76 新生第7分隊〜ガードナー1
シェルダンは狼煙の上がった地点へと急いだ。ただ、闇雲に突っ込むわけにもいかない。敵国の襲撃か魔獣かも分からず、国内での危機とはまた別なのだ。
ミズドラ砦からまっすぐ西方にある国境付近。
いよいよ現場付近となって、シェルダンは眼下に広がる光景を見て、分隊を一旦停止させた。
「どうしたんです?隊長」
副官のハンターが訝しげに問う。いつもなら友軍の危機に真っ先に突っ込むところだ。
「リュッグ、ガードナー」
魔力持ちの分隊員2人を前に呼ぶ。
20人程の一団と、30体超の骸骨が乱闘を繰り広げている。
「ヒッ」
ガードナーが声を上げた。リュッグも顔面蒼白だが、じっと敵を見据えている。
「あれはスケルトンという魔物だ」
シェルダンは端的に言う。
20人ほどの一団は味方の3個分隊だろう。スケルトンの倒し方を知らないようだ。斬った先から再生されている。
「あれは斬ってもダメだ。核になる骨を叩き砕くとかしないと、倒せない」
シェルダンはじっとスケルトンを見て告げる。
「2人とも魔力持ちだろう。よく注意して、魔力を目に集めるイメージで見てみろ」
はっきり見えずおぼろげでもいい。
魔力持ちが核骨を見つけて伝え、腕利きが砕く。一人で両方出来るなら尚良い。当然、自分は両方出来る。
ただ、リュッグとガードナーに核骨の見分け方を教えてからの方が良いとシェルダンは判断したのだ。
「わ、わかりました」
驚いたことに先に上ずった声で言ったのはガードナーの方だった。
「あいつは首、わっ、あいつは腰?こ、個体ごとに違うんですか?う、うわああっ」
安全な位置にまだいるのに何を怯える必要があるのか。いちいち悲鳴を挟んで告げるガードナー。しかし、見分けは完璧だ。
「リュッグ、そこまで完璧でなくてもいい。多少あいまいでも、見えてるな?」
シェルダンの確認にリュッグが頷いた。
「よし、メイスンはガードナーと、ハンターがリュッグと組んで動け。ハンスとロウエンは俺とだ」
編成を伝えてシェルダンは打って出た。他の隊員たちも続く。
スケルトンの動きは鈍い。身体強化を使わずとも勝てる相手だ。代わりに目に魔力を集めて核骨を見抜いて片刃剣で砕いた。
バラバラと骨が砕けて地に落ちる。
「そ、そいつは、背骨の上から3つ目!ああっ、それは右脚のっ、ぎゃあっ、違います、大腿骨です。うわぁー」
ガードナーが叫び、うずくまり、顔を上げてはメイスンに核骨の位置を正確に伝える。
「ええぃっ、このへたれめっ!活躍している時ぐらい胸を張れえっ」
苛々しながら流れるように剣を振るうメイスン。足元には既に骨の山が出来ている。
「す、すげぇ」
救援を要請してきた部隊の面々があっけに取られている。
ハンターとリュッグも手際よくスケルトンを片付けていく。リュッグの見分けが漠然としていてもハンターの腕力ならなんとか補える。
「第3ブリッツ軍団軽装歩兵団第7分隊のシェルダンです」
救援を求めていた歩兵部隊のうち隊長と思しき年嵩の兵士にシェルダンは名乗った。
「あ、あぁ、こちらは第1ファルマー軍団のカーキスだ。斬っても斬っても再生するんで手を焼いていた。助かったよ」
相手がカーキスと名乗り、暴れ回るメイスンとハンターに年嵩の隊長が目を向けた。
「コツがあるのですよ」
シェルダンは言うにとどめ、流れてきたスケルトンの1体を核骨ごと砕いてやった。
「あ、あぁ、そのようだ。そちらの部下も優秀なようだ」
カーキスが微笑んで言う。
やられてもいないのに悲鳴を上げてうずくまる部下も含まれているのだろうか。
