5 盗賊後始末
シェルダンはカディスと2人で盗賊の頭を引っ立てていく。居間と思しき広めの部屋で、ハンス、ロウエン、リュッグの3人が生け捕りにした盗賊たちを縄でがんじがらめに縛り上げていた。
室内は盗賊どもの食い散らかした食べ残しや洗っていない食器が臭っている。風呂も洗濯もろくにしていないのか、すえた臭いがした。シェルダンは顔を顰めてしまう。なんであれ、だらしないのは不快なのだ。
「隊長」
ハンスが顔を上げて嬉しそうに笑う。無事を喜んでくれている。切替の早いのがハンスの美点であり、背中を蹴られたことは忘れたようだ。
「とりあえず一人も逃さなかったし、こちらの人的損害はなし。みんな、よくやった」
隊員たちを労いつつ、シェルダンは室内の物品を確認していく。
ドレシア帝国においては、盗賊たちの略奪品は一度国庫に納められてから、被害者へ返還される。現場の兵士としては、被害者のためにも見落としが許されない。
(アスロック王国では、現場の指揮官が私腹を肥やすので煩くて、あれはあれで、必死に探させられたな)
嫌なことをシェルダンは思い出す。おかげで盗賊がどういうところに隠すのか、鼻が利くようにもなったのだが。
「ん?何だ、これは」
シェルダンはテーブルの隅に置かれていた書類を手に取った。ドレシア帝国とアスロック王国に跨がる地図であり、線と矢印が書き込まれている。
「おい、これは何だ?」
シェルダンは気絶していた盗賊の頭領の頬を平手で張って、言葉通り叩き起こした。
「ぐぅっ、ううっ」
うめき声を上げて、ゆっくりと目を開けた盗賊の鼻先に、先の書類を突きつけた。
「あ?地図だよ、見りゃ分かるだろ」
視界がはっきりするや、ふてぶてしく言う盗賊の頬を、シェルダンは平手でしたたかに殴った。
「げえっ、畜生、何しやがる!」
頬が腫れ上がり、恨めしげに言う盗賊の頭領を、冷たくシェルダンは見据える。
「俺が分かっている程度のことを、いちいち殴られないと言えないのか?」
低い声でシェルダンは言い、更に片刃剣への柄に手をかけた。
本当は大体のところの察しはつくのである。単に確信が欲しくて問い詰めているだけだ。
「分かった、言うよ。商人の旅程表だ。荷車数十台もいるから、近くを通ったら襲うつもりだったんだよ!」
本当に斬られると思ったのか、慌てて盗賊の頭領が白状する。
実際、言わなければ本当に斬るつもりだったので、シェルダンは舌打ちした。盗賊など本当は斬ってしまいたいのである。
「隊長、一体何事ですか?」
騒ぎを聞きつけて、カディスが近寄ってくる。怯えている盗賊の頭領に訝しげな視線を向けた。
シェルダンは手招きでロウエン、ハンス、リュッグも呼び寄せた。3人とも何事かと自分とカディスのやり取りを眺めていたのだ。
近寄ってきた面々も加えて5人で地図を眺める。
「この馬鹿盗賊どもが襲撃しようとしていた商隊の旅程表だ。何か気付かないか?」
シェルダンの言葉に全員が真面目に考えこむ顔をしていた。
「物資の足りないアスロック王国へ、物資の豊かなところで廉価な商品を集めてから売り捌けば確かに儲かる。輸送費もまとめて運べば知れてる。ぼろ儲けのいい商売ですね」
ハンスが間違ってもいないのだろうが、シェルダンの求めていたのとは違う回答をした。
「よおし、ハンス。お前は退役したら商人になれ」
うまい返しを思いつけなくて、シェルダンは思ったままを口に出した。
ハンスが照れたように頭を掻いている。
「ハンス、恐らく隊長は褒めていないとおもうぞ」
相棒のロウエンに窘められていた。
「急いでいるんですかね。魔塔に随分と近い気がします」
カディスが首を傾げて言う。
魔塔というのは魔物を内包している塔である。中にいる魔物が溢れてきて近隣の町や村に害をなす。人心の乱れから生じる瘴気を、核となる魔物が吸収し、力と為して塔を作るという。
だから、統治がうまくいっているかどうかを測る指針でもあって、現在ドレシア帝国に1本、アスロック王国に4本、存在している。両国の国情を体現しているかのようだ。
「俺が危惧したのはそれだ。明日の昼頃に、最接近する予定となっているな」
シェルダンも地図を睨みながら言った。このままでは盗賊に襲われなくとも魔物に襲われてしまう。
「つまり、救助に行くと?」
