61 魔塔崩壊
森の中に出るなり、背後で瓦礫の崩れる音が響く。
(そんな)
炎の中に見えた、巨大な魔核をセニアは閃光矢で撃ち抜いたのだった。
「シェルダン殿」
失意と疲労のあまり、つい、セニアは膝をついてしまう。
シェルダンの言っていたとおり、魔核を破壊すると赤い魔法陣が生じた。
セニア等は最寄りの転移魔法陣に乗って魔塔を脱出したのである。
今は崩れ行く魔塔を茫然と見つめるしかなかった。ガラガラと音を立てて瓦礫の山が次第、次第に積み重なっていく。
「隊長」
情けない声をペイドランがあげた。その手には流星鎚を遣うときに、シェルダンが放り投げた鎖鎌を握っている。ゴドヴァンとルフィナがペイドランに寄り添う。まるで父親と母親、息子のように。
閃光矢でセニアがケルベロスの核を射抜くなり、それぞれが最寄りの転移魔法陣に乗ったのであった。ただし、シェルダンを除いて。
「誰も、シェルダンがどうなったのか、見ていないのか?」
キョロキョロと辺りを見回しつつ、クリフォードが尋ねる。
そうしていると、セニア自身もシェルダンがどこからか、ひょっこり姿を現しそうな気がしてしまう。そして胡乱な眼差しで睨みつけ、痛烈な皮肉を飛ばしてくるのだ。
「あの炎の剣がすごすぎて、俺の目でもだめだった」
ゴドヴァンが悔しそうに言う。
確かにクリフォードの最大魔術『獄炎の剣』の破壊力は規格外のものだった。視界をすべて炎で埋め尽くすほどであり、再生し続けていたケルベロスの身体が消し飛んで瘴気の核が露出したのだ。
(でも、あれを受けてなお、ケルベロスの身体は再生しようとしていた)
セニアは核に瘴気が集まり、肉体を形造ろうとした瞬間を思い出してゾッとする。
「あれが魔塔の主。シェルダン殿ほどの人が命と引き換えにしないと、倒せなかった」
魔塔を攻略しなくてはならないと言い続けてはいても、いざ倒してみて、いかに無謀なことを言っていたのか、却って思い知らされた格好だ。
(私は、なんて情けなくて、恥ずかしいの?)
シェルダンの態度が、あるところを境に素っ気なかったのもよく分かる。『身の程を知れ』と何度も言いたかったことだろう。
「最古の魔塔なんて、想像もつかない」
セニアはポツリと呟いた。
シェルダンの言う賭けに出ていなければ、自分たちも全員、追い詰められて死んでいたのだ。
ルフィナがそっとセニアの肩を抱く。
「大丈夫よ、あなたは生き残っていて、まだ、強くなれるのだから」
優しくルフィナが囁く。
なぜ、そう言い切れるのか。無責任にすら感じられて、セニアは身を強張らせた。
「私からあなたへ贈るものがあるの。それを使えばまた力を得て、自信を得られるはずよ」
ふっと肩が軽くなったような気がした。
実際にルフィナが退いたから軽くなったのだが。気持ちも少し楽になった気がする。
「そんなことよりシェルダンだ。あいつは、本当に、駄目だったのか?」
珍しく狼狽した様子でゴドヴァンが言う。誰よりも目が良くて生きていれば見落とすはずもないのに。受け入れられないようだ。
「私の、獄炎の剣を受けてしまったら、生身で耐えるのは無理です。いくらシェルダンでも、もう」
クリフォードが唇を噛んで告げた。直接、手を下してしまったうえに、自分の魔術の威力も1番よく知っている。
大きく瓦礫の落ちる音がした。いよいよ、魔塔が崩れる。
「中にいた軍隊は?」
ルフィナがつぶやく。ゴドヴァンとルフィナも最古の魔塔、最上階まで至る、という十分すぎる実戦経験を持ってはいるが、魔塔崩壊を目の当たりにするのは初めてのようだ。
「誰も出てこない」
ペイドランが崩れいく入り口に視線を向けて言う。数百人からの兵士がいたのだ。これで全滅ではやりきれない。
「あそこだ、狼煙が上がっている」
ゴドヴァンの指差す方向を見ると何本もの狼煙が上がっていた。さらに信号弾も何発も何発も上がる。ひどく動揺しているようだ。
「どうやら無事のようだが。もしかすると魔塔攻略によって外へ自動で出されるのか?こちらの意志に関係なく?でなくばあんなに信号弾も狼煙も乱射するまい」
ブツブツとクリフォードが分析している。確かに平常であれば、あそこまで信号弾の無駄撃ちはしないだろう。
「じゃあ、いよいよ、死んじゃったの、シェルダン隊長ぐらいじゃないですか。そんなのってないですよ、隊長」
とうとうペイドランが声を上げて泣き始めた。直接部下の隊員である。
つられてセニアも涙ぐむ。戦死したのがシェルダンだけということはないだろう。言いすぎだ。第1階層の面々もそれぞれに戦っていて犠牲を出したに違いないのだから。
「泣かないの。シェルダンはあなたを当てにして、わざわざ連れてきて、仕込んだのよ。泣いたらシェルダンもやりきれないわよ」
母親のようにルフィナがペイドランの頭を搔き抱いて言う。
「シェルダンと引き換えに魔塔1つか。割に合うわけもねぇ。シェルダンよお」
ゴドヴァンもすっかり悄気げている。
勝って、手放しで喜べる雰囲気ではなかった。
「もっと、私が強ければ」
セニアも悔しくて呟く。シェルダンを死なせることも、そもそも無理に参戦してもらうこともなかったのだ。
「セニア殿」
クリフォードが遠慮勝ちに肩を抱く。
「だが、これでドレシアからは魔塔がなくなった。あなたがこの国に来て、魔塔を倒そうと言い続けてくれたからだ。私はこの、崩れる魔塔を見て、あなたの言っていたことの意味と、自分の間違いを知ったよ」
しみじみとクリフォードが言う。
「シェルダンと引き換えだが無駄にはしない。兄と協力して、ドレシアをさらに平和に、繁栄させてみせよう」
素直にはまだセニアは頷けなかった。
確かにドレシア帝国は魔塔のない国土を得た。
引き換えに誰よりも魔塔に詳しい軽装歩兵を一人、失ってしまったのだ。思えばシェルダンが結局、全員に指示を出し、皆が素直に聞き入れていたのだった。シェルダンが率先して見てきてくれたので、どんな敵がいるのかと不要に怯えることもなく。
考えれば考えるほど失ってはならなかったのだと思えてしまう。
「とりあえず、軍と合流しよう」
クリフォードの言葉で5人は動き出した。
そしてシドマル伯爵の率いる軍隊と合流し、ルベントの街へと戻るのであった。