37 再会〜知られざる実力者1
ルベントにある第2皇子クリフォードの離宮を騎士団長ゴドヴァンと治癒術士のルフィナが訪れたのは、奇しくもシェルダンとカティアが2度目のデートをした翌日であった。
前日、丸一日の休暇を取っていたカティアが、いつもの文通ノートに加えて、封筒まで折に触れてはぎゅっと抱きしめている。一応、侍女としての家事や用務をこなした上で、思い出に浸っているとのことだ。
セニアはクリフォードからの先触れを受けて、シェルダンとも会った庭園の四阿でゴドヴァンらを待っていた。到着が今日であると言われていたのだ。
果たして、玄関の方から騒がしい気配が近づいてくる。足音がドシドシとうるさいのだ。一旦、屋敷の中を経て、庭へと向かっているらしい。
「おぉ、セニアちゃんっ、あの一戦以来だな!少しは腕を上げたか?ハッハッハ」
ゴドヴァンが大きく右腕を振りながら、豪快に笑って近づいてくる。爽やかな印象を与えるはずの淡い青色に染めた騎士団の制服に身を包んでいるのだが、なぜだかひどく不釣り合いに見えた。爽快というよりも豪快というのがふさわしいゴドヴァン自身の人柄によるのだろうか
迷惑そうな顔で治癒術士のルフィナがゴドヴァンを睨んだ。こちらは白地に金の縁取りがされたローブ姿である。
「ちょっと!挨拶のマナーも知らないの?私まで無礼だと思われちゃうでしょっ!」
ルフィナが皇都のときと同じ、ツンケンした態度でゴドヴァンを叱りつける。
二人の後ろには穏やかな、まるで憑き物の落ちたような顔のクリフォードが立っていた。
日焼けして大柄なゴドヴァンと色白で可憐なルフィナ。ともに第1皇子シオンの部下であるが、今回の魔塔攻略に力を貸してくれるという。
「セニアさん、お久しぶりね。お元気?」
ルフィナがセニアに微笑みを向けて尋ねてくる。
皇宮で二言三言、挨拶を交わしただけなのに覚えていてくれたようだ。
「はい。ルフィナ様。そして、ゴドヴァン様、私も多少は腕を上げたように思います。また手合わせをお願いできますか?」
セニアはゴドヴァンとルフィナへ交互に笑顔を向けて言う。
二人とも年の離れた兄と姉のようで。皇都で敗れ、聖剣を取り上げられてもゴドヴァン相手なら仕方ないとも、不幸中の幸いだ、とも思っていたのだ。敗れた事自体はもちろん悔しかったのだが。
「ハッハッハ、よぅしっ、また稽古をつけてやるよ。聖剣は悪かったなぁ。だが勝負だし、使いこなせてなかったし。あぁ、神聖術のほうはどうだ?閃光矢とオーラぐらいは使いこなせるようになったか?」
こともなげにゴドヴァンが言う。
なぜ神聖術の閃光矢やオーラのことを当たり前に話すことが出来るのか。
セニアは戸惑いを隠せない。
「あの、ゴドヴァン様、なぜ?」
かろうじて疑問を口にすることは出来た。
さらにわけのわからぬまま、二人の後ろにいるクリフォードに目を遣る。クリフォードもブンブンと首を横に振った。
「ん?出来ないのか?俺が渡した教練書の第1巻に、基本の鍛錬方法から何まで全部書いてあったろ?」
呆れたような、困ったような顔でゴドヴァンが言う。
「あぁ?シェルダンから何も聞いていないのか?」
怪訝そうな顔でゴドヴァンが言う。
ようやくセニアは得心がいった。
十中八、九、カティアから渡された教練書のことだろう。確かに閃光矢と、その先の項目としてオーラについて書かれていた。
「あ、ゴドヴァンさん。当時、うちの第1皇子殿下とクリフォード殿下が揉めていたから。きっとシェルダンたら名前を隠して渡したのよ。いかにもあの子がしそうな用心ではなくて?」
ルフィナが涼し気な顔で指摘する。ルフィナもルフィナで当然のようにシェルダンの名前を出すのだ。そもそも二人ともなぜシェルダンを知っているのかの説明が一切ない。第1皇子の腹心と、下級の軽装歩兵であるシェルダンとでは、何も接点が無いように思えた。
