62 怒れる侍女
シェルダンが死んだ以上、カティアさんの話は避けて通れないという(汗)書いてておっかないです。
恥知らずな顔をして、最悪の知らせを持ってきた主2人をカティアは睨みつけた。聖騎士セニアと第2皇子のクリフォードだ。
クリフォードもセニアも傷だらけで疲弊しているが、知ったことではない。よりによって『シェルダンを捨て駒にして死なせた』と言うのだ。
「あなた達は!あなた達のせいで!」
自分が覚えているのはこの絶叫までで、あとはどうしたかも分からない。
正気に戻ると身体のあちこちが痛かった。大暴れしたようだ。
自分で自分を傷つけたのか。他人を傷つけようとして止められて痛めたのかも覚えていない。もはやどちらでも良かった。
(そもそもあの女聖騎士が魔塔を倒したがったから)
シェルダンの死を悼むどころではなかった。どう考えても死ななくてもいいはずだったのに、としか思えない。
(シェルダン様)
クリフォードも同罪だ。2人でシェルダンに無理をさせて死なせたに違いない。魔塔上層の攻略で命を落としたのはシェルダンだけだという。
騎士団長ゴドヴァンも治療院のルフィナも無事なのだ。
「嘘つき」
ポツリとカティアは呟いた。何が何でも生きて帰ってくるのではなかったか。
少しだけ冷静になり、今いるのが実家の自室だと気付く。寝台に寝かされている。おそらくクリフォードかセニアを見るなり激昂するので、離宮のお屋敷には置いておけないとなったのだろう。
(怒るに決まってる、あの2人)
どうせ、セニアとクリフォードが口ばかりで大したことなくて、そのしわ寄せがシェルダンへいったのに違いないのだから。それで命を落としたのだろう。
(許せない、あの女)
また、怒りがぶり返してきた。
カティアはギリギリと布団を握りしめる。
結局、危惧していたような形ではなかったが、セニアがシェルダンを自分から奪ったことに変わりはない。
すまなそうなセニアの顔を思い出すだけでも憎たらしい。腹が立つ。何か報告すべきことがあったような気もしたが、思い出せなかった。
(あの女さえいなければ)
仕事になどなるわけもない。
カティアは寝台から起き上がり、寝間着姿のままカーテンを開ける。まだ夜だった。
(いつ着替えたのかしら)
寝間着には母が着替えさせてくれたのだろう。
(ちょうどいいわね)
思いつつ、文机に向かい、辞職願を一筆したためた。
今、自分が職場でどんな扱いになっているかも分からない。病気休暇扱いだろうか。向こうに非があるのに解雇ということはないだろう。
ただ、セニアかクリフォード、どちらかの顔を見れば正気を失ってしまう。
食事に一服盛りかねないし、本当に実行してしまえば両親にも迷惑がかかる。引き続き働くのは無理だ。
翌朝、カティアは両親のもとに顔を出し、迷惑を侘びた上、辞職願を郵送してもらった。
父のラウテカも母のリベラも労るように理解を示し、咎めることなどしなかった。
3日間、母の手伝いをしながら実家でのんびりと過ごす。
世間は魔塔の攻略ですっかり湧き立っていた。
既に軍隊が、勝利の報せをもたらしてから3日が経過しているというのに、屋台まで出してお祭り騒ぎだ。
(シェルダン様がいたら、今頃、私達だって)
世間の手放しの喜びやセニアたちへの称賛も、カティアの心に負わされた傷口をより深く、大きくするだけだ。
一度、カディスが心配して顔を出してくれた。私服だ。軍人たちは皆、1週間の休暇を貰えたのだそうだ。恩給も出たと聞く。
「なんで、あなたはシェルダン様についていかず、おめおめと死なせたの?よく私の前に顔を出せたわね、恥知らず」
カティアは冷たく、双子の弟に言い放つ。
ひどい言い掛かりだ、と自分でも分かる。
「ごめん、まさかシェルダン隊長が死ぬなんて。俺も思ってなくて」
