38 再会〜知られざる実力者2
「カティアさん、シェルダンがいないと魔塔攻略は難しいというのは本当よ」
落ち着いた口調でルフィナが断言した。経緯はわからないが、ルフィナまで言うのだからやはりシェルダンは相当の実力者なのだろう。
「奴は強いからな」
重ねてゴドヴァンが断言する。
「あの方は、ただの軽装歩兵です。今回の任務はせいぜい第1階層までで危険は薄い、と仰ってましたわ。貴方達は何に巻き込むつもりなんですか?」
はっきりと棘のある口調でカティアがゴドヴァンとルフィナも睨みつけて言う。
(あぁ、なるほど)
ようやくセニアにも話の流れが見えてきた。
しきりとゴドヴァンとルフィナがシェルダンの名前を出したので、魔塔上層の攻略に巻きこむつもりだと察したカティア。
カティアにとっては、出来たばかりの婚約者を危地に追いやろうというのではたまらない。ゆえに2人を敵視し、噛み付いているのだろう。
「あいつ、危ないことしたがらないもんなぁ」
いきりたつカティアを他所に、のんびりとした口調でゴドヴァンが言う。
「まして、こんなに可愛い婚約者が出来たなら尚更ねぇ」
ルフィナも頬に手を当て、平然と相槌を打つ。歴戦の勇士二人にしてみたら、カティアの強気な発言も可愛い小娘の戯言なのかもしれない。
(私とクリフォード殿下は圧倒されているのだけどね)
セニアはクリフォードと目を合わせた。クリフォードも困ったような顔をしている。
「ゴドヴァン殿、ルフィナ殿」
それでもクリフォードが2人に声をかけた。
「さっきから分からないことばかりだ。順序立ててしっかり話を聞きたいものです。あと立ち話も難だから座って話しませんか?」
やはり出会った頃の常識人にクリフォードが戻りつつある。少し前までは自分でしっかり話を纏めようとする姿など見られなかった。
(お兄様と和解して、角が取れたのかしら)
思っているセニアの隣に、さり気なくクリフォードが腰を下ろした。
カティアが自分たち4人を睨みつけている。いつになく危なっかしいものをセニアは感じた。クリフォードも同感らしい。心配するような眼差しをカティアに向けている。
「何から話したらいいかしら」
「何から話せば分かり易いかな」
ゴドヴァンとルフィナが顔を見合わせている。
「お二人はシェルダン様とどういう関係でございますか?」
セニアとクリフォードより先に、カティアが質問を叩きつけた。聞きたい内容ではあったが、やはり不躾すぎる。
「戦友だよ、戦友」
ゴドヴァンがニヤリと笑って告げた。
「シェルダンから聞いてないか?俺たちはレナート様含めて4人で最古の魔塔に挑んだと。レナート様に、俺、ルフィナ、シェルダンの4人で上ったんだよ」
ゴドヴァンの笑顔に凄みが増したようにセニアは感じた。
確かにシェルダンから4人で上ったのだとは聞いている。
「では、2人ともアスロック王国の出身だったのか」
驚いたクリフォードの言うとおりである。遅れてセニアも驚いた。他国出身でありながら、第1皇子シオンからの重用を受けていた、ということだ。2人の能力の程も知れるというものである。
「そんなことより、なぜシェルダン様がいないと始まらないんですの?」
氷のように冷たい口調でカティアが尋ねる。自分で聞いておいて、ありえないぐらいに失礼だ。
「いい加減にしなさい、カティア。歴戦の勇士2人になんて口をさっきから利くんだ。婚約者が絡んでいるようだから処罰まではしない。だが、話もややこしくなるから退出しなさい」
クリフォードがセニアよりも早く、はっきりとした口調でたしなめた。今までは見られなかった光景だ。
「シェルダン様は私の婚約者です。危険な目に遭わせよう、なんて話、放っておけません」
カティアが視線で人を殺せそうな眼差しを主君であるクリフォードに向けている。
「だから、退がりなさい。婚約者の君が我々に無礼を働くほうがかえって、シェルダンを不利にすると思えないのかな?」
睨みつけられても物怖じすることなく、クリフォードが言い切った。
カティアが唇を噛んだ。
「さ、行きなさい。いつもしっかり仕えてくれている君に処罰なんてさせないでおくれ」
クリフォードの言葉に屈して、カティアが踵を返して歩み去る。
カティアの目元に涙が見えた気がした。カティアが初めて泣いている姿を見せたようにセニアは思う。
(カティアったら、本当に本気で)
思うも、セニアはゴドヴァンとルフィナからの話を聞かなくてはならない。魔塔の攻略に直結する話だ。
しかし、2人とも苦笑いを浮かべて顔を見合わせて、なかなか言葉を発しようとしない。
困惑しているセニアとクリフォードに気付くと、ようやくゴドヴァンが話を始めた。
「上に立つ人間としては正しいが、今回は少し、しくじったかもしれないぜ、クリフォード殿下」
くっくっ、とゴドヴァンが笑みを漏らす。
(どういうこと?)
