70 聖騎士への思いといわれなき糾弾
皇都グルーンの皇城は敷地中央に皇帝の住まう城、東西南北の四方にはそれぞれ塔が立っている。うち南の尖塔には第1皇子シオンが住みこんで執務にも使用し、北の尖塔は第2皇子クリフォードが魔導研究に使っていた。敷地全体の入り口は南にあり、他国からの使者や来賓などはまず第1皇子のシオンが対応している。
対して、魔導以外からきしの第2皇子クリフォードは、あまり人の来ない北の尖塔に引っ込んできたのであった。
今、ペイドランは第2皇子クリフォードの使う北の尖塔にいる。一階にある皇子の書斎だ。左右の壁をびっしりと魔導書の詰まった本棚に挟まれる格好である。
「第2階層でクロヘラヅノを倒した時は?」
第2皇子クリフォードが椅子に座り、黒塗りの大机に向かったまま尋ねてくる。他に誰もいない。2人きりである。
「俺に飛刀を投げさせて、突き立った脚の一本を潰して転倒させてました」
ペイドランはなぜ自分が皇城の一角に来ることとなったのか、納得がいかないまま答える。
「やはり、迷っている様子はなかったんだね?」
クリフォードが穏やかな口調で確認する。
一介の軽装歩兵となった自分にも優しく丁寧に接してくれるのは有り難い。萎縮しなくて済むからだ。
「はい」
ペイドランは大人しく頷いた。
問題なのは、新たに配属された部隊でせっかくカディスが副官に抜擢してくれたというのに、たびたびクリフォードに呼び出されるせいで、あまり仕事が出来ていない、ということだ。
一見して場違いな、貴族とわかるような豪華な身なりの人が呼びに来て頭を下げるので、隊員からは畏怖の目で見られ始めている。
(せめて、イリスちゃんを使いに寄越してくれればいいのに)
先日、初めて会った金髪の美少女をペイドランは思い出す。家に帰ってからも、容姿に顔、表情、仕草に声を思い出しては悶々としていた。本人に知られたら気持ち悪がられるだろう。
「うーん、やはりシェルダンは魔物についてかなりの知識を持っていたとしか思えないな」
クリフォードが書き付けをしげしげと眺めて告げる。
確かにシェルダンの判断はいつも的確で早かった。また、さりげなく魔物の名前や能力、性質をいつも最初に説明してくれていたことも思い出す。
「殿下は一体、今、何をされてるんですか?」
気になってペイドランは尋ねていた。本業の時間を削ってまで協力しているのだから教えてほしい。
連日、呼び出されては魔塔でのシェルダンの様子を質問攻めにされるのだ。
面白がるような表情をクリフォードが浮かべる。
「うん?まぁ、シェルダンはいなくなったが、我々は生き残った。せめてシェルダンの戦いぶりから何か、次への参考となるものが見つからないかと思ってね」
クリフォードの顔が苦笑いへと変わる。
自分でも日頃の言動とは矛盾しているとわかっているのだ。
「また、魔塔に上がることがあるっていうことですか?」
意外に思いつつ、ペイドランは尋ねる。先日も口では逸るセニアを諌めるような物言いだった。
クリフォードが頷く。
「セニア殿にはいつもああは言っているが。彼女は聖騎士だ。どうしても魔塔に対して使命感や責任を感じてしまうのだろう。私は別に、何もそこまで、と本当に思うが」
クリフォードの口振りはセニアへの思いに溢れていた。おかしなことにもよくなるが、基本的には善良なのである。
「彼女がどうしても魔塔を倒すというなら、その障害は私が全て焼き払おう。そのうえで無事にここへ戻り妻としたいんだ」
強い決意をにじませてクリフォードが言い切った。
セニアの名前を聞くたびにイリスの横顔を思い浮かべてしまう自分をペイドランは恥じる。
「ご立派です」
かろうじて、まともと思える返答をペイドランは口に出せた。
「だが、この間のもそうだが、魔塔というのは一筋縄では行かないようだ。どれだけ火力を上げても超えられない壁もありそうでね」
ドレシアの魔塔1つとっても大変だった。
ペイドランも頷く。
「ゴドヴァン殿やルフィナ殿の言っていたこともよく分かる。シェルダンの存在は本当に大きかった。判断1つ、言葉1つとっても考え抜かれた、適切なものをそれとなく提供していたのだから」
クリフォードなりにドレシアの魔塔でのシェルダンを分析し、判断能力や経験を吸収したいということなのだろう。
「隊長は、第1階層で合流前、俺を子供の代わりだって言ってました。ですが、俺には隊長と同じことが出来るようになるとは思えません」
あのときはただ、迷惑であり、死ぬかもしれなくて哀しかった。今は重圧を感じる。教わったのは第2階層での探索だけという気もした。
「それでも、ペイドラン。君には魔塔の最上階まで行って上りきった経験がある。この国では今、5人にしかない経験だ。飛刀の腕前も十分に通用していたではないか。次の魔塔攻略があれば、参加してもらう予定だったんだが」
悪気なくクリフォードが言う。
かつてさんざん迷惑そうにしていたシェルダンの気持ちがよく分かった。
(また、あの、オーラなしじゃ呼吸もロクに出来ない場所へ行くのか)
