63 ガレキの中から
頭上に降り注いだガレキをかき分けて、シェルダンは立ち上がった。ほとんど流星槌で砕いたので粉となっている。
(俺が死ぬかよ)
カティアと約束したのである。
思いつつシェルダンは自らの状態を確認した。ほぼ外傷はない。うまくいったようだ。
さらに辺りを見回し、セニア達はおろか他の兵士もいないことを確認する。まだあまり生存を知られたくはなかった。人目を避けるために、1日ガレキの下に伏せて身を隠していたのである。
(まぁ、気味悪い場所だ。しばらくはあまり人も近寄らないだろう)
思ったとおり、もともと瘴気に満ちていた魔塔の残骸だ。忌み嫌って人は離れる。浄化されるのにはしばらくかかるだろう。
「しかし、思ったよりも危なかったな」
思わず声に出して呟く。
ほぼ全てが想定どおりに進んで、あまりに大きすぎた誤算はクリフォードの炎魔術だった。思えば最初から最後までクリフォードが見事だったのだが。
炎属性に耐性があるケルベロスの頭を盾にしてなお、すさまじい熱気だった。オーラに身体強化、氷の流星鎚に魔力を注ぎ込んで冷気を生む、など全てを総動員して生き延びた。
(階層主を倒すと倒した位置に転移魔法陣が出来る。これでバレるかとも思ったが)
1000年続く軽装歩兵の家系というのは伊達ではない。過去にもシェルダン同様に魔塔上層へ行く羽目になった先祖もいて、克明に記録を残している。
魔塔の主も倒せばその地点に出口への転移魔法陣が出現するのだ。ただ、魔塔のささやかな意趣返しなのか、なぜか外ではなく出入り口の中なので、入口分の崩壊には巻き込まれることとなる。
「まぁ、今回は都合が良かった。一緒に同じ場所に出てたらバレちまう」
シェルダンは独り言を続ける。さらに魔塔の第1階層のど真ん中では全ての階層分のガレキを受けてまず助からない。だが、入口分だけであればたかが知れている。
「これで、あの4人の中では俺は死んだことになる」
連中のことだ。いちいち戦没者の名簿覧に目を通すこともしないだろう。
鎖鎌が見当たらない。ガレキに呑まれてどこかに消えたようだ。一族伝来の流星鎚は無事、全て手元にある。鎖鎌はまた鍛冶屋にでも特注して作ってもらえばいい。
(金は十分にあるからな)
命を投げ出して戦ったのだ。金貨ぐらいは貰ってもバチは当たらないだろう。死んだと思っているクリフォードは、約束どおり両親とカティアに金貨を支払っているはずだ。
「カティア殿、いつぞや芝居を打つ巧拙の話をしましたが、今回は私もかなりうまくやりましたよ」
ここにいない、愛しい人へ語りかけた、
これでもう二度と、自分を魔塔上層への攻略に連れて行こうなどと、無茶な考えは抱かないだろう。いくらなんでも死人を誘おうというものはいない。だが、頼まれると無碍には出来ないのだ。
(ただ、あの人達は、カティア殿には俺が死んだと伝えそうだな。恋文をカティア殿、読んでいてくれただろうか)
『一芝居打つので、セニアやクリフォードからの報せは信じないように』と書き添えておいた。本当に死んでしまえば台無しだったが、当然、死ぬつもりはない。
「まぁ、それでも備えはしておいたからな」
シェルダンは胸を張って呟く。
ペイドランを連れて行った。今後、魔塔に挑みたいならばペイドランと行けばいいのである。それなりに仕込んだとも思うし、伝えたいことも伝えた。
(何より、あれは天才だ)
ペイドランについては、そう結論づけた。
家系という側面から考えても、自分の代で出せる戦果としては十分すぎるほどだ。最古の魔塔に、ドレシアの魔塔、2本の魔塔で最上階まで上ったのである。先祖の誰と比べても恥ずかしくない戦績だ。
「家に帰ったら確認だな」
父の書斎にある一族の記録を見てみようとも思う。自分より戦果を上げた個人は存在しないはずだ。
自然、頬が緩む。
「レナート様」
夜空に向かって呼びかけた。
「これで、セニア様も魔塔がいかなるものかを知ったことでしょう。心が折れるにせよ、精進されるにせよ」
一旦、シェルダンは言葉を切った。様々な思いが胸に去来する。どんな思いを抱いても最後は、もういいだろう、という充実した思いだ。本当はまだ、思うところもあるのだが、自分個人で出来る限界を超えている。
「私はあなたを死なせた借りを十分にお返ししたように思うのです」
言い放ち、シェルダンは星の位置を頼りにルベントの方角へと一歩、踏み出した。
「これからは自分の人生を歩ませてもらいますよ」
シェルダンは足早にルベントの街へと急ぐ。
夜の闇に紛れてルベントの街へ入るとすでに軍隊が帰還してから3日が経っていた。
カティアに会いたくて、クリフォードやセニアなどに注意しつつ動静を探る。なぜだか実家に帰されているようで離宮にはいなかった。
ルンカーク子爵の家へと向かう。夜半である。明かりのまだ残る部屋にほっそりとした影が見えた。カティアである。
「カティア殿」
窓をそっと叩くと、泣き腫らした目のカティアが開けてくれた。
「シェルダン様」
手振りで招かれて、靴を脱いで部屋に上がる。
「もうっ、お金のこととか身分のことは気にしないでって言いましたのに」
泣きながら微笑んでカティアが抱きついてきた。
金のために一芝居打ったと思っているのだろう。そのために無理をした、と言ってくれているのだ。
シェルダンとしては、金は取れそうだから一芝居のついでに払わせたつもりであり、主目的ではなかったのだが。
今となっては些細な違いだ。
「すいません。ご心配をかけましたね」
可能な限り優しく、カティアの髪を撫でながらシェルダンは言葉をかける。
「もう、無理をする理由もありませんから、ご安心を」
更にシェルダンは思いを込めて告げる。
カティアが顔を上げた。更にじいっと睨みつけてくる。疑っている顔だ。
「本当ですよ」
重ねてシェルダンはカティアの視線を真っ直ぐ受け止めて言う。
「約束ですよ」
よくやく、たおやかに微笑んでくれてカティアが言う。
「ええ、約束します」
答えてシェルダンはカティアを抱きしめるのであった。
いつも閲覧、応援等ありがとうございます。
大団円したのか、ぐらいの感じで書いていますが。実のところあまり解決しておらず。シェルダンが満足しているというだけです。まだ普通に書き進めていきます。
至らぬところ、多々ある作品ですが、書いたり考えたりする分にはかなり楽しく。皆様からも感想やご指摘頂けると嬉しいです。