59 ドレシアの魔塔〜第5階層2
魔塔の主ケルベロスからの氷攻撃をシェルダンはなんとか防ぎ切った。ペイドランも無事である。
「ゴドヴァンさんっ」
だが、ルフィナの悲鳴が響く。
慌ててシェルダンもゴドヴァンを見る。
右肩に氷柱が突き立っていた。
「くっ」
流血しながらも大剣を片手で振るい、ケルベロスの攻撃をゴドヴァンか防ぐ。このままでは前衛が潰れてしまう。
シェルダンは前に出て、ケルベロスの顔面に鎖分銅を叩きつける。それでも焼け石に水だ。このままでは、ゴドヴァンが噛み殺されてしまう。
「すいませんっ」
治療を終えたセニアが間一髪、飛び出してきた。
よろよろとゴドヴァンがルフィナの位置にまで退がる。
「大丈夫だ。死にはしねぇ。ただ、回復は頼む」
右肩の氷柱を引き抜いてゴドヴァンが言う。
蒼白な顔で頷いたルフィナが治療を開始する。
「くそっ、駄目だ。どうしても真ん中のやつに炎が通らないっ。どこかに急所はないのか?」
魔術師のクリフォードも焦ったように言う。
「隊長、飛刀がさすがに」
見るとペイドランの飛刀も残り半分、というところだ。
もう1種類、何かあまり消耗をしない武器の扱いを教えれば良かった、とシェルダンは思った。
「ここぞというときまで残しとけ。お前は回避に専念しろ」
ケルベロスに目をやったまま、シェルダンは告げる。ペイドランの飛刀も目潰しには有効だ。当てるのが異様に上手いという利点も重なる。
(まだ、敗走には遠い)
ただ防御するだけなら、セニアのほうがゴドヴァンより優秀だ。気をつけていれば電撃、炎、氷も食らうことはない。
(戦況に応じてより判断できるようになり、神聖術を極めさえすれば)
セニアの剣や盾の腕前、素質はレナートを超えている。
シェルダンは首を横に振った。今は魔塔攻略中なのだ。
ドレシアの魔塔は瘴気が割合に少ない分、階層主たちを強力にする方針のようだった。初めて目にする事例である。
(その全体の主だ。これぐらいはやる、と思うべきだったな)
苦いものをシェルダンは噛みしめる。
セニアが前脚で盾ごと弾き飛ばされた。
自ら飛んで衝撃を逃しており、見た目の負傷は、ほとんどなさそうだが。盾も鎧も汚れに凹み、損傷が目立つようになってきた。本人の呼吸も荒く、顔色も悪い。負傷以上に疲労が深刻なようだ。
「よく頑張ったな!」
労いながら、ゴドヴァンが大剣を振り回して戻ってきた。
一時的に前衛が2人になって安定するも、先の様子からしてセニアがまもなく倒れるだろう。
少し、休ませた方がいい。また、セニアには皆に戦いながらもオーラをかけ直す仕事もあった。長期戦ゆえにその必要もあるのだ。
(よく、粘れてはいるが)
シェルダンも鎖分銅で加勢する。
ゴドヴァンに戦いながら何か言われて、セニアがルフィナの位置まで退がった。
どれだけ戦い、傷つき回復したのか。一度、セニアにオーラをかけ直してもらった。ゴドヴァンが負傷しながらもまた前衛を支える間に。
なお、負傷せずルフィナからの回復を必要としなかったのはペイドランだけだ。驚くほどに勘が鋭く回避に優れている。
シェルダンは戦いながらもじいっと数えていた。既に数時間、戦い続けている。切れそうな集中力をギリギリで繋ぎ止めている格好だ。
ケルベロスのほうも最初の頃はたちどころに治癒していた傷が、復活するのに数秒を要している。ずっと戦い続け、また第1階層にいる軍人たちが瘴気を消耗させ続けてきた効果が少しずつ見えてきた、ということだ。
「くうっ」
ゴドヴァンの傷を癒やし、前線に送り出したルフィナが膝をついて苦悶の表情を浮かべる。
(まずいな、瘴気より先にルフィナ様の魔力が尽きる)
シェルダンは一旦、後方、ルフィナの位置にまで下がる。
「ルフィナ様、魔力がいよいよ?」
シェルダンは確認する意図を持って尋ねる。ただの疲労であってくれれば良いが。ここまで何度もゴドヴァンやセニアの重傷を回復させている。
「ええ、魔力を絞り出しても完全回復あと一回、というところかしら」
