74 ゴドヴァン騎士団長と聖女ルフィナ1
魔塔を攻略したセニア、クリフォード、ゴドヴァン、ルフィナの4人は『魔塔の勇者』と呼ばれ、もてはやされるようになった。
秘匿で参加したため、騒ぎを免れ、名を知られていないペイドランは寮の自室において1枚の書状と向き合っている。当然、皇都グルーンにある第2ディガー軍団の軽装歩兵連隊の独身者用の寮だ。
(イリスちゃんも来るかな)
ペイドランは頬を赤らめて思う。
眼の前にある書状は招待状だ。
4人の公式な『魔塔の勇者』のうち、魔塔攻略前からその関係を面白おかしく、ゴシップ誌に書き立てられてきたゴドヴァンとルフィナ。
二人の仲は魔塔攻略を経て一気に進展し、いよいよ結婚かと雑誌も人の噂も、大いに盛り上がっていた。
招待状の内容は、その盛り上がりを裏切るようなものである。
「うーん」
ペイドランは腕組みして唸った。
届いたのはゴドヴァンとルフィナ、2日後にある、2人の『婚約式』の招待状である。
魔塔を攻略し、世間もいよいよ2人は結婚かと、不謹慎ながら楽しみにしていたというのに、2人の出した結論は婚約であった。
(結婚、じゃないんだ。ていうか、婚約でも式して、人を呼ぶんだ)
ペイドランですら思ってしまった。
一度だけ、治療院に用事があって、ルフィナと話ができたのだが。
「け、けけ、結婚っ?!ダメよ、まだっ。ゴドヴァンさんが私を嫌いになっちゃうかも。ほら、私、あの人にはつい甘えて厳しくしちゃうから」
自分がゴドヴァンを嫌いになる心配がないのなら、もう踏み切っていいような気がペイドランはしたものだ。
ゴドヴァンとも一度、自分の訓練を見に来てくれて話す機会があった。
「な、なっ、ペイドランッ!お前、そりゃ、ルフィナはキレイだし嫁にできりゃ嬉しいけど。俺みたいなゴツいの、気の迷いかもしれないだろっ!嫌われるかもしれないから婚約でよく俺を見てもらわないと」
ゴドヴァンもゴドヴァンだ。気の迷いというなら、ルフィナはもう何年迷っているというのだろうか。
2人とも、とっととくっつけばいいのに、お互い勇気がないから惚気話を何年も世間に披露することとなるのだ。
そしてまるで結婚するかのような勢いで、親しい人たちを『婚約式』に呼んでいるのである。
(ま、俺はイリスちゃんと会える機会があるなら何だっていいんだけど)
ペイドランは思い、ふと気になって自分の服装を顧みる。ルベントで支給された紺色の長袖シャツにズボン姿だ。いつも軍服か、この紺色の上下である。
「さすがにちゃんとした格好をしなくちゃ」
ペイドランは呟く。困ったことに、お洒落とはまるで縁のない人生だった。だが今回ばかりはおかしな格好をしてイリスに軽蔑されたくない。
自分の数少ない知り合いを思い浮かべる。
「ハンスさんがいたらなぁ」
ルベントでの軽装歩兵の先輩を思い出した。一番頼りになるのだが、もう遠くにいる人であり、すぐすぐ気軽には相談出来ない。式典は明後日なのだ。
「カディス隊長くらいしかいないや、相談してみよう」
親しい人を読んで会食形式で気楽にやるのだ、と招待状には書いてある。子爵家の出自であるカディスならば、少なくとも自分よりは詳しいだろう。一度だけ私服姿を見かけたが、おしゃれで格好良かったのだ。
きっとセニアも呼ばれている。一緒についてくるであろうイリスがどんな服装で来るのか。想像するだけでもペイドランはドキドキしてしまうのだ。
翌日、訓練と言う名の軍務を終了し、報告がてらカディスに相談した。運の良いことに今日はクリフォードからの呼び出しもない。
「へぇ、あの御二人の婚約式典に、ペイドランも参列するのか。つくづく凄い人物が私の副官なんだな」
感心したようにカディスが言う。
微笑んではいるが、ルベントにいたときよりも幾分痩せて頬も少しコケた。皇都での隊長業務の大変さが窺い知れる。
「すいません、俺、仕事を抜けてばっかりなのに。また式に出るなんて」
申し訳なくなってペイドランは頭を下げた。
「いいさ。むしろ、皇子殿下に呼び出される副官のところの隊長だと。私に妙な箔がついた。新米隊長だからな。有効に利用させてもらっているよ」
笑って手をヒラヒラさせながらカディスが言う。本当に強かな男だ。自然、さらに頭が下がる。
「しかし、ペイドランのことだから軍服で行きます、とか言い出しそうなのにどうした?」
顔をあげるとカディスの面白がるような顔があった。
たしかにいつもの自分ならいかにもそう言いそうだ。
