75 ゴドヴァン騎士団長と聖女ルフィナ2
ゴドヴァンとルフィナの婚約式当日。
式典自体は皇城の敷地南東端にある「回天の間」という迎賓館で執り行われる。第一皇子シオンの腹心2人のお祝いだからだろう。
正にお祭り騒ぎであり、どういう魔導技術に依るのか『ゴドヴァン様、ルフィナ様、ご婚約おめでとう!次こそ早く結婚してくださいね!』との冷やかすような巨大なノボリが皇都中から見えるように何本も立っていた。
ペイドランもすでに式典会場に入り、一人テーブルに並べられた美味しい料理の間を彷徨っている。
「ちょっと!もうっ!セニアッ!様。何なのよ!その格好は!」
数百人を収容できる式場にイリスの叫びが響き渡る。
吸い寄せられるように近づいたペイドランは、淡い水色の、レースをふんだんにあしらったドレス姿のイリスを目の当たりにした。
白い陶器のような肌が上腕のあたりだけ透けて見えている。スカート部も膝丈で魅力的な白い脚がすらりと伸びていた。
「わ、やっぱりすんごい可愛い」
思わず口走ってしまう。ペイドランの目には、周りの人たちが一切入らなくなった。
「あ、いつぞやの密偵」
イリスにキッと睨まれた。
「言ったでしょ?あんたには可愛いって言われても思われても嬉しくない、全く!何よっ、わざわざ近付いてきて、セニアの秘密でも探りに来たの?この助平っ!」
早速、怒り始めるイリス。青い瞳に自分の顔が映っている。
「きみ、恋人はいるの?」
何を探っているのかと訊かれたので、ペイドランは正直に知りたいことを尋ねた。
「はぁ?バ、バカねっ!いるわけないでしょっ、私、このっ!手のかかる女聖騎士の世話で忙しいんだから!」
イリスの言葉で、その女聖騎士を見ると、まばゆく光を放つ白銀の鎧を着込んでいる。いつもどおり美人で格好良いのだが、武張っていて場違いだ。
「あら、ペイドラン君。イリスのためにビシッと服装、決めてきてくれたのね?格好良いわよ」
クスクス笑いながら場違い聖騎士が言う。
自分の格好を顧みてから褒めてほしいとペイドランは思った。
「もうーっ、バカッバカッ!なんで式典に鎧着てくるのよっ?!」
ペチペチとイリスがセニアの鎧をはたいて怒る。
「だって、ほら、私、ゴドヴァン様たちとは魔塔での戦いが絆だから。戦闘用の鎧のほうがいいかなって」
カティアのいなくなった弊害である。シエラではセニアの主張を退けることまでは難しかったのだろう。
イリスも忙しかったようで、この場で行き会うまでまさか鎧で来るとは思わなかったらしい。
「もうっ、なんっで真面目な顔でそんな的はずれなこと言えるのよ?それともやっぱりふざけてるの?」
プリプリ怒る姿もイリスは可愛い。
(しかも恋人いないって)
ペイドランは内心、一人、大喜びである。
「とにかく、クリフォード殿下がいらっしゃる前に着替えるわよ!良いドレス、あったはずだから」
セニアを押し出すようにしてイリスが退出した。
いくら恋に盲目な状態ではあっても、女性の身支度にまでついていくほど、ペイドランも非常識ではない。
(後姿も可愛いな)
華奢なイリスの肩の線を見て思うのだった。
しばらく立って飲み物を飲んだり、軽食をつまんだりして時間を潰す。
「今日もイリス相手に頑張ってたじゃないか」
クリフォードがやってきて告げる。会場の女性貴族たちから熱っぽい視線を注がれているが本人は気にもとめない。
「何がですか?」
ペイドランはモグモグとパンを頬張りながらとぼけてやった。
クリフォードと話している自分を見て、何人かの貴族が目を瞠る。
周りには身分の高い人も多く、時折、給仕と間違われて、食べているのをたしなめられたが、そのたびに招待状を見せつけた。
「イリス、今日も怒っていたね。幻滅してはいないよね?」
笑ってクリフォードが尋ねる。
「見てたんなら、セニア様に声かければ良かったんですよ」
事もなげにクリフォードとやり取りをするペイドランに周囲の人々は『やつは何者だ?』とざわついている。
「ハハッ、鎧姿からイリスが着替えさせる流れだったからね。声をかけでもして、鎧でもういいやってなったら損じゃないか」
茶目っ気たっぷりにクリフォードが言う。
「しかし、美しいセニア殿が隣りにいても、ペイドラン、君はずっとイリスを見つめていたね」
冷やかすようにクリフォードが言う。
さすがにペイドランもむっとした。
「そんなには見てません。そりゃ、髪の色と肌とあの可愛いドレス、よく合っててびっくりはしましたけど」
あの程度を見つめていたなどと言われたら今後はどうなるのだろうか。もっと凝視することとなるのが目に見えているのだ。
「いや、イリスもキレイで可愛いが、大抵、みんな、セニア殿を見るからね。それにあの娘は足が速くて剣術も強いから、いろいろな用務であまり、こういう場には姿を見せられなかったんだよ」
クリフォードがまたイリスについて説明してくれる。
「嘘は良くないな、弟よ」
第1皇子のシオンまで現れた。出席自体はおかしくない。ゴドヴァンもルフィナも直接の部下だからだ。
「お前がセニア殿へのアプローチを一時、邪魔されたから。用事をどんどん押し付けて引き離しただろう」