弱々しく微笑んでルフィナがすまなそうに言う。
(虚勢を張らないだけ、この人も賢明だ)
ゴドヴァンやセニアが前衛で戦い続けてこられたのも、ルフィナの回復術のおかげだった。ルフィナの魔力が尽きれば後に待つのは敗北だ。
「私はまだ余力を残してはいるが。牽制で弾幕を張らないと前の2人が持つまい」
クリフォードも近寄ってきた。
途中からクリフォードの火炎球が牽制してくれているので、長期戦に耐えられているのだ。
(この人も、大概だ。とんだ拾い物だったな)
貢献度が高い一方、余力を残してくれてもいる。心強い限りだ。
シェルダンは2人を眺め、ゴドヴァン、セニアに視線を移して思考を巡らせる。
「時間さえかければ、まだもっと強力な術があると?」
つと気になって、シェルダンはクリフォードに尋ねる。
このまま闇雲に消耗戦を続けてもジリ貧で負けるだけだ。
「あぁ、これまでとは段違いの威力だが、展開と詠唱に少し時間がかかる」
クリフォードが頷いた。
ただでさえ強力な魔術師のクリフォードが太鼓判を押す威力とのこと。ここまでの戦いぶりから当てにできるとシェルダンは判断した。
「ペイドラン!セニア様をここへ」
シェルダンは部下に叫んだ。
ペイドランが指示を受けてセニアに駆け寄る。器用にケルベロスの攻撃をかわしながら、セニアにシェルダンが呼んでいる旨を伝えた。
(ゴドヴァン様ならどうとでもなるだろう)
セニアに抜けられると、前衛の負担がゴドヴァン一人にのしかかる。シェルダンはそれでも話し合うことを優先した。
セニアがためらいながら、下がってくる。
(勝つためには一か八か、勝負に出るしかない。が、呼吸を合わせないと意味がない)
ゴドヴァンに時間を稼いでもらう必要がある。
「うおおっ」
大剣を目まぐるしく動かして、3方から襲い来るケルベロスの牙を防いでいる。
「ゴドヴァン様、少し頼みます」
シェルダンは大声で告げるも、おそらく聞こえてはいないだろう。
「どうしました?いくらゴドヴァン様でもお一人では」
ボロボロのセニアが訝しげに問う。
よく頑張ってくれている、とあちらこちらが凹み、傷ついた鎧を見るにつけてシェルダンも思った。
「このままでは、ジリ貧です。先にこちらの力が尽きて確実に敗れます。一か八か、賭けに出るしかありません」
思いを圧し殺して、シェルダンは淡々と告げる。
セニアが本格的に神聖術を覚え、魔塔攻略に乗り出してから、ずっとそっけなくしてきたつもりだ。甘やかして、素質を潰してはレナートに会わせる顔がない。
(それでもこの戦いを乗り切れば、セニア様も大きく成長されるはずだ)
やはり、自分は甘い、とシェルダンは自嘲した。生き延びる上では邪魔なことばかり考えている。家訓としてはセニアなど血脈のために見捨てればいいのだから。
「クリフォード殿下の最大魔術でケルベロスの肉体を消し飛ばしましょう。再生するまでの間に、露出した核へセニア様が閃光矢を叩き込むのです」
消耗戦では勝てない。相手の急所を一気に射抜くしかない、とシェルダンは考えた。
「なるほどな、それなら、私も行けそうな気がする」
クリフォードが頷いた。
「前衛には、ゴドヴァン様がお一人で?」
セニアが荒い息で尋ねてくる。疲労の色が濃い。
閃光矢でうまく核を射抜くのであれば後方に下がっている必要がある。時期をあわせて、かつ法力も練り上げねばならないからだ。
「私も前衛をやりましょう。しばらくはもちます」
仕方なくシェルダンは告げた。
まだ説明をしなくてはいけないことがある。
「魔塔の主を倒し、核を壊すと魔塔は崩壊します」
つまり1つずつ階層を戻っていると潰されるということだ。
「じゃあ」
悲壮な決意を決めた顔でセニアが言いかける。
人の話を最後まで聞いてほしい。
「この部屋の四隅に、出口への直通の転移魔法陣が生じます。倒したらすぐに最寄りのものに、乗ってください」
ここまで説明してシェルダンは一同を見回した。
あとは、本当にこの賭けで倒せるかどうかだ。