44 第7分隊〜ペイドラン3
「それはどうも。こんな無粋な真似をして、一体、どういうおつもりですか?」
言いながらシェルダンが慰めるように、そっとカティアの腰に手を回して抱き寄せる。対するカティアも愛おしげにシェルダンの顔を見上げた。
確かに恋人との逢瀬を邪魔されたシェルダンにとっては、自分の出現やゴドヴァンの攻撃は無粋な真似だろう。ペイドランは申し訳なく思った。
「腕が鈍ってないかの確認だよ。また、一緒に魔塔を上ろうぜ」
ゴドヴァンがニヤニヤしながら言う。まるで遊びにでも誘うかのような気軽さだ。
どこか粗野で乱暴なゴドヴァンの物言いがペイドランも昔は苦手だった。
「言い方を考えなさいな。全くあなたはもうっ!シェルダン、また力を貸してくれないかしら?あなたが来るのと来ないのとでは、全然違うんだから」
ルフィナがペシッとゴドヴァンの肩をはたいてから言う。注意しておいて結局、同じことを言っている。
「レナート様の亡き今、我々3人を繋ぎ止めるものは何もありませんよ。あんな綱渡り、私はもう二度と御免です」
はっきりとシェルダンが拒絶した。
露骨にカティアが安堵の表情を浮かべる。
話題に入れず、ただ見ているだけのペイドランにとって、シェルダンの反応は意外なものだった。
(口だけでも隊長ならやりますって、言いそうだけど。本気でやりたくないなら、手抜きだけして)
サーペントのときや商隊救援のときも、何だかんだでシェルダンは人助けをしている。ペイドランにとっては何を考えているか分からないが、面倒見の良い、人の良い上司であった。
(ちょっと怖いんだけど)
内心でちらっとペイドランは付け足した。
相手は第1皇子シオンの腹心である。いくら古い知り合いでも警戒はして、見せかけでも話だけは受ける、というのがいかにもシェルダンのやりそうなことだった。
「父は確かに亡くなりました。でも、まだ私がいます」
新しい声が割り込む。
水色の髪をした聖騎士セニアである。地味な黒いドレス姿でまるで侍女かなにかのような格好だが、それでも驚くほど美しい女性だ。
傍らには第2皇子クリフォードの姿もある。
「あなたにそう言えるだけの力はありませんよ。剣技でゴドヴァン様に劣り、神聖術ではレナート様に劣る。実に中途半端な存在です」
シェルダンから出たのは、再度はっきりとした拒絶だ。
身分の違う人々にもまるで動じていない。いつものへりくだった態度は見せかけだったようだ。初めて、シェルダンの本性を見た、とペイドランは思った。
それだけシェルダンも動揺しているのだろうか。
「確かにそうかもしれません。でも、今生きて、私は努力を続けています。そしてこれからもその証をご覧になってください。かつて父を評価したというその目で」
セニアが柔らかく微笑む。
眩しい。幻覚ではなく、光がセニアの身体を包んでいた。
「閃光矢ですか。しかし」
冷静に口を開いたシェルダンが言葉を切った。
巨大な光の矢が宙に浮いている。先日見た、サーペントの死体よりも大きい。
「隊長、これは、これならどんな魔物だって」
思わず興奮してペイドランは口走っていた。
「ペイドラン」
しかし、シェルダンが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「一人前の聖騎士様はこれぐらい出来て当然だ」
珍しくシェルダンがムキになっている。認められないというよりは認めたくない、という印象だ。
隣で心配そうな顔をしているカティアのせいだろうか。
「私を一人前と認めてくださるのかしら?」
セニアが冗談めかして挙げ足をとる。
「まだ、教練書をマックス様からの1冊しか読まれていないはずです。未だ閃光矢とオーラぐらいしかご使用になれないのでは?」
シェルダンが冷ややかに返した。いい気になるなと言わんばかりの口調である。
