372 最古の魔塔第6階層2
ペイドランの働きとゴドヴァンが前線で果敢に打って出てくれていることで、現在のところ、ヒュドラドレイクに対して優勢である。
「よしっ、ファイアーアローだ」
持久戦に切り替えたクリフォードが炎の矢を放つ。
炎の矢がヒュドラドレイクの身体に次々と吸い込まれていく。負った傷は片端から治癒、再生されてしまうものの。
(少しでも瘴気を使わせていかないと、勝ち目がない)
セニアもまた、クリフォードの意図を理解していた。
長期戦となる。ヒュドラドレイクに限らず再生する魔物との戦いの必然だ。自分が未熟なかつては、特にそうだった。
(でも、今なら。あとは私に、核の位置が分かれば)
セニアは思い、それぞれの首から毒の炎が吐かれる度、壊光球の円盾を作って防いでいた。円盾であればそこまで法力を消耗しない。トドメまでは法力を浪費するわけにはいかないのだ。
(私が貫いてみせる)
自分の技、壊光球、聖槍は敵の核を貫くのにはもっとも適している。いつ倒すのかまで定められている現状では尚更有効だ。
「うおおおっ」
超人的な身のこなしと氷の壁とを交えつつ、ゴドヴァンがヒュドラドレイクと大剣一本で渡り合っている。
毒の炎だけではなく、噛みつかれること、首で鞭のように打たれることにも警戒しなくてはならない。
そのあらゆる攻撃手段の全てをゴドヴァンが身一つで捌いているのである。時には動きを先読みしたかのように攻撃を躱して斬りつけていた。
「ゴドヴァン殿も、この戦いを、何年も想定してきたのだろうね。動きがいつにもまして、神がかっている」
クリフォードですらポツリと零すほどだ。
「援護します」
息子代わりのペイドランも思うところはあったのか。
口に出してから、飛刀を放つ。真面目な時の怖いペイドランである。
ゴドヴァンに襲いかかろうとする首から順に、眼球を潰して無力化していく。
溢れ出す瘴気も、ルフィナの免疫抗・毒にセニアのオーラが相まって、ゴドヴァンを消耗、服毒させるには至らない。
結果として、ゴドヴァン一人の奮闘をヒュドラドレイクが持て余すような格好となっていた。
ただし、当然、いくら胴体に斬りつけようとも即座に再生されるのも変わらない。どう考えても先に力尽きるのはゴドヴァンの方だ。
「以前、ただ逃げただけの私たち」
ルフィナがゾッとするほど冷たい眼差しをヒュドラドレイクに向けて告げる。
(ルフィナ様?)
セニアは思わず目をやり、微動だにせず仁王立ちしたままヒュドラドレイクを見据えるルフィナに怯えた。
聞こえているのかどうかも分からないものの。さらにゴドヴァンの動きが速く、激しく、力強くなった。
「今日は、今は違う。治ったところで、痛むでしょう?斬られれば。私たちはあなたに痛みと無力感を与えている。これはレナート様の怨念返しよ」
ヒュドラドレイクとの戦いに期すものがあったのは、シェルダンだけではなかった。
ゴドヴァンも3人分の思いを乗せて、大剣を振るっているのである。
「2人とも、素晴らしいが頭は冷静に」
クリフォードがよく通る声で告げた。
「まだ、シェルダンの言う刻限まで、時間はあります。少し、前のめり過ぎる。倒してやりたいのは皆同じです。どのみち、魔核を貫けるのはセニア殿だけなのですから」
ヒュドラドレイクを相手に押している。
それだけでも信じられないことなのだが、本当に厄介なのは、そこではない。
(そう、父様は一撃で、この敵を倒して。それでも復活されて、敗れた)
セニアもまた理解している。
いつまでも自分たちはこの勢いで、力では戦えない。巨大な相手を前に消耗していく一方なのだ。
自分は法力、ゴドヴァンは体力が、ルフィナとクリフォードは魔力が、ペイドランは短剣がいつかは尽きてしまうだろう。
「だから、いま、打てる手を打っておく」
クリフォードが高らかに宣言し、詠唱を開始した。
声が二重になる。すぐに何を言っているのか分からなくなった。二重どころではない、声が何重にも響いて聞こえてくるのだ。
