の商品を指さしてリュッグが何か言い、シエラがクスクスと笑みをこぼす。
(あの変態野郎、デレデレしやがって。シエラはまだ十三歳だぞ?)
さりげなくリュッグがシエラの肩に手を置いた。
見上げるシエラと見下ろすリュッグ。愛おしげに見つめ合う2人にペイドランの我慢は限界を迎えた。
「おいっ!」
意図して太い声を出して、ペイドランは2人を妨害することに成功する。さらに間にいる通行人をかき分けて2人に接近した。なぜか通行人がさぞ邪魔なもののように自分を睨みつけてくる。
「お兄ちゃん」
シエラが露骨に嫌そうな顔を自分に向ける。初めてのことだ。
「あ、ペイドラン君、久しぶり」
リュッグが微笑んで言い、片手を挙げた。何とも腹の立つことに、自分を見て嬉しそうだ。懐かしげな表情に毒気を抜かれそうになる。
「久しぶり、じゃねえよっ!お前、人の妹と何してるんだよっ!」
あえて乱暴な言葉遣いを出来るだけ選んで告げる。
シエラが庇うように前に出た。
答えたのはリュッグの方である。
「何って、買い物だよ。久しぶりにシエラちゃんと会えたし、俺、皇都は初めてだから案内してもらってたんだ」
呑気な口調で元同僚が説明する。割合に明るい顔をしているのはシエラの前だからだろうか。
「リュッグさん」
シエラがリュッグの左腕にしがみついて言う。
「私、まだお兄ちゃんに、付き合ってるの言ってない。見ての通りの反応だから言い出せなくって」
シエラの口からとうとう付き合っている、と出てきた。聞きたくない言葉だ。ペイドランは耳をふさぎたくなる。
リュッグがきまり悪そうな顔をする。頼りない表情を見て、少しペイドランも溜飲を下げた。少しでも情けないところを見せて、シエラに幻滅されればいいのだ。
「俺からちゃんと言っとけば良かったよね。同じ分隊の仲間だったんだし」
優しくリュッグがシエラに告げる。
「ううん。普通、それぐらい言ってると思うよね。私こそ、ごめん」
赤くなって照れくさそうにシエラも言う。
むしろ良い雰囲気になっている。
「あぁ、もうっ、そいつ腰抜けって軍でも言われてる、暗い引きこもりみたいなやつだぞ。もっとマシな男、兄ちゃんが見つけるから。そいつはやめとけっ」
大声で言うと、キッとシエラからかつてない、強い眼差しで睨まれた。リュッグ本人は苦笑いである。そうだよね、みたいな表情がペイドランの気に障った。
「私がリュッグさんを好きで、私から告白したの。お兄ちゃんにとやかく言われる筋合いはないよ。それに言ってること、リュッグさんにすんごい失礼だからね」
衝撃の事実を告げるシエラ。
リュッグがしつこく言い寄って始まった交際だろう、とペイドランは勝手に決めつけていた。
「戦うのが怖いの当たり前でしょ。リュッグさんはでも、怖いなりにいつも頑張ってて、軍人さんとしても偉いよ。それにいっぱい勉強して通信具の資格、いっぱい持ってて。今じゃ念話の勉強も皇都でさせてもらえるぐらいなんだよ?」
まるで我がことのように誇らしげな顔で妹が報告する。
「便利な装備品だって考えたんだよ。お兄ちゃんより、よほど真面目に頑張ってて偉いんだから、ばかにするのは本当に失礼」
シエラの中ではペイドランよりリュッグのほうが遥かに上らしい。話が兄としての面子の問題になりつつある。
「いや、兄ちゃんだってさ」
クリフォードやら魔塔やらの関係で大変な思いと経験はしているのだ。方向は違っていても自分も頑張ってきたのである。
「お兄ちゃんが頑張ってるのは戦うときだけ。いつもは寝てばっかり。リュッグさんは、その間も頑張ってきたんだよ」
フンスと鼻を鳴らしてシエラが胸を張る。
傍らにいるリュッグが、激しく展開される兄妹ゲンカを見て、申し訳無さそうに頭を下げてきた。
(なんか同情されてるみたいで腹立つな、くそ)
ペイドランは思いつつも妹の説得に再度取り掛かろうとする。
「それはほら、俺も密偵辞めさせられて、本当の軍人にされたから、疲れて」
結果、必死で聞き苦しい言い訳をしている自分にペイドランは気づく。
「お兄ちゃんの疲れは関係ないっ!とりあえず私はリュッグさんが良いの。大好きなの。これ以上、デートの邪魔をするんなら、絶交だよっ!」
最愛の妹からの非情な宣告。
打ちのめされたペイドランを気の毒そうにリュッグが見つめる。
「ほ、ほんとに俺の方から言っておかなくてごめんね」
リュッグが謝罪してくる。あまり良いところを見せないでほしい、とペイドランはただ思った。
「いいよ、リュッグさん。もう行こう。せっかく、すんごい久しぶりに会えたんだし。私は門限、セニア様とクリフォード様に決められてるから」
シエラがリュッグを引っ張ってどこかへ行ってしまった。勝った2人に観衆から惜しみない拍手が送られる。
敗北して後に残されたペイドランはずしりと肩に重いものを感じながら、自宅である寮へ戻るしかなかった。