「あぁ〜、確かにシェルダンのヤツならそれぐらいはやりかねないな」
ゴドヴァンも勝手に納得している。
更にシェルダンの名前を出したことで、カティアの興味も引いてしまった。何食わぬ顔でカティアがセニアの隣に立つ。なぜだか少し怖い。
「待ってくれ。つまり、ゴドヴァン殿は、シェルダンを通じてセニア殿へ例の教練書を渡したと。なぜだ?当時は兄と私が揉めていて。勝負だって敗れたのはセニア殿のほうだ。なぜ肩入れするようなことを?」
クリフォードが間に入って話を整理してくれた。
だいぶ、出逢った頃の冷静さを取り戻している。また、理由は不明だが、ゴドヴァンとルフィナを受け入れているように見えることも、セニアには意外だった。きちんと敬意を払っている。
「いや、聖騎士としての剣技ならあれで十分だろう。剣技だけなら歴代最高じゃねえのかな。レナート様とは比べ物にならんよ。ま、俺には負けたがな」
ゴドヴァンが屈託なく断言してくれる。
年上の強者が手放しで褒めてくれた。セニアもなんとなく報われたような気分になる。
「後は神聖術を完璧に使いこなせるようになれば、俺より強くなるかもしれんぞ?ま、セニアちゃんのことはとりあえず良いんだよ」
ゴドヴァンが言い、庭園を見渡した。
「しかし、シェルダンはどこだ?」
やはり、シェルダンのことを気にしている。まだ、なぜだかはわからない。まして、なぜいると思っているのか。
「なぜ、シェルダン様の居場所をお知りになりたいのですか?」
硬い声音でカティアが、セニアやクリフォードよりも先に尋ねた。
「んん?あいつ、ルベントの軍営で相変わらず軽装歩兵をしてるんだろう?俺らの使ってる密偵から聞いてるぞ?あいつがいないと、魔塔攻略の話が始まらないだろう」
ゴドヴァンもゴドヴァンで何か疑問を感じているようだが、セニアたちもさっきから疑問符ばかりだ。
「なぜ、シェルダン様がいないと話が始まらないのですか?あの方はただの一人の軽装歩兵ですわ。この場には関係ないでしょう」
いつもは優雅で余裕すら感じさせるカティアにしては珍しく、突き放すようでいて切迫した調子である。当然、騎士団長であるゴドヴァンに対して失礼ですらあった。
ゴドヴァンが興味深げにカティアを眺める。
「問題大アリなんだよ、お嬢ちゃん。あいつがいないと魔塔の攻略なんて夢のまた夢なんだからな。てか、あんた、侍女かなんかだろう?あんたこそシェルダンとどういう関係なんだ?」
ニヤニヤと意地悪くゴドヴァンが問う。
「婚約者ですわ。私の婚約者を危険な魔塔攻略なんかに巻き込まないで下さいませ」
カティアが顔を歪めて爆弾発言を発した。
セニアはクリフォードを見る。クリフォードの顔も凍りついていた。初耳である。
「ゴドヴァンさん、よしなさい。チンピラみたいな話し方して、うら若き乙女にこんな話させて。ほんっとにデリカシーがないんだから」
ルフィナがゴドヴァンを睨みつけて言う。
「わざと若い娘をいじめるような話し方ばかりしているから、いつまで経っても結婚出来ないのよ?」
指を突きつけて、責め立てる口調でルフィナがまくしたてる。
ゴドヴァンが悄気げた犬のように縮こまった。
「でもね、えーと」
ルフィナがカティアの方を向いて、何か言おうとし、言葉に詰まった。
「カティアですわ。クリフォード殿下つきの侍女であり、シェルダン様の婚約者でもありますの」
強張った顔のまま、カティアが自己紹介をする。いつの間にシェルダンとそこまで話が進んでいたのか。まだ3回ほどしか会っていないはずだ。
驚きつつも、今は魔塔の話である。セニアたちはルフィナが話を続けるのを待った。