78 新生第7分隊〜ガードナー3
翌日、シェルダンは半日かけてガードナーの教師となる魔術師を手配した。難しいことではない。もともと軍隊にも魔術師の部隊はあって、その教官となっている者がルベントの市井に複数いる。
その中で時間に余裕があって、かつ出来るだけ優秀で、さらに費用も出来るだけ安い人材を選ぶだけだった。
ガードナー本人にも連絡をつけて魔術講師との面談を取り付ける。
(難しくなくとも、時間はどうしてもかかる)
思いつつシェルダンは軍営の執務室で昼飯を取りつつ、ゴシップ誌を眺めていた。昼飯は茹でた卵を挟み込んだパンである。
「まったく、あの人たちは」
自然、笑みが溢れる。
ゴドヴァンとルフィナ、婚約式典の記事である。ようやく結婚する気になったのかと思えば、一気に踏み切る、ということは出来なかったらしい。
「死んでなければ、祝いに行きたかったがな」
呟いた。自分らしくない感傷だ、と思う。2度も魔塔へ一緒に上って多少、ほだされてしまったのだろうか。
「まぁ、その調子なら私のほうが先を越せそうですよ、ゴドヴァン様」
机に隠していた指輪ケースを弄びつつ、シェルダンはこの場にいないゴドヴァンに呼びかけた。
「隊長、お昼時に申し訳ありません」
ノックの音ともにリュッグの声が響く。
慌ててシェルダンは指輪ケースを机にしまい込む。なんとなく他人に見られるのが気恥ずかしかった。
「いいぞ、入ってくれ」
シェルダンは声を張って答えた。
リュッグがロウエンとともに執務室に入ってくる。珍しい組み合わせだ。
「どうした?」
シェルダンはリュッグに尋ねた。
一緒に来たロウエンがなぜだか一歩、退がっているからだ。こういう時に、だいたい前に出てくるのは年上で軍歴も長いほうである。
「いえ、皇都へ出発するのでご挨拶を、と思って」
リュッグがモジモジしながら言う。
ルベントでの念話の講習を受けて、順調に習得しているらしい。とうとう皇都で研修を受ける段階になったとのことだ。
扱いとしては教養としての特別休暇という扱いになる。
「そうか、道中は気をつけて。研修は頑張ってな」
若い部下の成長は嬉しい。自分も若いながらシェルダンは喜ばしく思っていた。
「で、ロウエンはどうした?」
長身のロウエンが緊張した面持ちで一歩進む。
「自分も休暇を頂いて皇都へ行ってこようかと。よろしいでしょうか」
思わぬ言葉にシェルダンは驚いた。
「珍しいな。観光か?」
他に思い当たることもなくてシェルダンは尋ねた。
ロウエンが頷く。
「若干の私用もあるのですが、自分はあまりルベントや故郷の村から出たこともなかったので。見聞を広めたくて。ちょうどリュッグが皇都に行くなら同道してやろうかと」
真面目なロウエンらしい物言いだ。リュッグも知り合いが旅の道連れにいてくれたほうが心強いだろう。
「別に構わないが、一応、私用っていうのを教えてくれ」
部下の身上は上司として把握しておかなくてはならない。シェルダンは尋ねないわけにはいかないのだった。
「皇都に異動したカディス副長のところへ会いに行こうかと。一応、手紙は出してあります」
ロウエンが照れくさそうに言う。朴訥としているが分隊内での人間関係を大事に思ってくれていたらしい。なんとなくシェルダンには嬉しい理由だった。
「そうか、分かった。戻りもリュッグと一緒の予定か?」
2人ともシェルダンの確認に頷いた。数日だけ休暇から足が出てしまうから許可を求めに来たようだ。リュッグはともかく、ロウエンの方は急な申請をたしなめるべきなのかもしれない。普通、もっと事前に申請すべきことではあった。
あくまでリュッグに付随する立場だから一歩、退がっていたようだ。
(まぁ、本人も分かってるから気まずそうなんだろうし、今回は勘弁してやるか)
シェルダンは思い、二人分の休暇の申請書を受理した。
翌日、リュッグとロウエンの2人を見送ってからガードナーと魔術講師の面談に立ち会う。場所はルベントの軍営にある魔術師たちの訓練棟だ。滅多に使われることのない建物である。
「ほう、これはこれは」
禿頭に山羊鬚の魔術師レンドック。元は軍の魔術師だったところ、引退して講師をしているとのこと。既に60歳を超えている。
挨拶も抜きに、縮こまっているガードナーを上から下までジロジロ見て告げる。
「こんな人間がよくもまぁ、なんの教養も受けずに眠っていたもんじゃ。どこの家の出だ?」
レンドックが眼をギョロッと動かしてガードナーを見据える。
「ブ、ブロングです。名前はガードナー・ブロング。でも、ホントは俺、家の名前は、もう、出すなって言われてて」
ガードナーの返事を聞いてレンドックが天を仰いだ。
何か知っているのだろうか。ドレシア帝国の魔術師事情にはまったく詳しくないシェルダンは完全に蚊帳の外だ。
「ブロング、そうか、デジュワンのところの子供か。まったくあやつは」
どうやらガードナーの家族と知り合いらしい。口振りからして、デジュワンというのはガードナーの父親だろうか。
「お前は軽装歩兵分隊の分隊長だったか?」
レンドックがシェルダンを見て告げる。立場としては軍の外部の人間ではあるが、レンドックの方がシェルダンより上だ。魔術顧問という名誉職にもついているらしい。ぞんざいな口調も無理からぬ事である。
「お前の選択は正しい。この子には魔術の勉強が必要だ。ただ、いくらなんでも16歳でゼロから始めるのは遅すぎる。可哀想だが、持っている才能を全部活かしてやることはもうできないだろう」
レンドックに言われても攻撃魔術のことは、シェルダンには全く分からない。返事のしようがなく曖昧に頷くしかなかった。
「それでも、全く使えないよりは遥かに良いだろう。お前たちにとってもな」
レンドックがひげの奥で薄く笑う。
「と、いうわけでお前は出ていけ。修行の邪魔だ」
唐突に言われてシェルダンも反応に困った。出来れば一緒に立ち会って、ガードナーがどれほどのものか把握しておきたいのだが。
「はい?」
シェルダンは問い返してしまう。
「まったく、わしの講義をダシに軍務をサボるつもりだろうが、そうはいかん!魔術の放出をやることもある。巻き込まれるぞ、邪魔だ!」
全く意図していなかったことをレンドックが言う。そもそもシェルダンは休暇を押して、ガードナーのために時間を割いている格好なのだ。
「ひ、ひえええっ」
なぜかガードナーが縮こまって悲鳴を上げた。今の一連の会話のどこに悲鳴をあげて怯える要素があったのだろうか。
(この性格も魔術を覚えればなんとかなるのか?)
思いつつもシェルダンは大人しく追い出されてやった。部下が能力を伸ばすのに1番良いと言うならやはり、そのとおりにしてやりたいからである。
訓練所をあとにして背中を向けると、ガードナーの悲鳴とレンドックの怒鳴り声が響いてくるのであった。
いつも、閲覧や応援ありがとうございます。
ここまでが、2人の新隊員のうち、ガードナー君の回でありました。なかなか複雑な背景を持つ少年です。今回はシェルダンの視点からでしたが、いずれ、彼自身の目からも場面を描いてみたいと思ってはいます。クリフォード以外の魔術師の戦闘を今のところ書けていないので。
登場人物が増えてきましたが、それぞれに好ましいところもあり、今後も描いていければと思う所存です。
今後とも宜しくお願い致します。