69 新生第7分隊〜副官ハンター3
「メイスンの奴、剣の腕前はかなりのもんでしたね。見てましたよ、お二人の剣撃」
訓練の終了後、軍営にあるシェルダンの執務室にて、ハンターが言う。すでに夕方である。鍛冶屋の閉まる時間がシェルダンは気になり始めていた。
「もともと男爵家の次男坊で、剣技などはそこで叩き込まれた、ということだが」
シェルダンはメイスンの人事資料をハンターにも渡して見せる。昨日、トサンヌで見せるはずだったものだ。
ブランダード家という、魔塔近くに領地を持っていた家柄らしい。魔塔が立ってから領地が荒廃して没落したのだそうだ。魔塔が立った際にはかなりの犠牲も出している。
「それに評判ほど悪いやつじゃなさそうだ」
ニヤリと笑ってハンターが言う。
「そんなに悪かったのか?」
気になってシェルダンは尋ねた。
「傲慢野郎って言われててね。うちの軍営じゃ有名ですよ」
ハンターもハンターで古株なだけあって、独自の伝手を持っている。噂などはよく入って来るのだろう。
シェルダンはため息をついた。
「やつにとっちゃ良い環境みたいですよ。それに隊長の下に来られてご満悦みたいでね。張り切って、今日なんかはよくやってたじゃないですか」
ハンターの言うとおり、ぎこちなくもリュッグに剣術を教えようとしたり、声をかけたりしていた。
「かなり教え下手な上に、ガードナーのことは無視してたろ。どうも皆のことを気にかけてやるってことはまだ出来ないみたいだな」
まだ見どころの有りそうなリュッグの方に気をかけていた、という気がシェルダンにはしていた。
「奴にはここで、他人とうまくやる訓練をつけさせりゃいいんですよ」
上手いことを言う、とシェルダンは思った。
カディスがいなくなったものの、元々からハンターが所属していくれていて良かった、とも。
「ガードナーのほうが心配だな」
もう1人の新隊員について、シェルダンは話を移す。
「まぁ、鍛え甲斐があるって思いましょう」
苦笑いしてハンターが言う。能力だけの問題だと思っているのだ。
ずっとオドオドしていて、二の足を踏む。すぐに息が上がって転ぶ。初日でありながらハンターに何度もどやされていた。
「ワケありらしいんだよなぁ、ヤツも」
シェルダンは続いてガードナーの人事書類を見せる。
「ハァーッ」
一読するなりハンターが素っ頓狂な声を上げる。
「こりゃ本当ですか?なんだってヤツはこんなところで軽装歩兵なんかやってるんです?」
確かにシェルダンの目から見てもかなり特異な経歴の持ち主だ。シェルダン自身はあまりそういうことは言わないが、立場によっては軽装歩兵隊から出ていけ、ぐらいのことを言う者もいるかもしれない。
「もったいないっちゃ、もったいないんだよなぁ」
シェルダンも腕組みして考え込んでしまう。
「俺ぁ、魔術師となんざ一緒に仕事したことはないですぜ」
ハンターも困ったように頭を掻いた。厳密にはかなり間違っている。
ガードナーの家は皇都にある魔術師の家系らしく、ガードナー本人は現当主が妾に産ませた子供だと書いてあった。本人も魔力は持っているらしいのだが、おとなしい性格と出自が災いし、一切、魔術師としての教養を施されないまま、ルベントの軽装歩兵隊に放り出されたのだった。
(つまり、魔術師じゃなくて、ただの魔力をたくさん持った人ってだけなんだよな)
気の毒な経歴だとはシェルダンも思う。
(で、ここでも大人しすぎて馬鹿にされていると)
シェルダンはメイスンの態度を思い出してため息をついた。
「なりたくて軍人になったわけじゃない、と。面倒なやつを押しつけられたもんだ」
ボヤくシェルダンを目の当たりにし、ハンターが苦笑いを浮かべた。
第7分隊の前にガードナーの所属していた分隊長は、ガードナーの第1階層での戦いぶりがあまりに腑抜けていて、激昂し、戦後、ボコボコにして処分を受けている。
許されることではないし、シェルダンもそんなことをするつもりはないが、その分隊長本人からとんでもないやつを押し付けて申し訳ない、と謝罪まで受けていた。
「まぁ、隊長はうちの小隊じゃ1番若い分隊長で、デキる人だから、こういうこともあるんでしょうよ」
他人事のようにハンターが言う。
「そっちでもよく見てやってくれよ。俺も気にかけるようにはするが」
シェルダンはハンターに告げて、今日の仕事を終了とした。予定通りに鎖鎌を鍛冶屋で受領する。
小隊長からの呼び出しがあったのは翌早朝であった。
「第7分隊長シェルダン・ビーズリー、入ります」
告げてから小隊長の執務室に入る。
「シェルダンか、早速ですまないが、国境付近に展開している軍の応援に向かってほしい」
席に座ったまま、申し訳なさそうに小隊長が告げる。魔塔攻略前からのシェルダンの上司であり、異動はなかった。気心のしれた仲ではある。
意外に思い、シェルダンはすぐには返事をしなかった。
ドレシアの魔塔を攻略してからまださほど期間が空いていない。すぐすぐに、ドレシア帝国の軍が、戦わねばならない相手がいるとは思えなかった。
「どうした?」
なぜか心配そうに小隊長が尋ねてくる。怒るところではないか、とシェルダンは思ったのだが。
「いえ、当然、軍令とあらばすぐにでも出ます。ただ、よほど状況が悪いのですか?」
おかしな話だとは思いつつも、シェルダンに拒否権はない。
「ああ、負傷者が想定よりも多く出ているらしい。実戦慣れした腕利きを寄越せ、などと向こうの指揮官がうちの指揮官に要請してきたそうだ」
苦虫を噛み潰したような顔で小隊長が言う。
現在、国境に張っているのは皇都にいた第1皇子シオンの直轄部隊だ。長く魔塔も戦争もない場所にいた、平和ボケした連中からの我儘だ、ぐらいに小隊長は感じているのだろう。
(しかし、第1皇子殿下の部隊とあれば、ゴドヴァン殿の部下だろう、そんなにヌルい奴らかな?)
シェルダンは首を傾げる。
魔塔攻略を経て、ルベントの軍営全体を自信と誇りが見られるようになった。時として人の目を曇らせるものだ。
(俺が思っているよりマズい状況かもしれないな)
幾つか思い当たるところもあった。
「分かりました」
シェルダンが頷くと小隊長がホッとした顔をする。
「明日、準備に当てて、明後日出発すればいい。そんなに急いでやる必要もない、と俺は思う」
小隊長がさらに言う。1分隊だけの応援というのも奇異な話だ。ルベントの軍営として出し渋っているのかもしれない。
「了解です」
思うところはあれど、シェルダンはただうなずく。
カティアに出動する報告ぐらいは出来そうだ、とシェルダンは胸をホッと撫で下ろすのだった。
いつも閲覧、応援等ありがとうございます。
魔塔攻略後の人事異動があって、メンバーが若干変わった第7分隊のお話でした。副官ハンターについてはここまでとなります。死んだことにしつつ、何食わぬ顔で生きようとするシェルダンがどうなるのかも含めてお楽しみ頂ければ幸いです。
読んで頂けるだけでも大きな喜びです。今後とも宜しくお願い致します。