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4 盗賊殲滅

 アスロック王国を出て半年後。

 ドレシア帝国西部、祖国であるアスロック王国との国境にほど近い山中に、シェルダンは自らの指揮する分隊の隊員とともに潜んでいた。

 森の中の少し開けた場所だ。焚き火も使わず寝袋だけで、もう10日間、潜伏している。

「隊長、敵に動きはありません。偵察に出ていたロウエンとハンスからの報告です」

 副官のカディスが淡々と報告する。黄土色の軍服の上下に、同色のキャップ帽子という出で立ちだ。軍服は上衣が長袖シャツ、下衣が長ズボンであり、上衣の胸元にはドレシア帝国国章があしらわれていた。

 カディスのキャップ帽から覗く髪は群青。ドレシア帝国では多い髪色だそうだ。腰には片手で使う片刃剣を差している。シェルダン含め全員同じ格好だった。アスロック王国軍のように経費削減のため無色、ということも、縫い目が粗い、ということもない。

(何より収納が良い)

 ポケットも多いのである。個人的には軍服だけでも亡命して良かったと思えるのだった。

 シェルダンは月明かりの中、自身も遠目に盗賊のねぐらがある方角を見やる。夜間偵察の良い訓練でもあった。

 ねぐらというのは使われなくなった貴族の邸宅であり、今は20人ほどの盗賊が住み着いている。

(できれば、ここで殲滅しておきたい)

 再士官を認めてくれたドレシア帝国のために、出来ることはしておきたい、とシェルダンは思っている。

 たちの悪い盗賊たちであり、危うくなると緩みきった国境を越えてアスロック王国に逃げ込むのだ。ドレシア帝国軍も他国の国内にまでは、おいそれと追跡をかけられない。

(そして、アスロック王国の地方軍などまるで機能していない)

 手に取るようにシェルダンには分かるのであった。

「敵の人数に増減は?」

 短くシェルダンは尋ねた。ロウエンとハンスにはただ、監視を命じている。どこまでしっかり見てきたかで2人の力量も知れるというものだ。

「変わりありません。21名のままです」

 カディスが表情を変えずに答えた。無表情なのは、新参でありながら分隊長となった自分に反感があるのではない、と早い段階で分かっている。沈着冷静な人柄であり、弱冠19歳で副官を任せられる実力と判断力があった。

 半年前に再士官をし、つい20日前には働きを認められて軽装歩兵の一個分隊を任された。隊長含め7名の分隊、これが7つ集まって隊長含む50名の小隊となるのがドレシア帝国の軍制である。

「隊長殿、どうしますか?応援を待ちますか?」

 尋ねてきたのは年かさの隊員でハンターという。既に40を幾つか超えたベテランだが、色黒の日焼けした、ごつい体格をしており、若手とは違う迫力を持つ。

 ハンターの隣で狼煙や照明弾の点検を行っている若者がリュッグ、黒髪に青みがかった瞳の新兵がペイドランという。二人とも人数が揃っている場では遠慮があるのかあまり喋らない。

 通常、7名の分隊に対して21名の盗賊というのはいかにも多い。一応、小隊長からの指示は偵察と監視である。

「いや、我々だけでやる。そろそろ動き出すだろう」

 最後に盗賊団が略奪に出たのは5日前だ。猶予があれば応援を待って確実を期したいが、直近の住民に被害を出すのもいただけない。

「相手は21名ですか。確かに俺らで捕まえりゃ大手柄だ」

 偵察から戻っていたハンスがやってきて軽口を叩く。端正な顔立ちの優男であり、街に戻ると女性に人気があるらしい。

 シェルダンは座っていたハンスの背中を蹴り飛ばした。

「ってぇ」

 体の正面から地面に突っ伏す羽目になったハンスが、振り返って恨めしそうに見上げてくる。

「手柄目当てじゃあない。このまま放置しては村人に害をなす恐れがあるから、緊急に殲滅を試みる。何のために軍人が必要とされるのかも分からないのか?」

 シェルダンはハンスを冷たく見下ろして告げる。新参であり、他国出身でもあるので軽く見るものがいることを、ある程度覚悟はしていた。正直、ハンスの軽口くらいは可愛いものなのだが、隊の中ではしっかりとけじめをつけておきたい。

「そうだ、ハンス、今のはお前が悪い」

 長身のロウエンも言う。寡黙で冷静な男なので、軽率だが勇敢なハンスとは良い組み合わせなのだ、と早い段階で分かった。

「ちっ、分かってるよ。失言だったことぐらい」

 ロウエンにハンスが言い、シェルダンに向き直って直立する。

「隊長殿、誠に申し訳ありません。以後、改めます」

 根は悪い男ではないのだった。軽口と失言だけはいくら言っても治らないのだが。

 アスロック王国にいた、賂を受けないと、軍務に手抜きすらする連中より数段マシである。腐敗とは無縁の軍隊がここまで居心地が良いことに、シェルダンは驚かされる日々であった。

