368 最古の魔塔第5階層2
最古の魔塔第5階層。これみよがしにそびえ立つ神殿の入り口へと、ペイドランは足を踏み入れた。
入り口から伸びているのは、幅10ケルド(約20メートル)ほどの通路となっている。壁面の高いところに煌煌と篝火が焚かれていて、薄暗いものの、視界が完全な暗闇というわけでもない。
すたすたとペイドランは先頭で進んでいく。一見して魔物はいない。
危なければ、敵がいれば、分かる。感覚を信じつつも、過信はしないように気をつけてはいた。何かあれば即応しようとは思う。手足の緊張感を緩めはしない。
「危ない感じ、しないです」
一応、呟くことで他のみんなにも知らしめておく。
壁が横に広がった。神殿の奥に着いたのだ。今度は首筋がピリピリと嫌な気配を伝えてきた。
(いる)
ペイドランは立ち止まる。
先は多分、広場のようになっているのだろう。
怖いので声も出したくない。前を向いたまま、手で後続を制した。
「奥に何かデカいのがいるな」
横に立ったゴドヴァンが言う。5人の中で一番目が良いのだ。油断なく大剣を構えている。
「ここから先は私とゴドヴァン様で先頭を張るから」
セニアも微笑んで自分の前に立った。
「壊光球」
さらに光の球を5つ浮かべて敵の急襲にも備える。かつては敵を視認してから慌てた対応をしていて、よく後手を踏んでいた。
(なんか、セニア様もそつがなくて、別人になったみたいだ)
ペイドランは思い、数歩後ずさった。
ゆっくりと、ゴドヴァンとセニアを先に立てて広場へと踏み入る。
3つの頭を持つ巨大な竜が、2本の足でどっしりと立っていた。自分たちを憎々しげに睨みつけている。
「三頭竜、ここにもかつての階層主である双頭竜よりも強力な魔物、か」
クリフォードが嘆息して告げる。
今更、第5階層だけ弱体化しているわけもないのだ。
3つの頭に6つの眼球。それが細められと思ったときにはもう、空気の震えるかのような咆哮が上げられていた。
咆哮で思わず怯んでしまったところ、すかさず3頭がそれぞれ、炎、氷、雷の球を吐き出してくる。
(あ、いきなりやばい)
ペイドランは思わず立ちすくんでしまう。強力すぎる攻撃に対して、自分は身を守る術が乏しい。
「くっ、壊光球、円盾」
セニアが壊光球5つを合体させて巨大な盾を作る。
3つの球が円盾と激突して消えてしまう。円盾はひび割れたものの、まだ健在だ。
とりあえず、セニアのおかげで初撃を防ぐことが出来た。
「何か、弱点、無いんですか?」
すぐに後方へ退がり、ペイドランはクリフォードの方を見て尋ねる。
「3つの属性を使い分けていて、死角のない攻撃。それに巨大で頑丈。弱所もほとんどないらしい」
渋い顔でクリフォードが嫌な情報を並べ立てる。
「搦め手は駄目だから、正攻法で叩き潰すしかない」
さらに結論づけてクリフォードが詠唱を開始した。
赤い魔法陣が中空に浮かび、空気が熱を帯び始める。
「まぁ、我々のほうが奴よりも強ければ勝てる」
得意げに笑って、当たり前のことを言うクリフォード。
(結局、殿下は殿下だ)
ペイドランは自分でよく見て考えるしかないのだ、と悟り、再び集中して三頭竜の動静を注視する。
属性攻撃を防ぎ切ったセニアの円盾。怒ったように三頭竜が巨大な尻尾を叩きつける。
「くっ」
円盾を砕かれたセニア。さらに迫りくる尻尾を、今度は本物の盾で受けて床を転がされる。すぐにムクリと起き上がったので重傷は負わされなかったようだ。
神殿が広く、そのおかげで壁に叩きつけられなかったのが幸いした。
「うおおっ」
ただ、吹っ飛ばされて距離を取らされたセニアの代わりに前衛がゴドヴァン一人となった。
青い大剣が白い光を放ち、氷の壁を幾つか作り上げる。
ゴドヴァン本人が氷壁の合間を縫って接近、太い足に斬りつけた。
「グギャアアア」
どす黒い血を吹き散らし、三頭竜が悲鳴をあげる。
ペイドランはゴドヴァンの作った傷口に、陽光銀と月光銀の飛刀を立て続けに放った。当たる距離にまで近付ければ、止まることのない連撃だ。
