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50 ドレシアの魔塔〜第2階層3

「油など使わなくとも、火力が必要なら私がやろう。油を取りに戻るだなんて、時間と労力と物資の無駄だ」

 存外に強い口調でクリフォードが言う。よほど自信があるらしい。

 セニアが驚いた顔をしている。

(そういえばクリフォード殿下は炎魔術の遣い手とのことだが)

 シェルダンも思い出して納得した。

 しかし、シェルダンにとってクリフォードの実力は未知数なのである。

 そこで、自分以外の反応を見るに、ペイドランは寝ていてまったく参考にならない。ゴドヴァンやルフィナが妙に納得した顔をしていた。

「そういや殿下がいたな」

 ゴドヴァン騎士団長からの、なかなか失礼な言葉である。 

 咎めるようにルフィナが睨む。

「あまり、ほら、第1皇子殿下の側近だったから、よく見てはいないんだけど。確かに殿下の炎魔術なら油要らずかもね」

 ルフィナがシェルダンに向かって説明してくれた。

「2人ともそんなっ!もっとはっきり仰ってくださいよっ。シェルダン、私は本当に燃やすのが得意なんだっ!信じてくれっ!」

 なぜか必死になって自らを売り込んでくるクリフォード。総大将は自分自身だと忘れたのだろうか。シェルダンがどう思い、感じようと最後に優先されるのはクリフォードの決定だ。燃やしたければ、勝手に燃やせばいいのである。

「やはり油をとってきましょう。中途半端な攻撃を仕掛けて反撃されるくらいなら、一度の攻撃を一気呵成に仕掛けて、勝負を決めるべきでしょう」

 シェルダンは試しに反対してみた。ただの嫌がらせだ。わざとらしくため息までついてみせる。

 意図に気付いたゴドヴァンやルフィナがニヤニヤと笑い出し、セニアも真面目に考え込む。まとまりのない集団である。

 カティアや第7分隊の隊員が恋しくなってきた。なんならこのまま帰りたい。

「ま、待ってくれ、シェルダン。君は私とセニア殿を戦力として、一段、下に見ているようだが失礼だぞ。少しは信じて任せてみてくれ、仲間じゃないかっ」

 対等な立場で言われれば心も動くかもしれない。絶対的に立場が上のクリフォードに言われても困惑しかないのである。仲間意識も悪いものではないが、自分には甲斐性を見せてほしい。

(だが、しかし、だ)

 ここを倒したとして、まだ3つの階層が残っている。ここでクリフォードの実力を見ておくのも悪くない、とシェルダンは思っていた。

「確かに失礼を申し上げました。そも私に決定権などありません。総大将のクリフォード殿下からの下知となれば、ご案内致します」

 わざとらしく大袈裟にシェルダンは言ってやった。

 ようやくクリフォードも自らの立場を思い出したらしい。きまり悪そうな顔をする。

 ペイドランを叩き起こし、シェルダンは2人で天幕を片付ける。

 索敵をしていたときと違い、セニアとゴドヴァンもいるのでかなり楽に進めた。自作の地図を見ながらシェルダンは一同を先導する。

「これならまだまだ、最古の魔塔の第1階層より楽だな」

 クロヘラヅノを正面から斬り倒してゴドヴァンが告げる。いつ見ても恐ろしい怪力だ。

「えぇ、定期的に人の手が入っているため、瘴気が少ないのでしょう」

 いろいろと思うところはあれ、シェルダンは相槌を打つに留めた。

 自作の地図では、3の方角の最奥。先頭を行くシェルダンは急斜面へ落ちる前に一同を制止した。

「なるほど、あれか」

 クリフォードが隣に立って言う。腕組みをして、イビルツリーを見下ろしている。おやと思うほど冷静な眼差しだ。

「油が要るなどというからどれほどのものかと思っていたが、随分と小さいじゃないか」

 自信と余裕に満ちた口振りだ。過信でないことを祈りたい、とシェルダンは思った。

「とりあえず殿下の魔術の射程に入りましょう。枝などによる攻撃は私、セニア様、ゴドヴァン様で引き付けます。ペイドランに後衛のお2人を護らせましょう」

 ざっと50ケルド(約100メートル)は離れている。せめて半分ぐらいは距離を詰めないと戦いにならないだろうとシェルダンは計算した。

「良い。ここからで十分だ」

 薄く笑って、クリフォードが言う。

 一瞬、シェルダンはクリフォードの言葉を理解できなくなった。何か特別な技能でも身に着けているのか。

「一方的に灼き尽くしてやろう」

 いぶかしく思うシェルダンは熱気を感じ、とっさに大きく飛び退いていた。

 クリフォードが何事か詠唱しつつ忙しく手を動かして、中空に赤い円陣と複雑怪奇な紋様を描く。

「な、なんだ、これは?」

 思わず口に出してしまうシェルダン。

「うん?シェルダンは魔術を見たことがないのか?そういえばゴドヴァン殿といい、レナート殿といい、魔術師ではないものな」

 何食わぬ顔でクリフォードが言う。雑談をするということは、もう詠唱を終えたということか。

 見たことはある。呪文を唱えて、魔力を込めて、何かしらかを放つのだ。シェルダンにとってはそれが魔術である。こんな魔法陣を伴うものなど見たことがない。

(何かきっと俺が聞いたこともない、古代魔法みたいなのかもしれん)