 アスロック王国であれば、この手の任務は上官が村人から賂でも貰っていない限りは発生しない。

「その失言癖は、お前自身にとっても損をさせる。よく気を付けろ」

 厳重注意をするに、シェルダンは留めておいた。まだ21歳の自分よりハンター以外の全員が更に若いのである。

 盗賊たちが寝静まる夜半を待って、シェルダンたちはねぐらとなっている邸宅に接近した。

 屋敷の壁近くになってから、シェルダンはカディスを手招きして呼ぶ。

「俺が一人で裏に回る。お前達は正面から突っ込め」

 端的にシェルダンは指示した。6名で正規軍の兵士が攻め込めば裏から逃げる者が少なからず出る、と読んだ。自分が離れる以上、正面側の指示は副官のカディスに一任せざるを得ない。

 カディスが無表情に頷く。

 大した盗賊ではない。また、自分たちもアスロック王国のような腐った軍隊の兵士ではないのだ。

 一人、シェルダンは屋敷の裏に回る。潜むのに都合の良い壁際の死角に潜む。屋敷から出た人間からは見えない位置だ。

 気配を殺して待つ。

 ドアを蹴破る音がシェルダンの位置にまで響く。

「正規軍だ!盗賊ども、逃げ場はないぞ!」

 カディスの怒鳴り声がした。皿や棚などの家具を壊す音、盗賊たちの断末魔の悲鳴、命乞いなどが聞こえてくる。

 シェルダンは人の気配を感じて片刃剣を抜き放つ。

 7人ほどの盗賊が屋敷の裏口からこそこそと現れる。壁の陰から、不意を打って、シェルダンは先頭の一人を逆袈裟に切り倒した。

「ぎゃっ」

 血を噴いて盗賊が倒れる。

 続く一人にも反応する暇を与えない。上げた刃先を切り下ろす。

 更に3人目。横薙ぎの斬撃で切り倒す。軍の調練では基本的に片刃剣での戦闘を想定している。シェルダン自身も通常では鎖鎌を使わないのだ。

「な、なんだ、てめぇっ」

 盗賊の首領だ。髭面の大柄な男。人相は頭に叩き込んでいる。

 シェルダンはいつもどおり、身体能力を魔術で強化していた。一瞬で距離を詰めて、鳩尾を剣の柄で打つ。首領が膝から崩れる。

「か、かしら、駄目だ、逃げろ!」

 残る3人の盗賊がばらばらに逃げようとする。

 シェルダンは比較的近くにいた2人を追い縋って背中から斬った。

 最後の一人に目をやると、カディスが既に組み伏せて制圧している。

「隊長、中の制圧は終わりました」

 カディスが盗賊を縄で縛り上げながら報告する。

「しかし、一人で6人を倒されたのですか」

 シェルダンの切り倒した盗賊たちを確認して、更にカディスが加えた。中にいたのが14人だろう。カディスたちは一人あたり2.3人を倒すので済んだ、ということだ。

「こちらの損害は?」

 敵に与えた損害よりも味方の損害を確認するほうが先だ。

 シェルダンは片刃剣を鞘に戻しながら尋ねる。

「ハンスとロウエンがかすり傷を。動けない負傷ではありません」  

 明瞭な報告であった。極めて有能な副官をつけてもらえたものだ、とシェルダンは思った。

「分かった、中へ戻ろう」

 カディスとともに屋敷の中へ向かう。

 結果だけを見れば容易い戦いだった。が、シェルダンが自ら裏に一人で回って帳尻を合わせなければ何人かに逃げられていただろう。

「丁度いい戦いだった、か」

 分隊としては初陣であり、特に若い数人には経験を積ませたかった。直接、戦いざまを見られなかったのが残念ではある。

「まぁ、全員、よくやったとは思う」

 シェルダンはカディスに告げるに留めておいた。

 少なくともアスロック王国の軍人時代よりよほどやり甲斐も希望もある。それで十分だった。

 

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― 新着の感想 ―
ポケットが増えて喜んでいるシェルダンさんがなんだか可愛いかったです。 再仕官の叶った彼は、治安維持任務に就きつつ、早速頭角を現し始めていると言ったところでしょうか。 ご両親がどうなったかうっすら気にな…
[一言] アスロック王国を出て半年。 再士官を認めてくれたドレシア帝国のために、シェルダンさんは奮起していますね。 あっという間の制圧。 シェルダンさん達の連携に、盗賊さん達は驚愕ですね。
[一言] シェルダンは鎖鎌だけではなく片刃剣も使えたのですね! 野党には鎖鎌を使うまででは無いという強さ。 魔法も使いこなすのは今後のバトルにも楽しみが増えました! そして盗賊達を殲滅しましたがこれか…
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