ロウエンが口を開いた。反対しているわけではないが、盗賊偵察の任務からは大きく逸脱することとなる。
既に制圧はしたものの、報告の必要もあれば被害品返還の任務もあった。
ただし、誰も反対はしない。人命がかかっているからだ。
「盗賊どもはどうしますか?」
更にロウエンが部屋を見渡して尋ねる。
「ぎっちり縛り上げて、穴を掘って生き埋めにしよう」
迷いなくシェルダンは告げる。縛って埋めればまず助からないが仕方ない。逃がすよりは良いだろう。見せしめにもなる。アスロック王国ではよくやっていたものだ。
「うへえ」
ハンスが嫌そうな顔を露骨にして声を上げた。軟弱な態度である。矯正するための追加訓練が必要だ、とシェルダンは思った。
「隊長、さすがにやりすぎです」
カディスにまで反対されてしまった。顔を顰めている。心の内で、シェルダンはハンスへの追加訓練を取り消した。
「そうだな、じゃあ、埋めるだけにしよう」
譲歩してシェルダンは告げた。ロウエンがもの言いたげな顔をした。
カディスがため息をつく。
「隊長、縛り上げるだけでよろしいかと」
どうやらドレシア帝国では、あまり盗賊を埋めないものらしい。
「そうか、すまん」
素直にシェルダンは頭を下げた。軍は概ねどこも似たりよったりと思っていたが、細かいところは随分と違う。
「いえ、アスロックでは基本、埋めていたのですか」
再び盗賊をきっちり縛り直しつつカディスが尋ねる。刃物などが無いか、所持品検査も徹底した。
「こちらの兵に対して魔物や盗賊のほうが多かったからな」
本当に、その場で死なせてしまう方がお互いに楽だった。生かしておいたところで、まともな仕事につける者の方が少なく、更生などしたくても出来ない人間がほとんどだった。
「ドレシアはアスロック王国ほどひどくはありません。過度に苛烈でいらっしゃる必要もないかと」
やんわりとカディスが窘めてくる。
シェルダン自身も、必要以上にアスロック王国でのやり方を強いるつもりはなかった。
「こいつらが縄から大人しく抜けないでいたら考える」
真に守られるべきは平穏に暮らす民である。必要以上の厳しさなのかどうかは、民に被害が及ぶかどうかで判断すべきだ。
カディスが苦笑する。
ハンターとペイドランの二人が戻ってきた。
「隊長殿、ハンター、ペイドランの2名、無事に戻りました」
年重で軍歴の長いハンターが報告する。黒髪で青みがかった瞳を持つペイドランが面白がって、芋虫のように転がる盗賊たちを眺めていた。剣先でつついている。妙なところで、子供っぽい部下なのだ。
「首尾は?」
短く、シェルダンは尋ねた。カディスたち他の隊員は盗賊を縛り直すのに集中している。
「ええ、略奪された被害品は既に玄関口に集めてあります。見落としはありません」
ハンターの報告は要領を得ていてわかりやすい。断言ができるというのは、それだけ丁寧に作業をした、ということだ。屋敷の中を回ったのは一周二周ではないだろう。
「そうか、後で確認する。ご苦労だった」
シェルダンは二人を労って、いま、縛っている盗賊の足首をぎりぎりと締め上げる。
「しかし隊長、なぜ、こいつらを縛り直してるんですか?」
ハンターとペイドランが訝しげな顔をしている。
「この連中が襲撃しようとしていた商隊が、明日、魔塔の近くを通る。救出に向かう必要が生じたからだ」
シェルダンの言葉にハンターが考える顔をした。既に盗賊たちの大半は手も腕も足も足首も全て縛り上げられて、芋虫のように転がっている。
「なるほど。了解しました。ほぼ縛り上げは終わったようですな。遅れて申し訳ありません」
ハンターが頭を下げた。商隊の救出については納得してくれたようだ。
「リュッグ」
シェルダンは陰気な黒髪の部下を呼び寄せた。
「他の部隊に状況がわかるよう、応援要請の狼煙を上げてくれ」
近くを巡回している分隊を呼び寄せる必要がある。このねぐらに来て、盗賊と被害品の回収をしてほしい。
「了解しました」
リュッグが屋外へと向かう。
兵士にしては珍しく、リュッグも微弱な魔力を有している。簡単な魔道具の起動・調整できるので、隊では若いながら重要な存在だ。
「まだ信号弾は残しておけよ」
リュッグの背中に、シェルダンは告げた。
更に、縛り具合の相互確認を実施して、6人で外へ出る。
盗賊の次は魔物だ。本音としては何も無いことを祈ってはいるが。