68 新生第7分隊〜副官ハンター2
翌日、ルベントの軍営にある練兵場にて、新規隊員2名を含む、第3ブリッツ軍団軽装歩兵部隊の新生第7分隊隊員たちと、シェルダンは顔を合わせた。
「第7分隊にこの度、配属されましたメイスンです」
黒髪の30近い男が名乗る。背はシェルダンと同じか少し高いぐらい。目つきは鋭く軍人らしい軍人、という印象をシェルダンは受けた。
「ガ、ガードナーです」
もう1人の新人は若く、10代半ばほど。黄色い髪の少年兵である。オドオドしていて、名乗るなり怯えたように黙ってしまう。
軽蔑するようにメイスンがガードナーを一瞥し、一歩前に出た。
「蛇殺しの異名を持つシェルダン・ビーズリー隊長の下に配属されて、とても嬉しい限りです。ここの前には第6分隊におりました。宜しくお願い致します」
メイスンは、シェルダンたちには満面の笑顔を向ける。希望して赴任してくれた、ということはシェルダンも聞いていた。
1つ気になる文言がある。
「ん、蛇殺し?俺のことか?」
あまり嬉しくない2つ名である。フハッと笑いを弾けさせる新たな副官のハンターを睨みつけてやった。
「ええ、たった7名の分隊で、シェルダン隊長の見事な鎖鎌の術と指揮とにより、あのサーペントを倒したと。ルベントの軍営でも湧き立ったものです。そのときについたあだ名です」
こともなげに、スラスラと説明するメイスン。
どうやらロウエンの故郷に現れたサーペントを駆除したときの話らしい。厳密にはあのときは5人で倒したのだが。
「で、俺は蛇殺しか」
このままではカティアが『蛇殺し』の妻となってしまう。シェルダンは肩を落とした。
「ええ、サーペントスレイヤーとも呼ばれてましたな」
何食わぬ顔でメイスンが更に付け足す。
ハンターがくっくっと笑いを堪えている。ハンス、ロウエンも同様だ。
3人にもメイスンが好意的な視線を向ける。
「経験豊富なハンター殿に、勇敢なハンス君、剣の扱いがうまいロウエン君、第7分隊の、魔塔第1階層での戦いぶりは隣で見ていました。いや、一緒に仕事をするのが楽しみですよ」
嬉しそうに言うメイスン。
おや、とシェルダンは思う。萎縮しているガードナーやおとなしいリュッグには睨みつけるような視線を向けていたからだ。
一応、メイスンの前分隊長から、本人についての引き継ぎは受けていた。
(前評判どおり、か)
そして実物のメイスンを見て、シェルダンは深くため息をついた。
腕前は確かだが、人格に難がある、ということだ。具体的には弱い人間、臆病な人間を軽蔑し、態度や口調で攻撃してしまうのだという。
「ただ、残ったのが腕利きのペイドラン君ではなく、腰抜けのリュッグ君で、さらに一緒に加入したのもヘタレのガードナーですか」
早速、2人に対する口撃を開始したメイスン。
「メイスン」
低い声でシェルダンは言う。自分の隊では見苦しい争いは厳禁だということははっきりさせておかなくてはならない。
「2人への口撃は禁ずる。同じ隊にいる間は助け合え」
はっきりと命令という形でシェルダンは伝えた。さすがに実力行使で尻を蹴り飛ばそうとまでは思っていないのだが。
「助け合えるだけのものが、この2人にありますか?」
メイスンが直接には言い返せない2人を見て問いかけてくる。ガードナーはともかく、もともと隊にいたリュッグにはもう少し甲斐性を見せてもらいたいところではあった。
「それは、確実にあるだろう。ただ、お前の言うこともわからないではない」
軍隊である以上、どうしても腕前がものを言うところはあって、頭ごなしにメイスンを否定すべきでもない。さもないとずっといちいちシェルダンが庇う羽目になる。
