371 最古の魔塔第6階層1
皆に強化されたオーラ、『オーラガード』をしっかりとかけ直してセニアは深呼吸をする。
ここまであまりに順調だった。それは偏えに、ずっと準備を続けてきたからだ。ただ、準備をしてきたのは自分たちではない。
(シェルダン殿はずっと、それこそ私とルベントで出会ったときから)
セニアは思い返していた。自分で思い、首を横に振る。
(むしろ、もっと前から。でも、それならむしろ、やっぱり怖い人なのかもしれないわね)
最古の魔塔を崩すために、どれだけの時間、考え続けてきたのだろうか。シェルダン・ビーズリーの怨念のようなものが垣間見えた気がする。
「今はそんなことを考えてる場合でも、言ってられる相手でもない」
セニアは首を横に振った。最古の魔塔攻略、これを為すためにはあまりに些細なことだ。
今いる仲間、クリフォード、ゴドヴァン、ルフィナ、ペイドランの順に視線を送る。
「ついに、次が最上階ですね」
セニアは誰にとも無く告げる。
「あぁ、いよいよだ。私は、準備よし、だよ」
真紅のローブ姿。その袖を腕まくりして、クリフォードが笑って言う。
最初に挑んだドレシア帝国の魔塔。出会ったときから一貫して力を貸してくれる。困らされたこともあったが、一方で炎魔術に何度となく助けられてきた。
「俺たちもだ」
ゴドヴァンがルフィナと頷き合って告げる。
シェルダン以外で最古の魔塔を知る、たった2人。歴戦の2人がいてくれて、どれだけ心強かったか、をセニアは思い返す。
「俺もです」
ペイドランが真面目くさった顔で言う。
この世で唯一人、シェルダンの代わりをこなすことができる少年だ。肩から提げた剣帯には短剣が満載されていた。
「じゃあ、行きましょう。本当に次が最後」
ルフィナがたおやかに微笑んで言う。活躍の場面は役割と立場上、限られるうえ、護られることも多い中で。いてくれる安心感をいつも与えてくれた。
「シェルダンの定めた刻限が近い。さぁ、行こう」
懐中時計を見てからクリフォードが告げる。
最古の魔塔に来てから、ここに来られないシェルダンの代わりに様々な判断をしてくれてきたのであった。
皆で頷きあう。
5人で赤い転移魔法陣へと足を踏み入れる。
景色が変わって、くすんだ白い色の壁が視界に飛び込んできた。
「変わらねぇな」
大剣を肩に担ぎ、低い声でゴドヴァンが言う。
「ええ、来たのね。また、ここに」
同じく強張った顔でルフィナも返す。
精緻な彫刻のなされた壁面。広大なホール状の空間。中央奥に祭壇が設けられていた。
「すごい、お城みたい」
ペイドランが小声で無邪気な感想を零した。
セニアもクリフォードと顔を見合わせる。聞いていたとはいえ薄ら寒さすら感じるほど異様だ。
今までの最上階よりも遥かに精巧である。人間の建物に近い空間だというのに、かえって異様さと凶々しさを感じ取ってしまう。
「ここが最上階」
父レナートも攻略出来なかった最上階。感極まりそうになる自分を、セニアは律した。
まだ終わりではない。
奥で影が蠢いている。
やがて、伸び上がるように大きくなって、無数の首が生えてきた。
「ヒュドラドレイク。あれが、なんと凶々しい」
クリフォードが呻く。
「ええ」
セニアも声が乾いていた。気持ちで圧されそうになる。
(だめよ、絶対に勝つの)
だが、すぐに気持ちを自力で立て直す。
「これは変わらない。そうだね。これよりも尚、たちの悪い魔物なんて、この世に存在するものか」
皮肉な笑みを浮かべて、クリフォードが詠唱を開始した。
赤い魔法陣が中空に浮かぶ。
「壊光球」
セニアも法力を聖剣に籠める。力が漲ってきて、20個の光球を宙に浮かべた。
ゴドヴァンも青い大剣を構え、ペイドランも結着させた二振りの短剣を一纏めにして片手に持つ。
