56 ドレシアの魔塔〜第4階層1
瘴気の消えたドレシアの魔塔第3階層。
自分はあまり役に立てていない、とルフィナに神聖術オーラをかけつつ、聖騎士セニアは感じていた。
既に軽装歩兵シェルダン・ビーズリーが第4階層へ向かった後である。これまでと同様、5分置くように、と指示を受けていた。
「本当は私が先鋒でも良いんじゃないかしら」
ポツリとセニアは呟いた。
「何を言うんだ。もしセニア殿がいなくなったら誰がオーラをかけるんだ?」
すかさすクリフォードが指摘する。
自分への態度は相変わらずなところもあるのだが、第2、第3階層を経て、セニアはクリフォードへの評価を改めていた。両階層の階層主を仕留めたのは、実質的にはクリフォードの炎魔術である。
(それは殿下ぐらい戦えていれば、私だって)
拗ねたように思う自分をセニアは情けなくも思う。
「まぁ、魔塔というものを今回、感じ取ってくれればいいのよ、セニアさんは」
ルフィナが優しく肩を撫でながら慰めてくれる。
「誰が効果的に戦えるかは、相性のようなものもあるから。私とゴドヴァンさんもあまり働けていないわ。まぁ、これから嫌でも必死で戦う場面が出てくるわよ」
ルフィナが苦笑して言う。
これまで、接近戦が有効な相手ではなかった。
「そうですね」
自分もいずれ役に立てる。思い、セニアは自分を納得させることとした。
「おいおい、ルフィナ、俺はちゃんと黒雷羊を見つけて役に立っただろ」
ゴドヴァンがすがるように口を挟む。どうやらルフィナに褒めてもらいたいらしい。巨躯に似合わぬ可愛げがあった。きっと、尻尾があれば振っている。
「それはちょっと目が良いってだけでしょ。ほら、そんなことより、もう時間よ、いきましょ」
ルフィナがゴドヴァンにはツンケンとして言い、いの一番に転移魔法陣に乗ろうとした。
「主様、お待ち下さい。まず俺からです」
大の字で寝ていたペイドランが起き上がって言う。無駄に反応が早い。そのまま転移魔法陣で第4階層へと行ってしまう。
ペイドランの後に続いて、全員で転移魔法陣に乗って第4階層へ向かった。
鬱蒼と茂る夜の森。森の向こうには黒い神殿がそびえる。ドレシアの魔塔第4階層は黒い神殿であった。
大きな音が響く。
既に戦闘が始まっていた。
「ペイドラン、そこの狐を飛刀で狙え!」
シェルダンが指示を飛ばしている。
2体の魔物と戦っていた。ともに人間の子供ぐらいの大きさだ。二本足で立ち、手には木の杖を持っている。ともに毛むくじゃらの体をしており、片方は白、もう片方は茶色だ。
「おーい、シェルダン、こいつらは階層主かぁ?」
大声でゴドヴァンが問いかける。そのせいで2体の注意を引いてしまうがお構いなしだ。
「他に魔物もいないし、手強い。おそらくは階層主でしょう」
鎖鎌を遣いながらシェルダンも答えた。若干、負傷しているらしい。黄土色の軍服に血が滲んでいる。
「ちなみに、白いキツネがフォックスウィザード、茶色のタヌキがラクーンマジシャンといいます」
大声でわざわざシェルダンが説明してきた。時折、披露するこの知識は一体どこから得ているのだろうか。
「手強いと言っても、私に魔術で敵うものか」
なぜだかクリフォードが魔物と張り合って、術式を展開する。早口で詠唱する速度も速い。
赤い円陣が中空に浮かび、熱気が肌を打つ。
「ファイヤーボールだ」
火炎球がキツネとタヌキを襲う。
ラクーンマジシャンが杖を掲げた。
「なにっ!?」
驚きもあらわにクリフォードが声を上げた。炎の玉がシュッと音を立てて消える。
「ちっ、古代魔法にある打ち消しというやつだな。魔物の癖に小癪っ!」
舌打ちするクリフォードを見て、ラクーンマジシャンが歯をむき出しにする。まるで笑ったかのようであり、セニアはひどくゾッとした。
「だったらキツネからだ」
ゴドヴァンがフォックスウィザードと向き合った。無詠唱で炎を繰り出してくるのを躱して、ゴドヴァンが斬りつける。