多重詠唱とでも言うのだろうか。
いくつもの赤い魔法陣が中空に浮かぶ。
「2人とも退がって!」
セニアはゴドヴァンとペイドランに叫ぶ。
2人ともちらりと、クリフォードの生んだ無数の魔法陣に目をやって、ぎょっとし、素直に戻ってくる。
「壊光球、円盾」
5個一組で4枚の盾をセニアは作る。
ゴドヴァンとペイドランから解放され、ヒュドラドレイクが瘴気の炎を放射してきた。
防戦一方だ。
(構わない。これは時間稼ぎだから)
セニアは炎を堰き止めつつ思う。
クリフォードが詠唱を終えた。目配せをしてくる。
「いけっ、獄炎の剣舞」
全ての魔法陣から一斉に、炎の剣が生じた。
今までにない巨大さ、密度を持った一撃がヒュドラドレイクの身体に吸い込まれていく。
炎が鱗ごとヒュドラドレイクの身体を灼き尽くし、消し飛ばした。
(見えた)
ヒュドラドレイクの腹部。黒い魔核が覗いたのをセニアは見逃さなかった。
「ぐっ」
魔力をかなり使ってしまったクリフォードがよろめく。
「殿下っ」
セニアはクリフォードを、抱きとめる。
「大丈夫。あと5分だよ、セニア殿」
微笑んでクリフォードが言う。手には懐中時計がある。
魔核の位置が分かった。もういつでもいけるのだ。
セニアは何度も頷く。さらに、ゴドヴァンたちに向けて五本の指を広げて見せた。
「分かった」
ゴドヴァンが大剣を掲げた。
氷の壁を作りながら前に出ていく。ルフィナが免疫抗・毒をかけ直す。持続時間が決して長くはないようだ。こまめにかけ直している。
一旦、大量の魔力を消耗したクリフォードが時計を手に下がっていく。
(それにしても、すごい再生力)
ほぼ、魔核以外の全身を消し飛ばされていたというのに、クリフォードに焼失させられた部位も傷跡も既に回復している。
かえって、セニアは脅威を感じさせられてしまう。
だが、勝算はこちらにあるのだ。
(シェルダン殿に言われたとおりの時間で、私が魔核を撃ち抜けば再生はしない)
セニアは大きく息を1つ吸って、また吐き出した。
心気を研ぎ澄ませる。
「2人とも、もう少しよ」
ルフィナが声を張り上げる。玉のような汗が横顔にも見えるから自らを鼓舞する意味もあったようだ。
「はい」
素直に返事をするペイドラン。いつの間に補充したのか。また、剣帯には短剣が満載されていた。
「おうっ」
野太い声でゴドヴァンも応じる。
そこからどれだけ戦い続けていたのか。
「セニア殿、時間だ」
待ちに待った宣告がクリフォードからなされる。
「はいっ」
セニアは法力を聖剣に籠める。
「壊光球」
合計20個もの壊光球を作り直した。
「聖槍」
さらに全てを合体させて巨大な光の槍と為す。
「3つ、数えるよ」
クリフォードが懐中時計と、セニア、ヒュドラドレイクとを見比べて告げる。
「3」
セニアは、聖槍の穂先をヒュドラドレイクの腹部、魔核の位置へと向けた。
「2」
狙いをじっくりと定める。
「1」
セニアは聖槍をヒュドラドレイクの腹部、魔核へ向けて放った。
鱗をたやすく破り、狙い通りに光の槍が核を撃ち抜いた。
核が完全に砕けて散っていく。
「よしっ」
ゴドヴァンが声を上げた。
「やった!」
ルフィナも同様だ。
だが、3人ともペイドランを含めて油断はせずに一旦、用心深く距離を取った。
(完全に勝つまで勝ちじゃない)
シェルダンがいたなら、仏頂面でそう罵るだろうとセニアも思った。
果たして、魔核を撃ち抜かれて砕かれ、崩れるだけのはずのヒュドラドレイク。
「だめか」
ポツリとクリフォードが呟く。
虚空の中、核が再生した。身体も徐々に構築されていった。
「まだです。もう一度、いいえ、何度でも」
セニアは気力を振り絞って告げる。
再び発せられた炎をゴドヴァンが氷の壁で防ぐ。
再生された。が、不意打ちも食らってはいない。
(何か、シェルダン殿たちの方で手違いがあったんだわ。でも、絶対に挽回してくれる)
セニアは信じているのであった。