カティアには辛いだろうが、話の腰を折る以上、仕方ないようにセニアにも思えた。
「どういうことです?」
クリフォードも同感なようで、怪訝そうな顔で尋ねる。
今度はルフィナか口を開いた。
「あの娘が泣きついたら、シェルダンが最低限しか仕事をしてくれなくなるかもね」
ルフィナも苦笑いを浮かべている。カティアの無礼を我慢していたのは背後にいるシェルダンを気遣っていたかららしい。
なぜ2人ともこれほどまでシェルダンに拘るのか分からなかった。
「あいつが心の底から納得して、この魔塔攻略に協力してくれないと、かなり厳しい戦いになるからなぁ」
のんびりとした口調でゴドヴァンも続く。
クリフォードもセニアもいまだ2人がシェルダンにこだわる理由が分からない。
「さっきからあなたたちは。シェルダンはただの軽装歩兵ではないですか。窘めはしましたが過度な負担をかけるのを心配するカティアの気持ちは私もよくわかります」
なぜかセニアを見ながらクリフォードが言う。こういうところは変わっていないようだ。ただ、場から退出はさせていても、カティアの気持ちを配慮して言うべきことは言っている。
「そうねぇ、たしかに言うとおりなのだけど」
ルフィナが困り顔で頬に手を当てる。
「シェルダンがただの軽装歩兵ではないと、いい加減、分からないかしら」
ルフィナの言葉にセニアは首を傾げた。
強いのは強いのだとセニアも思う。一度は負けている。ただ、単純な力や技では自分にも劣り、ゴドヴァンやルフィナが気にするほどではないように思えた。
「シェルダンがいると思ったから、俺とルフィナは魔塔攻略を可能とシオン殿下に太鼓判を押したんだが、アテが外れたかな」
ゴドヴァンが苦笑いを浮かべた。
「判断力、魔力による身体強化、鎖鎌の変則的な攻撃とか、まぁ、いろいろね。一つ一つは換えが利いても、全部持ってるのはシェルダンくらいだから、便利なのよね」
ルフィナが微笑む。まるで道具のような言い方でカティアには聞かせられない、とセニアは思った。
「基本的にはシェルダンに魔塔上層を偵察してもらって、俺たちが必要最低限の力で、階層主だけを倒す。魔塔上層の偵察が単独で出来るのは、シェルダンくらいのもんさ」
更にゴドヴァンが言う。聞けば聞くほどシェルダンが必須のようにセニアたちにも感じられてきた。
「問題はあの子、家系を跡絶えさせるわけにはいかないとかの事情と、レナート様が死んだときの反省からか、あまり積極的に魔塔に関わりたがらないのよね」
ルフィナが困り顔で言う。
「だが、シェルダンが来ないなら今回の魔塔攻略はやめておいた方が良いと思うぞ」
最後通牒のようにゴドヴァンが告げた。
「軍令として命じれば、シェルダンは逆らえないと思うんですが」
苦し紛れにクリフォードが言う。
「それだとシェルダンは手を抜きますわよ、いちいち都度、軍令を出して命じる羽目になりますわ」
ルフィナが微笑んで言う。
「あのお嬢ちゃん使って、色仕掛けで篭絡するなりなんなりな、させたほうが楽だったんじゃねぇかと」
ゴドヴァンのあまりに露骨な言葉にセニアは眼を見張る。
「あなた、女性を何だと思ってるの!そんな下品なこと、2度と口にしないでっ!」
ルフィナが本気で怒り、まなじりをあげてゴドヴァンをにらみつけた。さすがのゴドヴァンも縮こまって何やら謝罪をしている。
ただ、話せば話すほど、積極的な気持ちでシェルダンに参加をさせるのは難しいように思えた。八方塞がりだ。
「では」
ふと、セニアは疑問に思った。3人が一斉に自分の方を向く。
「ではなぜ、シェルダン殿は、父とともに最古の魔塔攻略に協力したのですか?」
考えれば考えるほどおかしなことに思えた。よりにもよって、もっとも命の危険がある選択ではないかと思う。
ゴドヴァンとルフィナが顔を見合わせる。
「あぁ、それはいい質問だ」
ゴドヴァンが初めてシェルダンに会ったときのことを語りだした。