シオンの言葉を受けて、ペイドランはクリフォードを睨む。イリスが可哀想である。
「人聞きが悪いですよ、兄上。あのときは実際にいろいろ大変だっただけです」
クリフォードが薄く笑って言い訳をした。
場内がどよめく。
入り口を見ると、淡い緑色のドレスを纏ったセニアがイリスに引きずられて近寄ってくる。
「イリス、何かスースーするわ。それに防御力が落ちてない?」
戸惑ったセニアの声が響く。
「何でドレスに防御力を求めるのよっ!本当にバカなの?セニア、様はもう、1回、鎧を着て入場して、減点から始まってるのよ?少しは美人だって自覚持ってよっ!」
イリスが倍ぐらいの返しをしてセニアをクリフォードの前まで引きずってきた。
「あ、密偵。まだいたの?」
イリスが自分を見て、また同じ反応を繰り返す。
「本当に可愛いね」
ペイドランも皇子たちの面前で同じ反応を繰り返してやった。イリスの足の先から頭の天辺までをまじまじと見つめて告げる。
「ちょっと、なんであたしを見るのよ。普通、男はこっち、こっちを見るのよ」
イリスが盛んにセニアを指さして告げる。主人に無礼だと思わないのだろうか。
「だって、すんごいキレイだから」
金髪碧眼の少女の顔をまじまじと見つめてペイドランは告げる。
「もうっ!何よ、密偵で下っ端軍人のくせにビシッと決めて。いいっ?主役はこういう人たち、聖騎士とか皇子とか、そういう人よ」
なぜか当人たちでもないくせにイリスがふんぞり返って偉そうに言う。
「俺の主役は君だよ」
思わずペイドランは告げてしまう。口元を慌てて押さえた。
イリスが目を見開き、無言で真っ赤になってうつむいてしまう。
「うわ、すごい、ペイドラン君」
セニアまでなぜか真っ赤である。
「私も見習わないと」
クリフォードまで感心し、さりげなくセニアに身を寄せる。
シオンが咳払いをした。
「まぁ、可愛い2人の仲はいずれ私が取り持とう。ちょっと、クリフォード、セニア殿、話したいことがある。今日の主役の2人が来るまで良いか?」
クリフォードとセニアを連れて、式場の隅へと向かう。
ペイドランはイリスと2人きりで取り残された。
「何なのよ、もう!あんたは?」
いらいらとイリスが言う。
「下っ端の軽装歩兵だよ。ペイドランっていうんだ」
ペイドランは自己紹介した。じっと見つめてイリスにも促す。
「イ、イリスよ。聖騎士セニア様のアスロック時代からの従者よ。ちょっといろいろ忙しくしてて、魔塔の時は離れてたけどね」
決まり悪そうにイリスも自己紹介する。
「そっか、それで魔塔攻略の時はいなかったんだね」
納得してペイドランは言いつつ、辺りを見回した。男として、飲み物とか食べ物を持ってきてあげるべきだろうか。
「いいわよ、別に。私は貴族様とかじゃないんだから。何か飲みたくなったら自分でとるから」
察してくれて、イリスが言いつつ自ら果物のジュースを手にとって飲んでいる。ペイドランにも1杯くれた。両手でコップを持つ飲み方からして可愛いのだ。
「てか、なんでそもそも下っ端軍人が、ゴドヴァン様とルフィナ様の式典に呼ばれてるのよ?おかしくない?」
イリスが根本的なところを尋ねてきた。
「そりゃ、ペイドランは元々、俺らの密偵で、一緒に魔塔へも上った仲だからな」
ゴドヴァンである。
本日の主役2人が姿をあらわした。ゴドヴァンとルフィナが並んで立っている。
青い軍服に式典用の肩章をつけたゴドヴァンに、純白のドレスで着飾った美しいルフィナ。絵になる2人を見て、皆がほうっと息を呑んだ。
ペイドランも同様である。イリスだけが違った。
「ルフィナ様、それ、結婚のときに着るやつじゃ」
幸い、ポツリと漏らすイリスの呟きはペイドラン以外には聞こえていなかった。
「2人ともおめでとうございます」
ペイドランは小声でポツリとお祝いを言う。2人が頷いてくれる。
そして、ゴドヴァンとルフィナの2人が並んで式場の中央へと向かう。
シオンやクリフォードとも言葉を交わし、幸せそうな笑顔の2人。
「なんで結婚じゃないのよ、って思ったけど」
イリスが微笑んで告げる。
「幸せそうな2人を見てたらどうでもよくなっちゃった」
心根のきれいな良い娘なのだと思えてペイドランは嬉しかった。
「ねぇ、あんた、本当に魔塔へ上るぐらい腕が立つんなら今度、剣で手合わせ、付き合ってよ」
二人の方を見つめたまま、イリスが告げる。
ペイドランはデートのお誘いまで貰えたことにドギマギしてしまい、頷くだけで精一杯であった。
いつも、閲覧、応援、感想など、本当にありがとうございます。
今回のゴドヴァンとルフィナ婚約の場面は以上になります。ペイドラン君の片思いに持っていかれていますが。思いの外、グイグイいってますが。
なお、最後のはペイドラン君がそう思った、というだけのことで。剣の稽古、デートにカウントするのアリかナシかで判定が変わってきそうです。
ブックマークを頂けて、感想なども寄せていただけて、ただでさえ過分に嬉しい中、AiCeG様からレビューまで頂いてしまいました。とても有り難く、嬉しいです。他の方々についてもいつも、ありがとうございます。
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