375 ヒュドラドレイクの分体3
流星鎚を振るうたび、シェルダンは気持ちが澄んでいくのを感じていた。
(カティア、それに)
まだ顔も名前も定まらない我が子。
激情に身を任せてはならない。夫として、父親として、さらには当代としての責任があるのだから。死ぬわけにはいかない。
するとまた、激情が消えて冷静さを取り戻す。
一つ一つ確実にヒュドラドレイクの分体を追い詰めて削っていくイメージだ。
何本もある首の1本、口の中に炎が見えた。
「おっと」
シェルダンは下から顎に鉄球を叩きつけて口を閉じさせる。
「ざまぁみろ」
嘲るように呟く。
口の中で火炎球を爆発させて藻掻き苦しむヒュドラドレイクの首、その内の1本を見て、シェルダンは告げた。
「おのれ、おのれぇ」
耳障りな声が響く。一体どこから声を発しているのだろうか。
そして、少しずつ再生をしていくヒュドラドレイク。
(再生をされたところで、知れている)
魔塔から離れて長年暮らしてきたツケである。大した瘴気を有することもなく、戦闘力は並の階層主と同等程度ぐらいだろうか。
今の自分たちにとって、戦えない相手ではない。
「じぇいっ」
メイスンが法力を纏わせた月光銀の片刃剣による一撃を見舞う。たやすく、ヒュドラドレイクの分体、その首を斬り落とした。
再生をわざわざ待って間に合わせてやることもないのである。
デレクも自らに食いつこうとする何本もの首を、次から次へと鉄球で打ち返していた。デレクの馬鹿力で殴られた首は鱗がボロボロなので、すぐ分かる。
「惨めで、みすぼらしい。まるで、アスロック王国と共倒れしているようですな」
シェルダンはせせら笑う。
祖国だった。守ろうとした国を、この化け物にダメにされたのだ。
人間の側にも付け入る隙がたとえあったのだとしても。自分が許す許さないは別のこと。
「貴様っ!貴様だけでもぉっ!」
ヒュドラドレイクの残りの首が全て自分の方を向いてしまった。
少し言葉が過ぎたかもしれない。
何が何でも自分だけは殺そうという気にさせてしまった。
(そのつもりなら)
受けて立とうという気にシェルダンもなった。流星鎚を打ちつけようとしたところ。
頭を冷やせと言わんばかりにバチバチと後ろから音がする。思わず反射的に振り向くと黄色い魔法陣も視界に入ってきた。
「サンダーボルト」
強烈な雷撃がヒュドラドレイクの分体を直撃した。
巻沿いになるのも御免なので、シェルダンは数歩退がって距離を取る。
(そうだな、こんなのと共倒れになってやることもないか)
シェルダンは苦笑いを浮かべる。ガードナーに無言の雷でたしなめられたようにすら感じた。
「ギィィィッ」
真上から貫かれて、ヒュドラドレイクの分体が動きを止める。それほどの一撃だった。苦悶の悲鳴をあげさせている。
「サンダーストーム」
更に雷雲がヒュドラドレイクの上に浮かんだ。
ガードナーが攻撃を始めると、魔力の続く限り、連撃が続くのであった。
「す、すげぇな」
ラッドが寄ってきて、怪我を治してくれる。
自分でも手負っていることに気付いていなかった。思っていた以上に気持ちを昂ぶらせてしまっていたようだ。
雷雲から雷が落ちて、ヒュドラドレイクの分体に雷を落とし始める。先程より一撃の威力では劣るものの、しばらくは攻撃が続く。
「この勢いでいつまでも続けられるものではない、我らも」
メイスンの呟きが聞こえた。
デレクとメイスンも退がってきて、呼吸を整えているようだ。
「まだだ」
シェルダンはガードナーを見て告げる。
本人の言う通りであれば、この連続攻撃はただの布石に過ぎないのであった。
「あいつ、まだ奥の手を持ってやがる。女帝蟻のときにやった、あれだ」
魔力をほぼ使い切らないと発動しないらしいのだが。
シェルダンは額に汗をうかべながら詠唱を続けるガードナーの意図に気付いていた。
魔力の枯渇を自身の本体、ガードナーの危機と判断して、あのときの眼玉が出てくるらしい。それを、わざと連発を行うことで発動させようとしているのだ。
(それで、あいつ、女帝蟻のときも無茶していた、ってわけか)
雷雲が消えてなお、ヒュドラドレイクにとっての雷地獄は終わらない。サンダーボルトを連発され、ときにはライトニングアローを叩き込まれる。
さすがに魔力を使い切ったのか、ガードナーが膝をついた。ほのかに黄色の光が全身を覆っている。
(奴の言う通りなら、腕を上げて魔力が向上すればするほど、発動させづらくなるんだな)
なんとなく、シェルダンは思うのであった。
ガードナーの体から、幾重もの黄色い三角形の魔法陣が生じる。
「来るぞ。全員、退がれ、巻き込まれるぞ」
言われるまでもなく、デレクもメイスンもヒュドラドレイクの分体から距離を取った。
「雷帝の眼球」
別人のような低い声でガードナーが呟く。
三角形の真ん中、巨大な眼球が生じる。ギョロギョロと周囲を見回し、ヒュドラドレイクの分体を睨みつけた。
(あまり、ガードナーにも恨まれんようにしないとな)
シェルダンは眼球に圧倒されつつ思った。最悪の場合、本人が恨んでいなくても、あの眼球が勝手に敵だと判断すれば攻撃されるのかもしれないが。
「キエエエエェッ」
甲高いガードナーの絶叫。
雷の奔流がヒュドラドレイクの分体をすっぽりと呑み込んだ。
最早、味方である自分たち4人も圧倒されてしまうほどの攻撃だった。棒立ち状態で雷光に晒されるヒュドラドレイクの分体を見つめている。
数秒間の後、雷光が消え去った後には、ボロボロになったヒュドラドレイクの分体が棒立ちしていた。ふらついているようにすら見える。
「うおおっ」
デレクがボロボロになったヒュドラドレイクの首を片端から落としていく。まるで別のもののように脆くなっていた。木屑か何かのように崩れてしまう。
メイスンも加わる。
シェルダンは首が全て落とされた胴体に流星鎚を何度も叩きつけてやった。
黒い球体、核が露出する。
「やれ、メイスンッ!」
シェルダンは怒鳴る。懐中時計を懐から取り出した。
数歩、後ろへと飛び退る。
「光集束!」
メイスンが手はず通り、法力の光を放つ。
魔核が砕けた。
完全に消え去るまで気は抜けない。メイスンもまた、光集束を緩めることはなかった。
シェルダンは時間を確認する。
残念ながら5分ほど、約束の刻限を回ってしまっていた。
(もし、セニア様たちが作戦通りにしてくれていれば)
ほぼ同時に魔核を砕かなくてはならない。
いかにこの分体が大したことがなかったとはいえ、また1からというのには、自分たちもしんどいものがある。
(それでも、勝つのは俺たちだ)
勝利をシェルダンは確信していた。
メイスンはまだ光を放ち続けている。
勝ちが本当に決まるまで。命の続く限り、メイスンが光集束を消すことはない。
シェルダンはじっと光の中を凝視し続けるのであった。