ペイドランは早くも憂鬱になってしまうのだった。
「嫌だろうとは思うが」
意味ありげにクリフォードが笑った。
「次の魔塔攻略にはイリスも連れて行くことになるだろう」
衝撃の一言にペイドランの頭が停止した。
「え、あ、イリスちゃ、あ、イリスさん、も?」
まともに話すことすら出来なくなったペイドラン。ここでイリスを、だしに使おうなど自分の気持ちはダダ漏れだったのだろうか。
「あぁ、あの娘はセニア殿と育ったのだそうだ。剣技は私の素人目から見ても達人だよ。単独で、手配されているにも関わらず、アスロック王国へ出入り出来るぐらいだからね」
クリフォードが言うぐらいなのだから、実際に腕は立つのだろう。
それでもペイドランはあの、可憐な容姿を思い出すにつけ心配になってしまうのだった。
「魔塔で活躍すれば、見直して貰えるかもしれないよ」
さらに笑って告げるクリフォード。シェルダンがいたら不謹慎だと眉をひそめていただろう。
「クリフォード殿下っ」
使用人の一人がノックしてきた。まだ若い男であり、よくペイドランをここまで案内してくれる人だ。
「なんだい?」
ゆっくりとした口調で尋ねるクリフォード。椅子に腰掛けたままである。
「シ、シオン第1皇子殿下がお越しです」
上ずった声で告げられる内容にペイドランは首を傾げた。そんなに焦ることなのだろうか。
「もう来てる」
新しい声が告げて、クリフォードの許可なくドアが開かれた。
「ほう、兄上が自らこちらへいらっしゃるなんて珍しい」
ニコニコしながらクリフォードが言う。使用人の人が驚くだけのことではあるらしいと、ペイドランは一人納得していた。
「全く、いちいち取り次ぎなど要らん、と言ったのに。君はもうさがってよろしい」
痩せて鋭くて怖い男性がシオン第1皇子らしい。
言われて使用人がいそいそと逃げていく。
「私もそう思いますが、どうされたのです?」
涼し気な顔でクリフォードが尋ねる。
「どうもこうもない。お前の婚約者の、元婚約者に関わることだ」
苦々しげにシオンが告げる。とてもややこしい言い方だ。
しばらく考えてから、ペイドランはアスロック王国のエヴァンズ王子のことだと察する。
「また、何か愚かなことを?」
面白がるようにクリフォードが尋ねる。
「あぁ、これだ」
シオンの寄越した書状をクリフォードが一読する。
クリフォードの目が大きく見開かれた。
「はぁ、これはこれは。あちらは正気なのですか?」
うっすらと笑みすら浮かべている。どこか怖い笑顔だ。
「全く、私がそれを聞きたいぐらいだ。どうせ全部デタラメなのだろう?」
対して苦虫を噛み潰したような顔でシオンが言い、ちらりと自分を一瞥した。
「うん、この少年は?軍服を着ているが」
この国の次期皇帝、雲の上の人だ。ペイドランはどう名乗ったものか分からなくなる。
「ええ、この書状がデタラメだという証言してくれるであろう者のうちの一人です。ペイドランという軽装歩兵で、一緒に魔塔を上った仲です、腕が立ちますよ」
自分に代わってクリフォードが紹介してくれた。
「そうか、君も読んでみろ」
無造作にシオンに言われ、ペイドランはクリフォードから書状を受け取って目を通す。
アスロック王国エヴァンズ王子から、聖騎士セニアを糾弾する内容が並べ立てられていた。
1つ、偽聖騎士であり詐術を用いてクリフォードらを騙していると。
1つ、聖騎士の教練書を奪った罪人であり、教練書ともどもアスロック王国へ身柄を引き渡されたい、と。
1つ、そもそも聖剣もアスロック王国のものではないか。
1つ、アスロック王国のハイネル騎士団長が、晴れてセニアに代わる聖騎士となった暁には、各国の魔塔を攻略して世界を救う、と。
ペイドランは首を傾げた。
「うちの国はもう、魔塔、ありませんよ?」
交渉、なのだろう。で、あればドレシア帝国にも利益のある話でなければならない。どうやらこの書状では魔塔を攻略してやろうと、言っているのだが。
「だって、それに、セニア様のおかげで、つい最近、攻略して。あ、知らないのかな?でもあれ、それを、詐術だって言うなら倒したの知ってる?そもそもセニア様は、神聖術使えるから、本物の聖騎士ですよ?」
すっかり混乱してしまうペイドラン。
「こういう時はね、ペイドラン。つまり、相手が極めて愚かで、セニア殿を偽聖騎士扱いしている、いちゃもんだと考えればよーく分かるんだよ」
皮肉たっぷりにクリフォードが言う。想い人を偽物呼ばわりで怒らないわけがない。
「だがな、弟よ」
シオンが苦い表情のまま言う。
「愚か者は何を仕出かすか分からない。だから怖いんだぞ」
いつも閲覧、応援等ありがとうございます。
今回の場面はここまでとなります。需要があるかはさておいて、イリスちゃんにデレンデレンのペイドラン君でした。イリスちゃん本人にもしまた会ったらどうなるのか。ちょっと私としては楽しみだったりします。
この場面までお目通し頂けた方には本当に大いなる感謝を。重ねて、いつもありがとうございます。