もはやガードナーが震え上がって頭を抱えているのが見えた。時折、顔を上げてはメイスンに核骨の位置を正確に指さして伝えている。
(メイスンのやつもあれで、よく合わせられるな)
案外、馬が合うのではないか、とシェルダンは思った。
この場にいる他の分隊員である魔力持ちにも、核骨の見分け方を伝えると、手数が増えてみるみるスケルトンたちは数を減らしていく。
「何とかなったな」
最後の1体が崩れ落ちるのを見て、シェルダンは集まった第7分隊の面々に告げる。
増援の気配もない。
負傷者の有無などを確認、応急手当を手伝ってからシェルダンたちはカーキスらと別れた。
やはりスケルトンもアスロック王国側の森から飛び出してきたとのこと。再生こそするものの、倒し方さえ知っていれば倒し易い相手だ。
(バットにスケルトン。ゲルングルン地方の魔塔は怪奇系だな)
空を飛べるバットならともかく、足の遅いスケルトンまで姿を見せた、ということが状況の悪さを物語っている。どれだけの時間、魔塔の外をさまよっていたのだろうか。
「全くヘタレめ。良い活躍だったのに手放しで褒められないではないか」
休息を森で取っていると、メイスンの怒る声が聞こえてきた。
「いや、ガードナー、凄かったな。リュッグだってぼんやりとしか見えてなかったみたいだからな、大したもんだ」
ハンターが苦笑して言う。ガードナーが孤立しないよう、副官として気を回しているのだ。
「魔力持ちが二人もいて良かったとおもうぜ」
更にハンターが言い添える。
「バットより戦いやすくて良かった」
ロウエンがポツリと言う。
「まぁ、こんな感じで第1ファルマー軍団を援護していこうか」
シェルダンは一同に告げた。皆が力強く頷く。
魔塔の戦いを終えて、また違う戦いの始まったことが実感できただろう。
「ガードナー」
木の根元でうずくまる部下を見つけ、声をかけた。
「ヒィッ」
なぜか悲鳴をあげられてしまう。人を何だと思っているのだろうか。黄色い髪と黄色い目の特徴的な容貌だ。痩せて小柄で目が大きい。
「よくやった」
バチン、と肩を叩く。
貧弱なガードナーが地面に突っ伏し、すぐに起き上がった。
「た、隊長、あ、ありがとうございます。で、でも、お、俺、こ、こわくて!な、なんもしてません。ぜ、ぜんぶメイスンさんが凄いんです」
ガードナーが首を横に振って言う。
「いや、核骨の位置が分からないと、全部の骨を砕いてみるしかない。いちいち実戦でそんなことはしてられん。核骨の見極め、良い仕事をしたと思う」
手放しでシェルダンは褒めた。
(しかし、あれだけ正確に核骨を初めてで見切れるなんてな。どれだけ魔力を持っているのやら)
まったく魔術の訓練をしていないのに出来た、ということは操作をしなくても目に魔力がいっているということだ。魔力量が多くないとそうはならない。
(リュッグとはまた違った、特別な才能を持つ部下、か。そういえばリュッグもそろそろ皇都で念話の教養があったはずだ。間に合うかな)
考えていて、ふと我に返ると、ガードナーがボタボタダラダラと涙を流していた。
「お、おい、どうした」
さすがのシェルダンもたじろいで尋ねる。
「す、すいません、わ、分かんないんですけど。と、とりあえず、ほ、ほめられたの、初めてで」
ガードナーか言い、手で涙を拭う。それでも涙は止まらない。
「分かった、分かったから軍人なら泣くな、分かるよな」
軽くガードナーの肩に手を置く。
しばらくして泣き止んだのを確認してからシェルダンは離れた。
それからシェルダン率いる第7分隊は国境付近で転戦を続ける。引き継ぎの第4中隊が来たのはその2日後のことだった。