 ゴシップ誌で読んだことがある。きっと皇族だけが使える特別な魔術があるのだ。

「今回はファイヤーボールで十分だろう。ほら、行け」

 まるで子犬でも追い立てるかのような口調でクリフォードが告げる。

 初級の炎属性魔術『ファイヤーボール』、拳大の火の玉を放つ魔術だ、とシェルダンは認識していた。

 眼前では赤い円陣から巨大な火炎球が飛び出し、イービルツリーに降り注ぐ。見る見るうちにイービルツリーが炎に包まれていく。

 既に枝も幹も炭と化していた。

「まさか、これは桁違いだ」

 呆然としてシェルダンは呟く。セニアの閃光矢といい、巨大な攻撃をするのが昨今のやり方なのだろうか。

 ゴドヴァンがポンポン、と肩を叩いた。ルフィナもその隣で苦笑いを浮かべている。

「殿下は見た目とは裏腹にポンコツだが、炎属性魔術は本物だ。結構、戦闘では頼りになるぞ」

 ゴドヴァンが笑顔で告げる。裏の裏は表、だとでも言いたいのだろうか。

「あぁ、シェルダンはちゃんとした魔術師を見たことがないのか。真に理を解し、魔術の原理を捉えていれば、これぐらいは容易いのだよ」

 こともなげにクリフォードが言う。

 やがて、魔力を消費し尽くしたのか、魔法陣が霧消した。イビルツリーのほうもすでに跡形もない。

「手品程度のことしか出来ない者も世間には多いからな。本来はこれぐらいが普通であるべきだ」

 普通の魔術師たちも戦場で共闘していてかなり心強かったものだが。クリフォードの主張にはシェルダンも素直には頷けなかった。

 魔術の談義をしたいわけでもない。

 シェルダンはクリフォードに尊敬の眼差しを向けるセニアに気付く。

「殿下はもっとセニア様に戦う姿をお見せしたほうがよろしいかと」

 ボソリとシェルダンは溢した。今まで見たことのないものの連続だ。女性の目からは優男の貴公子が破壊力抜群の火炎球を放つのは惚れ惚れとするものなのだろう。

「ん?なんだ?どういう意味だ?」

 残念な第2皇子殿下には理解できなかったようだが。

 戸惑うクリフォードを他所にシェルダンはイビルツリーの焼け跡を見下ろす。

 灰の中に黒く光る玉が残っている。階層主の核だ。あれを破壊しないと終わらない。例えばここで核を放置して引き返すなどした場合、いずれイビルツリーが瘴気を集めて復活することとなる。

「実に容易かったが、本当に階層主なのか?実はまだ何か」

 自信を取り戻したクリフォードがシェルダンに問う。若干、調子にすら乗っているようにシェルダンには感じられた。

「セニア様、あの黒く光る玉を閃光矢で射抜いてください。それでこの階層を攻略したということになります」

 シェルダンの言葉を受けて、セニアが核へ駆け寄り、閃光矢で砕いた。

「おおっ」

 クリフォードが、瘴気の晴れた青空を見上げて声を上げた。実際は瘴気が尽きた証に青い天井を見せられているだけなのだが。

「あら、久しぶりに見るけど、いつ見ても良いものね。この青空」

 ルフィナが微笑んで言う。

 攻略されて瘴気の晴れた階層には神聖術のオーラも不要だ。

「さて、ここで魔力、体力を回復し次へ向かうとしましょう」

 イビルツリーのいた場所に次の階層への転移魔法陣が産まれた。シェルダンは魔法陣を眺めつつ一同に告げるのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] イビルツリー攻略おめでとうございます♪ 順調ですね♪
[一言] おお! ここへ来てこの階のボス、イビルツリー登場!! シェルダンも油を頼んだものの、なんとクリフォードは炎魔法の使い手だったとは!? その威力も中々なものだったとは。 やる時はやる!確かにセ…
[良い点] クリフォード殿下の素敵な所が見れて良かったです! ギャップ萌えでした。 普段もっとしっかりしてくれればセニアさんも認めてくれそうですね(笑) [一言] シェルダン、キャラが崩壊するぐらい驚…
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