「確かにそのとおりですが。ただ、ゴドヴァン様、ルフィナ様からは、実戦でも通用すると太鼓判を押して頂けましたけど」
戸惑いをあらわに、セニアがゴドヴァンとルフィナとを見て言う。
まだ、閃光矢が宙に浮かんでいる。一切のゆらぎもなく、魔術の類を知らないペイドランから見ても莫大な力が篭められていると分かった。
「そもそも閃光矢は、とっさの牽制のため、数発を速射する技です。それを巨大化するなどとは。正気の沙汰とも思えません。実戦で、というのは最低限の、ということでしょう」
そっけなくシェルダンが言う。なぜ聖騎士の技にシェルダンが精通しているのか。底が知れない。ペイドランは恐ろしく思うのだった。
「シェルダン殿、しかし」
またセニアが口を開いた。
カティアに物凄い形相で睨まれて黙らされる。
「なぜ、あなたたちは、シェルダン様に過度の負担をかけて死なせようとするのですか?」
一同を見回してカティアが問いかける。あまりの迫力にクリフォード始め誰も言葉を返せない。
「カティア殿」
落ち着いた声音でシェルダンがカティアに呼びかける。
「この方たちに正面切って啖呵を切るのはあまり得策ではありません。しかし、私ごときのためにそこまで仰って頂けて嬉しく思います」
シェルダンがカティアと閃光矢とを見比べて複雑な表情を浮かべる。
なぜか誰も話しかけられないような雰囲気だった。あくまでこの話の結論を出すのはシェルダンだと皆分かっているかのようだ。
「セニア様、オーラは他人にかけられますか?」
沈黙を破ったのもシェルダンだった。
「え?は、はい」
セニアが急に訊かれてたじろぎつつも答えた。
聞くだけのペイドランには、オーラなどの単語からして分からない。
「何人ほど?」
頷き、シェルダンが尋ねた。
「5人です」
セニアの答えに、シェルダンが考え込む顔をする。
「少し、考えさせて頂けますか?出陣の前までには回答を致しますので」
これ以上の譲歩はない、とシェルダンの目が言っている。
「今すぐに答えられないのか?」
クリフォードが焦れったそうに言う。
「繰り返すがシェルダン。君の参加は君が考えている以上に重要らしい。私自身に見識はないが、同じく魔塔を上ったゴドヴァン殿とルフィナ殿が太鼓判を押すんだ。是が非でも欲しい。多少の条件なら呑む」
逆にクリフォードのほうが驚くほどの譲歩を見せてきた。
困ったようにシェルダンが微笑む。
「分かりました。今、思いつく条件を1つだけ。もし申し上げても良いのなら」
シェルダンの目がなぜか自分を見据えたので、ペイドランはたじろいだ。気圧されて後ずさってしまう。
「そこにいるペイドランを、ゴドヴァン様、いやルフィナ様ですか?その密偵の任務から解き、私の部下として2層より上の攻略に同行させてほしいのです。そして、今後は正式に軽装歩兵として人生を歩ませてください」
シェルダンの思わぬ言葉に、ペイドランは愕然としてものも言えなくなってしまう。もともと場違いなところに居合わせてしまい、話など1つも出来ていないのだが。
「それを呑んで頂けるなら、前向きに検討致しますが」
ゴドヴァンとルフィナが意味ありげにペイドランを見た。明らかに面白がっている。恐らく条件は飲まれてしまうだろう。魔塔の上層などペイドランには想像もつかないというのに。
シェルダンが優しく、不安そうなカティアを抱き寄せて背中を撫でる。耳元で何事か優しく囁きかけていた。心配しないで、と言っているようだ。
「あぁ、ペイドラン」
シェルダンが顔を上げてカティアを放した。
「俺は帰るが。カティア殿に手を出すのは止めておけ」
ニヤリと笑ってシェルダンが告げる。ただ目は笑っていない。
「何かあればお前を殺すし、魔塔にも上らないからな」
言うことにいちいちどすが効いている。
改めてシェルダンは怖い、ということをペイドランは胸に刻み込んだ。