ペイドランの場合、鎖で結着させた方の短剣は射程が短く、ヒュドラドレイクに近寄らねばならなくなるので危険である。ギリギリまで通常の短剣を遣おう、と判断したらしい。
こちらの戦意に対応するかのように、ヒュドラドレイクが完全に覚醒した。
蠢く無数の竜頭。いくつもの赤い眼球が自分たちに向けられる。
「よしっ」
詠唱を終えたクリフォードが自らを鼓舞する。
「我が名はクリフォード・ドレシア!魔塔の主ヒュドラドレイクよ。私が貴様を灼き尽くしてくれる!」
クリフォードが恒例となっている名乗りをあげる。
もう、呆れることも白けることもない。ずっと同じことをクリフォードは続けてきたから。ここにまで至ればむしろ、安定感を与えてくれる。
力みを取って戦意を高めてくれるのだ、とセニアは実感していた。
「いけっ、獄炎の剣だ」
クリフォードが右手を振り下ろし、炎の剣をヒュドラドレイクの巨体に叩き込む。
誰一人、一撃で決まるなどとは思っていない。
「相変わらず、凄い威力ね、でも」
ルフィナが冷静な口調で言う。
燃え盛る炎の剣。その真っ只中にあって、焼け落ちた首から先に、ヒュドラドレイクが再生していく。
(まだ、核がどこだかも分からない)
セニアもまた、冷静に敵を観察していた。
だから、即座に反応することが出来る。
炎の中から、ヒュドラドレイクの首が一斉に瘴気を放射してきたのだ。
「っ!壊光球、円盾!」
生半可な攻撃ではない。
セニアは壊光球の全てを合体させて、円盤状の盾とする。
押し寄せる瘴気を光の盾が押し留めた。
「お見事。でも、首が多い分、どこからでも。角度を変えて攻撃してくるだろう」
クリフォードの言うとおりだ。
とっさのことで20個全てを合体させてしまった。
「分かっています。壊光球、分散」
一旦、瘴気の波が消えるのを待って、セニアは再度20個にまた分離させる。
「さすがね」
ルフィナが、じっとヒュドラドレイクを凝視して告げる。
自分のことか敵のことかもセニアには分からない。
「そして、やっぱり一筋縄ではいかない」
さらに続けてルフィナが告げる。
「私も何も、対策をしてこなかったわけじゃないのよ。あなたの瘴気と、あのとき、どれだけ格闘したと思って?」
やはりルフィナが語りかけているのはヒュドラドレイクだった。
ルフィナが杖を掲げる。紫色の柔らかな光を放つ。
ゴドヴァンが頷く。
「いくわよ。免疫抗、毒」
ルフィナの放つ光がセニアのかけたオーラ、その更に上からゴドヴァンの巨体を覆った。
「何年もかけた。本来なら掠めるだけでも毒気にやられる。でも、この免疫は瘴気にも、効くはずよ」
ルフィナが言う。
「おう、信じてる」
ゴドヴァンが大胆にヒュドラドレイクとの距離を詰めていく。
押し寄せる瘴気の炎。氷の壁を作って防ぐ。不可抗力で空気中を漂う瘴気も物ともしていない。ルフィナの免疫抗・毒が効いているのだ。
「ルフィナ様、すごいや」
同じ光に包まれたペイドランが呟き、手を目まぐるしく動かして、飛刀を続けざまに放つ。
狙い過たず、ヒュドラドレイクの首、数本分の眼球を短剣が撃ち抜いた。何本かの首がのたうち回るばかりで戦いに参加しなくなる。潰すのではなく痛みを与えて無力化させているのだ。
(そういう、あなたもね)
セニアもまたペイドランの力量に改めて舌を巻く。
相変わらず細かい戦い方では右に出る者はいないのであった。まだ、二振りの名剣を温存しているというのも心強い。
「うおおおっ」
さらにヒュドラドレイクに肉薄したゴドヴァン。
噛みつこうとしてきた首の1本を躱して、大剣で胴体に斬りつけた。
傷口すら凍る一撃。再生する速度をも冷気によって遅らせている。
実に効果的な一撃を受けて、ヒュドラドレイクが仰け反って悲鳴をあげた。
(押してる、あとは)
セニアは実感して拳を握るのであった。




