77 新生第7分隊〜ガードナー2
そろそろ兵糧も尽きようかというところだった。アンス侯爵の顔を思い出すにつけて兵糧補給の申請に、憂鬱になっていたのだが。
森の中から立ち上る青色の狼煙が見えた。
「隊長」
リュッグがすぐ報告に来た。通信道具の絡まりとなると積極性を隠そうともしない。
「あぁ、交代。現場引継ぎだな」
シェルダンは告げて、隊を率いて狼煙の上がっていた地点へと急ぐ。
「よぉ、元気だったか」
交代に来てくれていたのは、髭面の第4分隊隊長ボーガンスである。元の自分の所属していた分隊だ。懐かしい顔もいくつかあった。
「で、状況は」
軽く挨拶を交わすと、すぐにボーガンスが尋ねてくる。
「あまりよろしくないな。隣国の魔物がかなり国境まで流れてきてる。ここの軍隊だけでは手が足りない」
シェルダンは肩をすくめて答えた。
「ここのミズドラ砦の指揮官もあまり協力的ではないから。一応、小隊長にも伝えて対処を練るよう申請するつもりだ」
他にもスケルトンの倒し方など細かいことを幾つか伝えて、シェルダンらはルベントの街への帰路についた。ハンスなどは恋人に会えるなどと大喜びだ。
(俺もひとのことを言えたことではないか)
シェルダンもたしなめられる立場ではない。
ルベントに着くなり、報告などのことは一旦置いてカティアへ会いに向かってしまう。3日後の夕食でのデートの約束を本人に取り付けた。
「分かりました。サヌールという店で良いかしら?」
忙しいと察してくれたのか。カティアはもの問いたげな顔をしつつも、仕事に関する質問を投げては来なかった。
7日間の休暇を貰えたがシェルダン自身は翌日から報告に忙しい。それ以外にもリュッグの教養に関する身上報告などすべき重要ごとが幾つかあったのである。
2日間を予想どおり費やしてしまう。
「ふぅ、なんとか終わったな」
シェルダンは仕事を終えて夕刻、一張羅に着替えてカティアと合流後、サヌールへと向かう。
サヌールというのはルベントの閑静な住宅街にあり、一見して民家のようなつくりの料理屋だ。酒もつまみも少々値は張るものの、とてもうまい。
カティアと2人、テーブルに向き合って座る。個室なので親密な話をするのにも向いている店だ。用件があれば卓上のベルを鳴らして店員を呼ぶこととなっている。
「では、改めまして、おかえりなさい」
カティアがたおやかに微笑みを浮かべて言う。何か日頃の疲れも鬱憤もとろけてしまいそうな笑顔だ。
「ただいま戻りました。あなたの元へ。カティア殿もお元気そうで何よりですよ」
シェルダンも笑みを返して言う。
二人は麦酒と料理をそれぞれ注文した。シェルダンは卵を煮込んだ料理、カティアは薄く焼いて味を付けた肉料理である。他にもパンの類を幾つか。
「やっぱり軍人というだけでも、お忙しいのね。何日も放っておかれて、とっても寂しかったんですよ?」
麦酒を酌み交わしてから、恨めしげにカティアが言う。言葉ほどには怒ってもいないようだ。目を見れば分かるのである。
「すいません」
シェルダンは素直に頭を下げた。
カティアがコロコロと笑う。
「いいのよ、冗談だから。でも、こうして思い返すと、あの魔塔攻略はつくづく理不尽だったわ」
またカティアの怒りがぶり返している。
確かに一介の軍人に命じるべきことではない。
「普通の戦でのことなら、でも、私も覚悟は決められるから、大丈夫ですよ」
カティアがしっかりと自分の目を見据えて告げる。
届いた料理にしばし、舌鼓を打った。高いだけあってトサンヌよりも美味い。
食事が落ち着くと2人でとりとめもない話をしつつ、酒を嗜む。
カティアがいてくれて良かったと思う。いなければ、いまごろは一人、ゴシップ誌を眺めながら、軍営でひとり酒だ。
それでも話の合間合間で分隊員のことを、今日は特にガードナーのことを考えてしまう。
カティアがクスリ、と笑みをこぼした。
食べ終わった料理の器を店員が片付けるのを待って、カティアが両肘をテーブルについて身を乗り出した。