打ちひしがれた様子のカディス。弟にとっても敬愛する直接の上官だったのだ。落ち込んでいない、わけがない。
「ごめんなさい。みっともないわね、八つ当たりなんて」
さすがに申し訳なくなって、カティアは頭を下げた。
「いや、姉さんが平常心でいられるわけない。気持ちはわかるから良いよ」
自分と同じ顔をした弟である。心情もよく察してくれていた。
辛くなって、またカティアは涙ぐんでしまう。
涙をハンカチで拭きながら、居間にカディスと向き合って座る。父母も同席した。
「ねぇ、シェルダン様は、その、どんな風に?」
辛い気持ちを抑えてカティアは尋ねる。
「もともと、隊長の参加は秘匿だった。俺も上層へ行くって言われたのは直前で、もう魔塔の中だった。同行していったペイドランから聞いただけなんだけど」
カディスが俯いて切り出した。知っているだけ大したものかもしれない。
黙ってうなずいて、カティアは先を促した。
「魔塔の最上階にいたケルベロスって魔物が異様に強かったと。隊長が流星鎚って武器で圧倒して、捨て身で動きを封じたところを、クリフォード殿下の炎魔術で、その、隊長ごと」
カディスがカティアの様子を窺いつつ、言い淀んだ。
「つまり、シェルダン様はクリフォード殿下に焼き殺されたってことね」
暗い声でカティアは言う。改めて口に出すと身体が沈み込んでいくような感覚に襲われる。
仇はクリフォードだ。クリフォードがシェルダンを殺した。
それでも当初、カティアは怒りを抑えようと思ったのだ。
クリフォードとて、殺したくて殺したのではない。落ち込んでいる可能性すらあった。第2皇子として魔塔を攻略する責任があり、しかし、あまりに敵が強大過ぎたのだろうと。
カティアの怒りが爆発したのは、クリフォードからの金貨100枚が届いたときだ。
「これが、こんなものが、シェルダン様の代わりですって?」
クリフォードづきの若い侍従だった。金貨100枚ともなれば一生遊んで暮らせる財産だ。武芸に秀でた者が届ける運びとなったのだろう。カティアとも顔見知りである。
「は、はい。シェルダン殿という方との約束だから、と。命懸けの労に報いるのだというお話でした」
愛する人を失っても、金貨100枚を見れば喜ぶ程度の女だと思われたのか。
冷たい石のような塊が心の中に沈んでいく。
(シェルダン様の命が、存在が金貨100枚?冗談でしょう?私たちを何だと思ってるの?)
理屈ではなく、許せなかった。クリフォードの浅ましい考えが許せない。
カティアの殺気に怯えて、侍従が金貨の入った袋を置いて逃げた。
(誰に投げつければいいのよ)
金貨を仕方なく父母に預け、自室に戻るとクリフォードから先日届いた辞職願への返事を眺める。『一時の気の迷いで辞めないでほしい』と書いてあった。
(シェルダン様への思いが一時の気の迷いですって?)
カティアは腹を決めた。
復帰するのだ。厳密には復帰すると見せかける。
(何か、ないかしら?)
カティアは文机の抽斗を探る。
出会うなり、思い知らせてやるのだ。
目当ては刃物である。自分の細腕でも、不意を討てば刺せるかもしれない。金を渡したことで恩を着せた気になり油断しきっているだろう。
ガサゴソと探していると、1枚の封書がハラリと床に落ちる。
「シェルダン様からの恋文」
自然、声が甘く優しいものとなる。
嬉しすぎてまだ開けられず、目も通せていない。無事の知らせを受けてから読もうと思ったのだ。
(読まなきゃ)
読めばまた、シェルダンを身近に感じられるかもしれない。
カティアはペーパーナイフで封を開き、目を通す。
目を瞠った。
もう一度、貪るように目を通す。顔を上げたとき、カティアは満面の笑顔を浮かべていた。
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