66 聖騎士の従者2
「で」
今度は自分がイリスに睨まれた。
ずっと見つめていたことがなぜかひどく後ろめたく感じられて、ペイドランは視線を逸す。
「あんたは一体、なんなの?皇子殿下のお部屋で大の字で寝てるなんて。やってることが変すぎて想像もつかないんだけど」
イリスの青い瞳が咎めるように自分へと向けられる。なぜだかペイドランはドキッとした。
「その、殿下とセニア様が、ずっと、しょうもない言い争いしてて。俺は巻き込まれて疲れてたから休んでた」
たどたどしくも、ありのままをペイドランは告げた。
緊張する自分を訝しげにセニアが見ている。
クリフォードがニヤリと笑う。
「はぁ?何それ?あんた、見たところ軍人でしょ?まだ若いけど。軍服着てるし。皇族様の部屋で大の字で寝てる軍人なんて聞いたこともない。あんたには、常識ってもんがないの?」
蔑んだ目をイリスに向けられてしまう。なぜだか背筋がゾワゾワした。
「イリス、ペイドランはとても優秀な軽装歩兵だよ。口論につきあわせたのも事実だ。うんざりするのも、無理なかったと思う」
クリフォードが取りなそうとして口添えしてくれた。
だが、イリスはなおも納得していない顔である。
「軽装歩兵?軍の1番下っ端じゃん。弱いんでしょ?強ければ重装歩兵してるはずだもん。殿下に呼ばれるなんておかしいわよ」
イリスがなおもペイドランをジロジロ見ながら告げる。まるで品定めをしているかのようだ。
「いや、俺、元は密偵で。その、密偵のときの主様の関係で」
馬鹿にされると嫌われそうだ。柄にもなくペイドランはあわてて言いかけた。それなりの理由と経緯があって、いま皇族であるクリフォードの部屋にいるのだ、と伝えたい一心である。
「え?密偵なの?」
露骨にイリスが嫌悪する表情を浮かべた。少し歪んだ表情をしても可愛い。一体どういう造形をしているのだろうか。
「いや、それは元、で」
言いかけるもペイドランは遮られてしまう。
「やだっ、だって、コソコソコソコソ、他人のことを探って回る卑劣漢でしょ?密偵って。嫌い。1番嫌な人種だわ」
話を聞いてもらえない。
イリスが首をブンブンと横に振って言う。
せっかく可愛いのに何か台無しだ、とペイドランは思った。クリフォードの部屋に現れてからずっと怒っている気がする。婉曲に伝えようと思った。
「せっかく、そんなに可愛いのに。言い方キツイからなんか怖いよ、君」
むしろ素直に口に出してしまった。ペイドランはあわてて軽率な自らの口を押さえる。
「あんたなんかに可愛いとか言われたくない。思われたくもない」
じとりとイリスがペイドランを一睨みする。続けて遠い目をした。
「あーあ、鎖の人に会いたいな。私とセニア様がアスロック王国から逃げるとき捨て身で助けてくれたの。とっても素敵な軍人さん」
鎖を遣う軍人と言えばシェルダンくらいしか思い浮かばない。しかもシェルダンもアスロック王国の出身だった。鎖、というのは鎖鎌のことを言っているのだろう。セニアやイリスをシェルダンが助けた、というのも初耳だった。
ちなみに形見の鎖鎌は今、ペイドランの腹に巻いてある。シェルダンの真似だ。
(意外だな、隊長ってそういう大変そうなことしたがらないと思ってたけど)
ペイドランはシェルダンの言動を思い出していた。
(いや、そうでもないな。あの人の面倒くさがりは口だけだった。結局、魔塔攻略も手伝ってて、命懸けで俺らを生かしてくれたんだから)
シェルダンに憧れている様子のイリス。
ひどく気まずそうな顔をセニアとクリフォードがした。シェルダンの死を伝えることをまだ躊躇っているようだ。
「ね、ねぇ、イリス。疲れているのにすぐ来てくれてありがとう。でも、報告のためだけではないんでしょ?あなたのことだから」
意図的にセニアが話題を逸した。
クリフォードもこくこくと頷いている。
「あぁ、そうでした。ルフィナ様から、お届け物。ゴドヴァン様との式の準備とかで忙しいからって。信頼できる私に届けてって」
イリスが控えめな胸を張って答える。手には濃い緑色の分厚い冊子が握られていた。背表紙も表題もつけられていない。
「これは?」
震える手でセニアが冊子をつかむ。
何の冊子か気になって、ペイドランも覗き込もうとする。
「こら、密偵!詮索禁止よっ」
ペチッと手の平でイリスにおでこを叩かれてしまう。
そしてセニアの方にイリスが向き直る。
「さぁ?私も詳しくはわからないけど。なにかの教練書って仰ってたわね」
あまり細かいことを気にしない様子のイリス。
ルフィナのことだから何の冊子か言っていないわけがない。自分もあまり細かいことを気にしないようにしよう、とペイドランは思った。
なぜかイリスが勝ち誇った顔をして自分の方へと向き直る。
「あんたみたいな密偵と違ってね。私、信用されてるの、あの治療院で、聖女って言われてるルフィナ様からよ?」
ふふん、と鼻を鳴らして言う顔すらも可愛らしい。もしかしたら本人は憎まれ口を叩いたつもりかもしれない。
(どうしよう、全然憎たらしくない)
おまけに、そのルフィナにかつて仕えていて、一緒に魔塔の最上階まで上ってしまったペイドランは複雑な気持ちを抱く。指摘するのが可哀想だ。恥をかかせるような格好になってしまう。
「セニア殿、それは?」
クリフォードもページを繰るセニアの背後から覗き込んで尋ねる。
「聖騎士の教練書です。それも」
セニアが一旦、ページを繰るのを止めて顔を上げた。
「先日、シエラ達が奪われたという教練書の続きの冊子のようです」
魔塔攻略中、留守番をしていたカティアとシエラが、アスロック王国の商人アンセルスと護衛の剣士ミリアという女性に、聖騎士の教練書を渡してしまったという。
疑ってはいたのに渡してしまったことを、シエラが泣きながら謝罪して胸の傷んだものだ。が、ペイドランとしては渡そうとしなければ強奪され、2人とも殺されていた可能性すらあった、と思う。
(シエラの命より大事なものなんてないんだから)
眼の前にある緑色の冊子を見てペイドランは思う。
シエラの主であるセニアも似たような見解であり、二人の無事をむしろ喜んでくれていた。カティアが自宅で静養しているため、現在、セニアについている侍女はシエラ1人である。結果論だが、シエラに何かあればセニアには侍女がいない、という状況になっていたかもしれないのだ。
「では、つまり?」
クリフォードがさらに尋ねる。
「はい、より高度な神聖術が記載されています」
嬉しそうにセニアが言う。
「私はまだまだ強くなれます」
セニアの言葉を受けてクリフォードが苦笑する。どこか愛おしげだ。
「そ、私のおかげでね」
またイリスが告げて胸を張る。
(君はただ届けただけじゃ)
思いつつもペイドランはイリスに見惚れて指摘が出来ないのであった。
いつも、閲覧や応援等ありがとうございます。
第二話にいた2騎のうち1人がイリスだったということで、ようやくの登場となります。
この場面は一旦ここまでとなります。少しペイドラン君の視点で書くしかない場面も今後あろうかと思いますが、1つ宜しくお願い致します。