55 奪われた聖騎士の教練書2
「では、多分、教練書はセニア様のお部屋にあると思います。うーん、多分、書棚か机じゃないかしら?あの人、物に鍵をかけるって発想無いですから。探せば見つかると思いますわ」
カティアの言葉に、アンセルスはかすかな違和感を覚えた。ミリアの方を見ても無反応である。無表情な護衛役に徹してくれているようだ。
(なんだ?私を疑っているわけではないだろうが)
アンセルスにもどこがどう、とは指摘できないのだが。
カティアからセニアの部屋の位置を教えられ、ミリアと2人で向かう。
美しい白い外壁の屋敷だ。賓客をもてなすためか部屋も多い。ただあくまでクリフォードの別荘だからか必要以上に大きくもなかった。
「すごい屋敷ね。人の手が行き届いていて、余裕を、なんか感じる」
ミリアが仏頂面で言う。制止を振り切ったり、裏稼業ということにしてみたり、怒らせてしまう材料はいくらでもあった。
「すまんな。あれは恩人の恋人で、出来れば殺さずに済ませたい」
塵1つ無い廊下を歩きながらアンセルスは謝罪した。
「別に、好んで殺しをしたいわけじゃないし、構わないわ。ただ、思い切る前に教えてちょうだい、次また一緒に仕事するときに困るから」
同じく命を救われたアイシラに忠誠を誓う同志である。ミリアも理解は示してくれた。
屋敷の主人であるクリフォードの部屋の隣りがセニアの部屋だ。ノックもせずにミリアが、ドアを開け放つ。
ふかふかの寝台にソファ、書き物机、書棚が2つ壁際に並ぶ。華美ではないが、居心地の良さそうな部屋だ。
(アスロック王国の民はあんなに苦しんでいるというのに)
ふとアンセルスの胸に義憤がこみ上げる。部屋がクリフォード第2皇子の隣部屋というのも不謹慎なものに思えた。
「気持ちは分かるけど。いいじゃない。かえって後ろめたさが消えたわ。探しましょ」
ミリアが、ポンッと背中を叩いて告げる。
机の上の小箱から鍵のかかっていない抽斗まで手際よく探している。剣士というよりまるで盗賊だ。
アンセルスはミリアの手を付けていない書棚を探した。大概は武芸書だ。
(表紙と中身だけ変えて偽装しているということもあるか)
1冊1冊、アンセルスは手にとって中身を走り読みして確認する。
黒い、背表紙すらない無題の冊子が目を引いた。最初のページに目を通す。目を瞠る。さらにページを繰って中身を確認した。信じられない思いで何ページも。
「あったぞ」
簡単に見つかりすぎてセニアの正気をアンセルスは疑った。
「何ですって!?」
まさかミリアも本当にあるとは思っていなかったらしい。信じられないという思いが声にあふれていた。
近寄ってきたミリアにもアンセルスは黒い冊子を見せてやる。
「隠してすらいなかったってこと?教練書の価値に気づいていないのかしら?」
呆れを隠すことなくミリアが告げる。
「一冊とは限らない。徹底的に探そう」
アンセルスは言い、頷くミリアとともに教練書の捜索を続行する。
だが、どれだけ探しても他の教練書は出てこず、あったのは1冊きりだった。
(1冊でも見つけられたなら上々だ。全く、手がかりさえも掴めなかったのだからな。あとはアイシラ様に渡すだけだ)
アンセルスは教練書を手にとって、屋敷の中、カティアを探す。無言で去っては怪しまれて追手を差し向けられるかもしれない。
「あら、見つかりましたか?」
調理場で料理人たちとともに夕食の準備をしているカティアを見つけた。カティアが柔らかく微笑んで尋ねてくる。
「ええ、この通り」
アンセルスが黒い教練書を見せると、カティアが微妙な表情を浮かべた。何か違和感を感じたものの、アンセルスは何だか分からない。
「お夕飯もいかがですか?」
カティアが更に申し向けてくれる。
「ありがとうございます。ですが、セニア様へ一刻も早くお渡ししないと。至急入り用とのことですから」
アンセルスは丁寧に断ってカティアの前を辞去する。これ以上、ここで過ごしてボロを出すのは避けたい。
特に引き止められることもなかった。
「全く、したたかね、あの女」
ルベントの街を出て、アスロック王国へ向かう山中でミリアが告げる。『あの女』とはカティアのことだろうか。
アンセルスは答えず黙って首を傾げる。
「あんた、上手くやった気だったかもしれないけど。全部、気付いてたのよ、あのカティアって娘。あなた、茂みから出てきてどう見ても不審だったわ。あの、黒髪の可愛い、ちっこい子の反応が普通よ」
前を向いたまま、ミリアが告げる。
「多分、私らが最悪、殺しまでやる気だったのもね。多分、バレてた」
続けてミリアがためらいもなく物騒な単語を口にする。
ようやくアンセルスも自分が抱いていた違和感の正体を察した。
「では」
アンセルスも一連の流れを思い出そうとする。
「目的が教練書だと知って。強盗されて命を取られるぐらいなら、体よく渡してしまったほうがいいって判断したのよ。あの短い時間でね。大したもんだわ」
感心しつつもどこか呆れたような口振りだ。
「じゃなきゃ、ああいう屋敷の侍女なら普通、セニア様の部屋まで案内くらいするでしょ。途中でこっちの気が変わって殺されたくないから。放っといてくれたのよ」
言われてみればすべてミリアの言うとおりであった。
ミリアの言うカティアの思考は、生き延びるという側面では、極めて適切なものに聞こえる。
「セニア様が、ドレシア帝国では人望が無い、というのは本当かもしれんな」
しみじみとアンセルスは言った。
「そうね、1番忠実に仕えているはずの侍女からして、大切な教練書よりも自身の命を優先するぐらいですもの」
ミリアの言うとおりである。
教練書の価値は計り知れないものがある。素質あるものを数多く聖騎士と出来れば、多くの人を救えるのだから。
カティアという女性は小賢しいだけで大義に欠けるのだ、とアンセルスには感じられた。
「まぁ、でも抵抗したところで殺してでもこの教練書は手に入れるつもりだったから。命だけでも拾うよう動いたのはやっぱり賢かったのかしら?」
ミリアが笑って言う。
「私が大人しくしてたのは、その賢さに敬意を払ってってとこもあるのよ」
現在、セニアの参加している魔塔攻略も危なっかしいとアンセルスは思った。
魔塔攻略に失敗すれば、ドレシア帝国もアスロック王国と同じ末路を辿ることとなるだろう。
「ドレシア帝国の未来も暗いな」
アンセルスはポツリとこぼした。
「そうね、でも、ま、いいわ。おかげで私らも手を汚さずに、無事、仕事を終えることが出来たのだからね」
言うミリアとともにアンセルスは、アスロック王国への帰路を急ぐのであった。
結果よければ全て良し、である。
いつも閲覧頂き、真にありがとうございます。
起こっている出来事としては、『聖騎士の教練書、渡しちゃった。だって死にたくないんだもんbyカティア、テヘッ』が正しい表題かもしれませんが(汗)
作品の雰囲気が変わりすぎてしまいますので、どうか一つご容赦をお願いします。