重い大剣の振り下ろしが、空中で止められた。
「またタヌキッ、お前かっ」
ゴドヴァンが叫ぶ。
ラクーンマジシャンによる物理障壁だ。さらに白い雷が、フォックスウィザードの杖からほとばしる。
ゴドヴァンが大きく飛び退いて難を逃れた。巨体に似合わぬ軽い身のこなしだ。黒雷羊のときは完全に油断していたが故に麻痺したのだろう。
「ハッハッハッ、やっぱり戦いってのは、こうでないとなぁ」
楽しそうに声を上げて笑うゴドヴァンに対し、フォックスウィザードとラクーンマジシャンも歯をむき出しにして笑った。3者ともどうやら気が合うようだ。
「まったく、なんで敵の魔物と意気投合してるのよ」
ぶつくさとルフィナが文句を言う。
魔術も剣撃も効かない。
「ならば」
セニアは巨大な閃光矢を作った。フォックスウィザードとラクーンマジシャン双方へ向けて放つ。
つまらなそうな顔でフォックスウィザードが黒い水流を叩きつけてきた。
あっけなく閃光矢は相殺されてしまう。
「今更そんな大振りの単発が当たるわけないでしょう」
味方のシェルダンにまで呆れられてしまい、セニアは肩を落とした。
「ギッ」
不意にラクーンマジシャンの方が悲鳴を上げた。
見ると飛刀が左脚に刺さっている。ペイドランのものだ。セニアの閃光矢を囮としたらしい。
「ああやるんですよ」
シェルダンが近くに来て告げる。敵の虚をつくことが大事だと言いたいらしい。正論だ。
他に敵が湧くかも知れず、ルフィナを守るべくセニアも後方に控えていた。
代わりに先頭に立っているのがゴドヴァンであり、大剣を軽々と振り回して斬りつけるも、ラクーンマジシャンにことごとく防がれてしまう。
攻めがフォックスウィザード、守りがラクーンマジシャンと役割分担がはっきりしている。
「一人であの2体を5分も相手取っていたの?」
呆れたようにルフィナが言い、シェルダンの負った傷を回復光で治療する。
脇と肩に浅い切創があった。
「まぁ、粘るだけなら、いくらでもやりようがありますから」
シェルダンが不敵に笑って言う。
「後ろで見ているとあのラクーンマジシャンの防御が抜けないのね。2体揃われるとこの面子でもキツイわね」
ルフィナがゴドヴァン、クリフォード、ペイドランの3人がかりで闘う様子を見て分析する。
セニアも加勢すべく剣を抜いた。おそらく他に魔物はいないのだと思う。
「なるほど、では、私に考えがあります。セニア様、援護を願います」
シェルダンが立ち上がって言う。
セニアも風のように駆け抜けてラクーンマジシャンに斬りかかる。振り下ろした一撃を物理障壁で止められた。
(援護しろって囮になってひきつけろってことよね?)
セニアはさらに横薙ぎの一撃を放つ。しかし、またしても止められる。
「ぐっ」
横合いから放たれた水の奔流をセニアは盾で受け止める。衝撃で盾ごと身体を飛ばされた。
「よくも愛しい人を!ファイヤーアローだ」
クリフォードが炎の矢を放つ。今回は巨大な1本ではない。細かく数百本の矢を速射している。
ラクーンマジシャンが杖を掲げた。中空に緑の魔法陣が生じ、ファイヤーアロー数百本を全て打ち消した。
「ハハハッ、これも打ち消すか、やるではないか」
とても楽しそうにクリフォードが笑う。
「ギギギッ」
対するラクーンマジシャンもとても楽しそうだ。
「何を楽しんでるんですか、まったく」
シェルダンが言い、いつの間に投じていたのか、ラクーンマジシャンの脚に巻き付けた鎖分銅を引っ張った。
そして、鎖分銅でラクーンマジシャンを捕まえたまま、一目散に駆け出した。不意をつかれたラクーンマジシャンはされるがままに引きずられていく。
「間違っても私を追うことが出来ないよう、引き付けておいてください!」
大声で言い捨てて、シェルダンがラクーンマジシャンとともに、森のどこかへ姿を消した。
後には、自分たち5人とフォックスウィザード、5対1という構図が残されていた。