「火のないところに煙は立たない。お前に馬鹿にされるだけの失態が二人には確かにあったんだろう。そこはちゃんと直すなり改善するなりしてやりたい、と思っている」
闇雲に2人を庇うのも本人たちのためにもならない。戦場に出る以上、甘えは許されないのだから。
現に自分たちが話題に上っているのに2人とも縮こまってばかりなのだ。ハンスやロウエンが気まずそうな顔をする。
「ではやはり」
メイスンの言葉をシェルダンは遮った。
「そして7人しか分隊という単位にはいないんだ。弱いから軽蔑して終わりっていうわけにはいかん」
年長のメイスンにはハンターに次ぐ位置で中核を担って貰わなくてはならない。
「伸ばして引っ張り上げるのも上の者の仕事だと?」
根っから悪い人間ではないのだろう。ある程度、理解はしてくれないと出てこない問いかけだ。
「そういうことだ」
シェルダンは肩をすくめてみせた。最初からあまり言いすぎてもしょうがない。あとは一緒に仕事をする中で分かり合っていければ良い。
「お前も昇任意欲があるなら、そこの2人を1人前にしてやるぐらいの気概は見せろ。前評判が悪いぐらいのほうが自分の評価が上がるぞ」
言い切ってやると、メイスンがニヤリと笑う。
「そう言って、ノセて頂けると、そこの2人といるのも悪くないように思えてきますね。いや、楽しい分隊に来れたようだ。とても楽しみですよ」
志願して第7分隊、自分のところに来てくれてはいるのである。そんな話もシェルダンの耳には届いていた。
昇任への意欲もかなり強いのだという。話の流れの中でうまくそういうところをつけたようだ。
シェルダンは副官のハンターと目を合わせてホッと肩の力を抜いた。初顔合わせから疲れることである。
「よしっ、話はついたな。訓練に入るぞ」
ハンターが大声で告げる。
第1階層で第7分隊の面々がどのように戦っていたのか。シェルダンは見ることができなかった。ハンターから聞くしかなくて、概ねのところは昨日のうちに聞いている。
リュッグか始終、腰を抜かしていたらしい。ハンスやロウエンなどはよく戦っていたそうだが。近くの部隊にいたメイスンともよく顔を合わせていたそうだ。
初日である。身体を慣らしてお互いの動きや号令を確認するにとどめた。
「いや、さすがはシェルダン隊長殿だ」
模造剣で手合わせをしたメイスンがまた嬉しそうに言う。
「ルベントの軽装歩兵では誇張なしに、剣技だけなら自分が1番だと思っていたのですよ、私は」
汗を拭いながら言うメイスン。少し離れたところではガードナーがハンターに尻を蹴り飛ばされている。
「そっちも良い腕だ。心強いな」
シェルダンが褒めると嬉しそうにメイスンが笑う。
確かにメイスンの剣技はかなりのもので、身体能力強化を使っていない自分と同等か少し勝るぐらいだろう。
「件の鎖鎌などを使われたら、私など手もなくひねられるのでしょうが」
そしてよく喋る男である。
既に自分から離れてリュッグのほうに向かっていた。
「リュッグ君、意外とちゃんと体力があるじゃないか。もっと自信と勇気を持つんだ」
メイスンの言葉にリュッグがたじろぐ。
「いや、俺」
どう答えていいか分からずリュッグが困った顔をする。
「まぁ、まだ始まったばかりだ、頑張ろう」
よく見るとメイスンの顔はかなり強張っている。早速シェルダンの言ったことをなんとかやってみようとしただけらしい。
全体に動きが鈍かった。初日ということがあるからだろう。今日は切り上げて細かいことはまた明日以降だ。
シェルダン自身にもルベントの鍛冶屋に作らせている鎖鎌を受領する用事があった。
「よぉしっ、今日はここまでだ」
ハンターが大声を上げる。
カディスの時にはこんなときも事務的だった。一人一人に声をかけて終了となるのだ。
少し懐かしくシェルダンは思うのだった。