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67 新生第7分隊〜副官ハンター1

 魔塔から生還したシェルダンは何食わぬ顔で小隊長に生還を報告し、日常生活に戻っていた。皆と同じく7日間の休暇をもらい、今は最終日の夜である。

(偽装のせいで少し皆より短いがな)

 十分にシェルダンは休みを満喫している。

「隊長、読みましたか、あの記事」

 古参の兵士にして部下の軽装歩兵分隊隊員ハンターが尋ねてくる。例によって自分が購入したゴシップ誌を読んで得た情報なのによく言うものだ。

 久しぶりの『トサンヌ』である。一緒に酒を飲みつつ、シェルダンは卵料理をつつく。

「シオン第1皇子殿下の騎士団長ゴドヴァン殿と治療院の聖女ルフィナ様が、結婚するって話か?」

 シェルダンは逆に聞き返してやった。他に酒の席で盛り上がりそうな話題もない。実は長く2人を知っているシェルダンからすれば、ようやくのことである。

「いやぁ、あの痴話喧嘩劇場もおしまいですかねぇ」

 ハンターがニヤニヤと笑って言う。何年も、ゴドヴァンとルフィナの『痴話喧嘩』というロマンスはドレシア帝国の人々を楽しませてきたのである。酷い時には公衆の場でもツンケンとルフィナがゴドヴァンを詰るのだった。

「今度は日々、夫婦喧嘩の記事が上がるだろうよ」

 くっくっと笑ってシェルダンも言う。死んだことにさえしていなければ流石に祝福しに向かうところだ。

「ははっ、そいつぁ、いいや」

 ハンターが声を上げて笑う。こちらは店名にもなっている煮魚料理のトサンヌをつついている。

 しばし、2人で料理と酒を楽しむ。

「で、隊長。カディス殿とペイドランが異動ですか?」

 ハンターが声を低くして言う。

「そうだ。副官の席が空くから、お前についてもらう」

 分隊の副官についての人事権だけは自分にある。冷静なカディスを皇都の軽装歩兵連隊に取られた以上、副官をこなせる人材はハンターしかいない。

「新しく来る連中は腕利きじゃないってことですかい?」

 苦笑いしてハンターが言う。カディスが抜ける以上、自分に副官の席が回ってくることぐらい予期していたはずだ。

「お前に楽をさせすぎた、と上が反省したのかもしれないな」

 軽口をシェルダンは叩く。

 少なくとも他所の隊から副官級や隊長格を引き抜くことは出来なかった。もともと、上層部はハンターを副官としたかったのかもしれない。カディスが自分を含めた周囲の想定以上に優秀過ぎた。

「ペイドランも持っていかれますか。せっかく2人とも優秀だってのに」

 心底残念そうにハンターが更に言う。

 ペイドランについては、シェルダンがクリフォードたちの中で死んだことになったせいだ。更なる魔塔攻略にセニアが赴くに際して、必要な人材だから体よく引き抜かれたのだろう。

「2人とも皇都の軽装歩兵連隊に入る。栄転だよ。カディスも自分の分隊を持つと。むしろ快く送り出してやらないとな」

 笑ってシェルダンは言う。部下の昇進は素直に嬉しい。

 カディスについては、自分とカティアとのことを考慮されたのだろう。身上報告で交際相手についても隠さず報告しなくてはならない。当然、自分とカティアのことも例外ではない。

(まぁ、カディスのことだから、上手く隠してくれるとは思うが)

 カディスにだけは事の次第を言わないわけにはいかなかった。ただ、カディスにはクリフォードたちとの接点がない。ペイドランには教えるなとシェルダンは口止めをしておいた。

「まぁ、ハンスにロウエン、リュッグも残ると。なんとかなりますか」

 ハンターが話を分隊のことに戻してくれた。

「7人しかいないんだ。新しく来る2人とも、息を合わせて上手くやっていかないとな」

 カディスとペイドランの抜けた穴は大きいが、悪い編成ではない。むしろ今までが恵まれすぎていたくらいだ。

 ハンターとは早速、新生第7分隊の運用について下話をしたかったのである。

 懐からシェルダンは新規隊員の2人の資料を出して、ハンターと今後の方針を話し合おうとした。ハンターも察して身を乗り出してくる。

 トサンヌの店内がざわつく。

「楽しそうですわね」

 自分の頭上から声をかけられた。

 立ったままシェルダンとハンターを見下ろして、にこやかにカティアが告げる。白いブラウスに臙脂色のロングスカートという猥雑なトサンヌの雰囲気に不似合いな清楚な出で立ちだ。