「いえ、その、ゴドヴァン様にもルフィナ様にもお世話になってるから、ちゃんとした格好で」
たじろぎつつもペイドランはそれらしい返事ができた。嘘ではない。全部ではないだけで。
「ふっ、そうだな。結婚式?じゃないか。婚約式も出会いの場所にはなるものな。服装はビシッと決めたいよな」
カディスがクックッと笑って言う。女の子が絡むことだと見透かされている。ついつい頬が赤くなってしまう。
「で、相手はどんな娘なんだ?」
恥じらっている隙を突いてさりげなくカディスが尋ねてくる。
「金髪のすんごく可愛い娘で、同い年ぐらいです」
口が滑った。しまった、と口を押さえるまだ少年の副官を見て、カディスが爆笑した。
「そうか、いや、ハハッ、すんごく可愛い娘か。じゃあ、本当に格好良く決めないとな」
きっと、余程最近、カディスには楽しいことがないのだ。だからこの程度のことで笑うのだ。悔しさとともにペイドランは思う。
「もういいです。軍服で行きます」
不貞腐れてペイドランは言う。
「待て待て、そう云うな。ちゃんとした私服は今後の人生でも絶対に必要だから」
笑ってカディスが言い、立ち上がった。すぐに出るつもりらしい。残っている書類仕事はそのままだ。
「シェルダン隊長といたときは、ロクに何も相談してくれなかったからな。話してくれて嬉しいよ。応援する」
有能で油断ならないカディスだから、密偵のときには避けていたのだ。さっきのようにさらっと口を滑らされることもある。
(避けていて正解だった)
むすっとむくれてペイドランは思う。
「いいんですか?仕事」
少し意趣返しのつもりでペイドランは尋ねた。迂闊なことを訊くと副官の自分に手伝えとなるかもしれないが。
「良い。むしろ良い息抜きになる。あとで軍営の正門で」
あっさりカディスにいなされてペイドランも自室に戻った。手早く、ルベントにいた頃、支給された紺色のシャツとズボンに身を包んだ。
同じ格好のカディスと正門で落ち合った。
「さて、行くか」
カディスが先に立って歩く。
すでに日は落ちている。皇都であるグルーンは夜も灯りがいっぱいで賑やかだ。
「ペイドランは黒髪に青みがかったキレイな目をしているから、明るい色合いのほうがいいか?」
一人呟きながらカディスが一軒の服飾店に入る。
まだ実家の子爵家が没落していなかったころ、カディスの父と懇意にしていた店だそうだ。
ペイドランは服飾店に来るのなど初めてだ。高齢の男性店主に、採寸されるのにもされるがままである。
カディスと店主がちらちらペイドランを見ながら真剣な顔で話し合うのも居心地が悪い。
しばらく話すと2人で店の奥に引っ込み、何点かのシャツやズボンを持ってくる。
「この灰色のスラックスと青いボタンダウンにしよう」
特に見識のないペイドランはカディスに薦められるまま、その2点を購入した。
丁重に礼を言う店主と分かれ、カディスと2人、また夜の街を歩く。
「まだ、予算はあるか?」
歩きながらカディスが尋ねてくる。
大の字になるのがペイドランの趣味だ。大の字はお金がかからない。
「はい」
ペイドランはずしりと重い巾着袋を見せて頷く。中はほとんど金貨と銀貨だ。軽装歩兵としての給金だけではない。密偵時代にも、ゴドヴァンやルフィナからも少なくないお小遣いを貰っていた。
「よし、デート用の服も買っておこう」
こうしてペイドランは、さらにジャケットにズボンから靴までお洒落のための装備一式を整えることとなった。
最後に居酒屋に寄った。おしゃれな買い物包みと店の雰囲気がひどく不似合いに感じられて居心地が悪い。
「いいか?明後日の式は最初の店で買った服に革靴を合わせるんだ。ネクタイはいらない。固くなる。こっちがデートの時だ。バカッ、思い切って好機と見たら踏み込め。それが男の甲斐性だ」
酒が入るとカディスには説明が止まらなくなる癖があるらしい。購入した被服の使い道から意図までたっぷり2時間も講義を受けることとなった。
ペイドランは必死でメモを取る。面倒くさく思うたび、イリスの顔を思い浮かべた。
ただ、デートに誘える自信はない。まだ1回しか会ったことがないのだから。
(それにイリスちゃんが本当に来るかも分からない)
思っていて、ふと大事なことに気づく。
(あ、明日はゴドヴァン様とルフィナ様のお祝いだ。ちょっと不謹慎かも)
ようやく思い至り、ペイドランは反省する。
が、カディスの説明が容赦なく続くのですぐ忘れてしまうのであった。




