73 新生第7分隊〜メイスン3
魔物が襲来してくる。それも、こちらは手出しのできない国境の向こう側からだ。
「いずれアスロック王国は魔塔と魔物に呑まれる。魔物に制圧され、瘴気の満ちた土地から、より強力な、より多くの魔物がドレシア帝国に襲いかかる」
何となくシェルダンは口に出して呟いていた。
沈黙。ふと我に返って見渡すと、分隊員たちが漏れなくゾッとした表情を浮かべて固まっている。
「な、なんとかならないんですか?」
ロウエンが焦ったように言う。大切な故郷の村が国境に比較的近い。他人事と思えなかったのだろう。
「え、あぁ、いや、悪夢のようなことを口走ってしまっただけだ。気にするな」
シェルダンは苦笑して言った。
「そもそもがアスロック王国国内の問題だ。流石にギリギリでどうにかするだろう。連中だって死にたいわけじゃない。もし魔物に呑まれるとしても、そこまで深刻になるのは、それこそ何世代も先だろうよ」
いたずらに分隊員たちを不安にさせたことをシェルダンは内心で猛省していた。だから敢えて呑気な言葉を口にする。
何よりももう、魔塔のことには深入りしない、と決めたばかりなのだ。
(やるべきことやって、報告したら、とっととルベントへ、カティア殿の元へ帰ろう)
まだ、両家の顔合わせすらしていない。魔塔のことなど、セニア達に押し付けておけばいいのだ。
「ですが、隊長のおっしゃったことの方へとコトが進んでいる気がします。我々はどう動きますか?」
生真面目なメイスンがまた蒸し返してきた。実際に自らの父の領土に魔塔が立って、没落した実家を目の当たりにしているのだ。ロウエン同様、気になってしまうのだろう。
「特段の指示を受けていないとはいえ、正式な軍令でここに送り込まれた以上、真面目に働くさ。しばらく遊撃的に動いてこの軍の負担を少しでも軽くしてやろう」
7人で出来ることはたかが知れているが。
また、心配なのは補給である。アンス侯爵の印象からロクに兵糧すら分けてもらえない気がしていた。
(まぁ、それなら、それを口実にルベントへ帰ってしまえばいいか)
シェルダンとしては、そのほうが有り難いぐらいだ。
携行してきたのは3日分の兵糧だ。2日分消費して申請し、補給してもらえないようならルベントへ帰る。もしかすると、ルベントのほうで交代をよこしてくれるかもしれない。
一応の話は済んだ。改めてシェルダンは、分隊員に休息と装備の確認をさせた。
騒ぎが起きたのは昼飯時に近くになってからである。
「駄目ですよ!触ったら!」
リュッグの怒鳴り声が響く。珍しいことだ。
「何だ、君は。少し働けたことを褒めたら、もう増長するのかっ!」
怒鳴り返しているのはメイスンだ。
本気でやりあったら喧嘩にもならない。急いでシェルダンは2人の元へと向かう。
「何事だ?」
シェルダンは立ったままリュッグを見下ろすメイスンと、何か鞄を抱えてしゃがみこんだリュッグとを見比べて尋ねた。他の隊員も駆け寄ってくる。ガードナーが遅い。
「休息中も何やら作業をしているので、手伝ってやろうかと思い、声をかけてその鞄に触れようとしたところ、拒まれました。遠慮しているのかと再度、申し向けたところ、とうとう怒鳴ってきたのです」
もめごとの説明までスラスラと分かりやすいところにメイスンの人柄が出ている。
シェルダンはため息をついた。だが、悪いのはどちらかというとメイスンだ。
「リュッグ」
本人に説明させたほうが早い。
「これは、狼煙に、信号弾が入った鞄で、この分隊の生命線です。取り扱いの資格がないとダメです。規定です。この部隊でその資格を持ってるのは俺と隊長だけです。メイスンさんには資格ないの、俺、本営に問い合わせて知ってます」
通信具のこととなるとリュッグが雄弁になる。筋もきちんと通っていた。おまけに下調べまでしてあるのだ。
メイスンがバツの悪そうな顔をする。
「あぁ、そうか。すまない。いや、隊長からも、うまくやれと言われていただろう?私は。まだ気骨の有りそうな君なら助けてやりたいと。いや、余分ごとをした、声まで荒げてすまなかった」
素直に頭を下げてメイスンが離れた。
ほっと安心した顔をするリュッグ。他の面々もガードナー以外同じだ。自分もそうだろう。
「すまんな、リュッグ。奴は奴で、人付き合いを訓練中だ」
シェルダンもとりなすつもりですリュッグに告げた。
「根から悪い人じゃないから良いです」
一言告げたきり、真剣な顔で規定通りの点検をリュッグが始める。しばらくしてまた口を開く。
「規定だから怒鳴りましたけど、別に嫌ってはいませんから」
リュッグの気性はシェルダンもよく知っている。心配はいらないのだ、と思った。
メイスンの方へと向かう。
「いや、早速やってしまいました。すいません」
苦笑いしながらメイスンが言う。あまり気を悪くしてはいないようだ。
「リュッグをたたっ斬るんじゃないかと思ったぞ」
冗談めかしてシェルダンは言った。
「そんなことしませんよ。しっかり規定通りにやろうとして、偉いじゃないですか。おとなしいと思っていましたが、言うべきことをしっかり言って、見直しました」
メイスン本人も前評判ほど悪い人間ではないのである。
「ハンターの言ったとおりだ。根は臆病なんだろう、リュッグは。横湧きに腰を抜かすっていうのはそういうことだ。それでも頑張ってはいる。念話の資格もとって、手に職をつけるんだそうだ」
シェルダンはただリュッグのことを少しでもメイスンに伝わるようにと告げた。
メイスンの受け取り方は違ったようだ。
「いずれ、隊長はリュッグ君を軍から出すつもりですか?」
思わぬ言葉にシェルダンは驚く。
「何?」
全くそんなつもりはなかった。
「見どころのある若者だが、軍人として最前線に出るのには向いていない。ここで次につながることをどんどん身につけてほしい。そんな親心のようなものが見えて」
メイスンが爽やかに笑って言う。
「つまり、良い意味で、というつもりでしたが、驚かせてしまいましたな」
メイスンの言葉にシェルダンは、考え込んでしまう。
傍からはそう見えていて、内心で自分はそう考えていたのだろうか。
「まぁ、リュッグはよくやってくれているし、お前の頑張りも見えてる。これにめげずリュッグとも、よく連携してくれ」
ガードナーのことは話題に出来なかった。
何となくシェルダンは視線を外し、夕空の端に森の中から立ち上る黄色の煙を見つける。
「隊長っ」
リュッグも、駆け寄ってきた。メイスンに気づくとペコリと頭を下げる。
「応援要請だな」
シェルダンの言葉にリュッグが頷いた。他の面々も集まってくる。どうしてもガードナーが一番遅いことが気に障ってしまう。
「それに、あの色は」
リュッグが更に言う。
「あぁ、緊急の、応援要請だな」
シェルダンは言い直した。一同を見回して告げる。
「すぐに現場の方へ向かうぞ」
お疲れ様です。いつも閲覧、応援ありがとうございます。
メイスンさんの回はここまでとなります。剣の達人ですがちょっと堅物で他人に厳しい新キャラのメイスンさんに焦点を当ててみたくこのような運びとなりました。ただ気がついたらリュッグ君を持ち上げる風味の話にもなっていて。リュッグ君にはまた別な形で焦点を当てたいので、ここはメイスンさんとさせて頂きました。
そしてここまで読了下さった方には大いなる感謝を。
今後とも宜しくお願い致します。