(再生してる。こいつ、ゆっくりだけど)
ペイドランは気付いてしまう。
時間を稼いだ結果、壊光球をまた10個、作り出したセニアが戻ってきた。
(倒せるのかな、ケルベロスの時とおんなじだ)
ペイドランはたらりと、額に汗を流す。
(あのときはシェルダン隊長が捨て身で引き付けたけど)
再生をされてしまう。ただ痛みだけは如何ともし難いらしく、攻撃が苦し紛れの単発だ。
「よし、みんな、よく時間を稼いでくれた」
クリフォードが元の位置から動かずにいた。ただじっくりと詠唱をして魔力を練り上げていたのだ。
「獄炎の剣」
広い天井を覆うかのように巨大な炎の剣。
三頭竜の巨体に吸い込まれ、突き刺さる。
核が露出した。腹部の真ん中、頭との境に巨大な魔核が覗く。だが、ケルベロスよりも再生も早い。
「うそっ、あいつっ、再生まで!」
ルフィナがゴドヴァンに回復光をかけつつ叫ぶ。
ゴドヴァンを見るに、ところどころ深傷を負っていた。青い騎士服に血が滲んでいる。
ペイドランですら気づかぬ間に、雷や冷気を吹きつけられていたようだ。
「大丈夫です」
セニアがよろよろと立ち上がる。
また、1から仕切り直しだというのに、まるで気持ちを阻喪させていない。
心ならずもペイドランは頼りに感じてしまう。
「私は、今の私なら、魔核の位置さえ分かれば」
あまり大丈夫なようには見えないが、本人の様子とは裏腹に、煌煌と輝きを放つ壊光球がまだ15個、浮かべられていた。いつの間にか増やしたのだ。
「私の聖槍で」
セニアが聖剣を持つ手を掲げた。
15個の壊光球が合体、巨大な光の槍となる。
(すげぇ)
さすがのペイドランも光る槍に目を奪われてしまう。本当は敵に集中しないといけないのに。
クリフォードに至ってはセニアの方に見とれている有様だ。まったく敵を見ていない。
「いけっ」
鋭いセニアの叫び。
せっかく再生したばかりだというのに、三頭竜の巨体にやすやすと光の槍が突き刺さる。砕けた魔核の塵が、聖槍の光ごしにも見て取れた。凄まじい貫通力だ。
(やった!)
核が砕けた。
屋内なので青空こそ見えないものの、浄化された空気が肺を満たすのをペイドランは感じる。
「やりました」
ニッコリとセニアが微笑む。
圧倒的な力だった。
ペイドランはルフィナ、ゴドヴァンと視線を交わす。お互いに笑みをこぼしてしまう。
「あぁ、第5階層もついに攻略した」
重々しく頷いてクリフォードが言う。
「そして、これで君も」
さらに、何か言いかけてクリフォードが口を噤んだ。
セニアが自身の父レナートに並んだ、あるいは超えた、とでも言いたいのだろうか。
「私は、私です」
セニアがクリフォードの中断した言葉を察して告げる。
「父が三頭竜より強い魔物をもっと容易く。あるいは私が、父ですら倒せなかった魔物を倒すこともありえます」
言われてみれば当たり前なのだが。
(セニア様、昔はこんな当たり前のことも、ちゃんと分かってなかったもんな)
シェルダンに認められようとして、躍起になったことも。父と同じ技を使いたいなどと言っていたことも、ペイドランは聞き知っていた。
「そうね、それに今回は私たちも違う」
ルフィナがそっとゴドヴァンから身を離し、近寄ってきた。そもそも抱き合っていたらしい。
「この先に何がいるのか、分かっている。もう、何も出来ないまま聖騎士任せになんてしないから」
力を込めてルフィナが宣言した。
「あぁ、ここまで来たんだ。セニアちゃんをまたしっかりと連れてきた。前回は逆にレナート様とシェルダンに連れてきてもらったようなものだったが」
ゴドヴァンも何度も頷いて告げた。
「今度は負けん。シェルダンも外でうまくやってくれる。俺たちに負ける要素はない」
戦いに予断は厳禁だと分かってなお、自身にもゴドヴァン、ルフィナの決意が伝播してくるのを、ペイドランは感じるのであった。
(そうだ、あと1つ)
ついにここまで来た。
思いつつペイドランはどこまでも伸びる、赤い魔法陣の光を見上げるのであった。