「シェルダン様」
笑いをこらえているかのような顔だ。
「何かお悩みがあるのではなくって?」
本当にカティアには敵わない。シェルダンは思わず笑ってしまった。
「カティア殿には隠し事が出来ませんね。ええ、新しい分隊員たちのことで少々、悩んでいました」
メイスンについては上手く馴染んでくれていると思う。本人も上機嫌で今回の遠征後にもハンターと飲みに行っていた。思いの外、優秀で殊に剣技ではシェルダンをもしのぐ。
(と、いうより足元にも及ばない)
問題はもちろんガードナーの方だった。
「ただ、能力に劣るだけならなやむこともないのですがね」
シェルダンは苦笑して言う。ただ、心を鬼にして軍隊から追い出すだけである。ガードナーの名前や戦いのたびに怯えてうずくまる習性もカティアに告げた。
クスクスとカティアは笑みをこぼしていたが。
「どうも、素晴らしい魔力、魔術の素養を持っているようなのですよ。その面を鍛えられれば、むしろ大きな戦力になりそうで」
あの戦いのあとでも、遭遇するたび、スケルトンの核骨を実に早く正確に見つけていた。まぐれではなく、魔力を使うということを感覚で掴んでいるようだ。
「つまり、その、ガードナーって、素質のある有望な子に魔術の先生を紹介してあげたいってこと?」
カティアが首を傾げる。若干違う。
すぐには訂正が出来なかった。
「シェルダン様らしくないわ。それがいいならそうするだけのことでしょう?先生を紹介してあげたら?」
考えているのは紹介するだけではない。
魔術の教師をつけるというのには、魔術師自体が希少なこともあって、ひどく金がかかるのである。軽装歩兵の給金ではまるで足りない。父と母に預けた金貨にも手を付けることとなるだろう。
(カティア殿は元々クリフォード殿下づきの侍女だったからなぁ)
このあたりの庶民の金銭感覚はまだ未知数なのだろう。
ただ紹介だけをしても、ガードナーには講義を受け続けるだけの金が無い。
「魔術の師匠から教えを請うのには、かなりの金がかかります。たとえ貯金していたとしても、あの年頃の軽装歩兵では支払えないでしょう」
シェルダンの言葉にカティアが眉根を曇らせる。
「つまり、シェルダン様はその、ガードナーって部下の子にお金まで出してあげるべきかどうかで悩んでいるの?」
華奢な作り物のような白い手を顎に当てて、カティアが考える顔をしている。美しい顔を正面から見るにつけ、シェルダンは阿呆な考えに繰り返し襲われるのだ。
「えぇ、もう、私も自分の金が自分だけのものではないように思えて」
シェルダンはその、阿呆な考えを口に出した。呆れられるのではないか。
カティアがパッと顔を輝かせた。
「私達の、お金をガードナーって子に使ってあげるかどうか、なのね?」
ひどく嬉しそうに訂正して問いかけてくる。まだ結婚はおろか、婚約も両家の顔合わせもしていないのに、何を気の早い悩み方を自分はしているのだろうか。カティアの金はカティアの金、自分の金は自分の金のはずなのに。
「えぇ、通常、そこまで部下にしてやることもないのですがね」
少なくとも自分の知っている限りでは、そんな軽装歩兵の分隊長はいない。
ガードナーの素性も能力も特殊すぎるのである。
「攻撃魔法を使える軽装歩兵など聞いたこともない。それが私の部下となるかもしれない、などと考えるとどうにも」
ガードナーに魔術を覚えさせてみたくなる自分が間違い無くいるのだ。今までにない分隊としての動きも出来るのではないかと。
また、カティアがクスリと笑った。
「もうっ、魔塔に行ったときと同じね」
カティアがテーブルの向こうから優しく両手を伸ばして、自分の顔を包み込んでくる。正面から見つめ合う格好だ。
「迷うくらいなのだから、シェルダン様はそうなさりたいのだわ。でも、魔塔のときよりも全然、危険もなくて。むしろ、優しいことじゃないかしら?」
カティアが言ってくれたのでシェルダンの心は決まった。