「カ、カティア殿」

 あわててシェルダンは立ち上がる。

「女性一人でご自宅からこんな店にまで歩いてきたのですか?危ないですよ、ただでさえお美しいのに」

 シェルダンの言葉になぜかまた、トサンヌの店内がざわめく。感嘆しているかのようだ。

「もう、お上手なんだから」

 ペシッと頬を赤らめたカティアに上腕の辺りを叩かれる。遅れて、自分が相当に気障なことを大衆の面前で言ったことにシェルダン自身も気付く。

「そう仰るのなら、今度から絶対にエスコートしてくださいね」

 カティアがピタリと身を寄せて耳元で告げる。

 なぜトサンヌにあらわれたのか。デートの約束はしていない。まだ酔の残る頭でシェルダンは混乱していた。

「こんなところで寄り道なんてしてないで」

 軽くハンターを睨みつけてカティアが告げる。

「あぁ、隊長。そちらが例の文通相手さんですか?いつもお世話になってます。俺は分隊員のハンターです」

 楽しそうに笑ってハンターが言う。

「すいませんね、隊長をとっちまって。こんな可愛らしい恋人さんがいるんだ。隊長、明日からまた仕事でしょう。こういうときは恋人と過ごしておくもんですよ」

 カティアがハンターの言葉一つ一つに頷いている。

「シェルダン様からうかがってますわ。ハンターさん、頼りになる部下でこの度は副官になる方だって。話の分かる方で良かったわ。ハンスさんなんかだったら、どうしようって」

 自分との日常会話をさりげなく混ぜ込んでくるカティア。ハンターの心象は悪くないようで何よりである。

「ハハッ、じゃあ、俺も嫁と子供がいるんで帰りますよ。ごゆっくり」

 言い捨てて、満面の笑顔でハンターがトサンヌを後にする。酒と料理は完食した上で。当然のようにお代を置いていくこともなく。

(あの野郎)

 恨めしく思いつつも、シェルダンは財布の中身を確認する。金貨200枚を手に入れたが、あまりの大金でおおっぴらにもできず、実家の庭に埋めた。

「ごめんなさい、迷惑だったかしら」

 しょんぼりとカティアが言う。

 狡い、とシェルダンは思った。こんな風にされて責め立てられる男などいるわけもない、と。

「カティア殿のお顔が見られて、嬉しくないわけがありませんよ」

 微笑んでシェルダンは言う。

「それに一緒にいたいと思ってくださってたのに、気付けなかったのだから、私の手落ちですよ」

 魔塔攻略時には到底、抱けなかった、穏やかな気持ちでシェルダンは続けて述べ、謝罪した。

「明日から軍務でお忙しいのでしょう?会いたいのにちゃんと言っておかなかった私も本当は悪いのだけど」

 居酒屋で人目も憚らず仲睦まじく話を続ける2人。

 周りにいるのは顔見知りの軍人たちばかりだ。

「店を変えますか?」

 シェルダンはカティアに尋ねる。

「いてもいいぞぉ、もっと見せろー」

 下品な野次が飛ぶ。

 カティアがニッコリと微笑む。

「いいえ、せっかくですもの。シェルダン様がよくいらっしゃるお店でしょう?一度ご一緒したかったの」

 照れくさそうに言い、手を挙げて店員の娘を呼んで麦酒と焼き魚を注文する。

 妙に慣れた仕草にシェルダンには思えた。

 2人での夕飯を楽しむこととする。周囲からの生温かい視線は気にしないこととして。

 話題は尽きない。今後の生活について、いくらでも話すことがあった。

「シェルダン様のお仕事の関係もあるから、新居もルベントが良いかしら」

 食べ終えて口元をハンカチで拭きながらカティアが言う。

「ええ。しかし、カティア殿の方でどこか住み良い場所をご存知なら。私はどこででも生きられますから」

 軍人である。所属にこだわらなければ本当にどこででも生きていけるのだ。

「もうっ、シェルダン様の場合、本当にそうだから笑えないわ」

 カティアがシェルダンの前腕を軽く叩いて言う。

 幸せな気分のまま、シェルダンはカティアを自宅へ送り届け、自らも実家へと帰るのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがシェルダンさん。何食わぬ顔で復帰されるとは。 そこにしびれます。あこがれます(はぁと えーっと。埋めた金貨はいつか使うときには掘り返しますよね……?(心配
[一言] 形見の鎖鎌。 ペイドランさんが真実を知ったら驚きそうですね。 そんな中、元の生活に戻っていたシェルダンさん。 大金をさりげなく、実家の庭に埋めたんですね。
[一言] ようやく生きていたことを公表しもどったシェルダン。 久しぶりにいつものハンターとの食事。 ハンターも相変わらずの光景はやはり落ち着くのでしょうね! そんな所へ現れたカティア様。 でもこれはこ…
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