367 最古の魔塔第5階層1
(次を抜ければあと一つ)
ペイドランは第5階層への赤い転移魔法陣を見据えて思う。周りは澄んだ青空だ。
最古の魔塔第4階層。浄化されてもなお、周囲は瓦礫の山なのであった。手頃な瓦礫の1つにペイドランは腰掛けている。
「次の階層はさほど複雑な地勢ではないらしい」
クリフォードがシェルダンのノートを広げて告げる。
ペイドランも目を通していた。次の第5階層は神殿のはずだ。
「では、階層主との単純な力と力の勝負ですね」
セニアがゆっくりと頷いて相槌を打った。
(単細胞女聖騎士には願ったりかなったりですね)
皮肉なことを心の内側でペイドランは思い、頷くのであった。
「かつてレナート殿があっさり階層主だけを倒してしまった階層だからね。シェルダンの記録もあまり詳しくないんだ」
肩をすくめて言うクリフォード。
ここまではシェルダンのおかげであまりに順調だったのだが、次はそうもいかないということだ。
「双頭竜という階層主だったそうですけど」
セニアもかつての話については聞き及んでいるらしい。遠慮がちに階層主の名前を出している。
ゴドヴァンとルフィナが近づいてきた。
「双頭竜、レナート様の光刃で倒せたんだから、セニアちゃんの壊光球もしっかり効くと思うぜ」
ニヤリと笑ってゴドヴァンが告げる。
ゴドヴァンの新たな得物も効くのだろうか。少なくともイビルドラゴンとの戦いでは活きた。
(氷の大剣、大っきいし、かっこいいし、羨ましいな)
ペイドランは素直に羨んでしまうのであった。
「ここまで来たんだもの。気を引き締めないとね」
ルフィナが何か思い出したように言う。
「差し違いでも良いなんて、誰も思わないでね。気負いすぎるのも禁止。怪我の治療と回復なら私がいくらでも、頑張るから」
切実な響きをルフィナの声が帯びる。
「大丈夫さ。どいつもこいつも、ここにいる連中には死のうなんて発想はねぇよ」
ゴドヴァンが優しく微笑み、ルフィナの肩に手を置いて告げる。
「そのとおりです。この後も勝負どころなのでね」
クリフォードがうそぶいた。一体、何の勝負を誰とするつもりなのだろうか。
「俺もちゃんとここを無事に出てイリスちゃんに会うんです」
新婚であるペイドランもはっきりと言い切った。死ぬつもりなんてさらさらない。縁起でもないことを言わないで欲しかった。
「えぇ、私も。ここを超えて、初めて先へ進めるんだって思うから。絶対に死にたくありません」
セニアですら、力強くちゃんと言い切った。
全員、大丈夫だ。
ペイドランはルフィナに頷いてみせた。
「じゃ、俺、行きます」
宣言すると、慌ててセニアがオーラをかけ直してくれた。
ペイドランは赤い転移魔法陣へと足を踏み入れる。
視界が変わった。
やはり敵はいない。目の前には黒い神殿と思しき建物がそびえ立っている。正面の壁。ど真ん中にはポッカリと四角い入り口が開いていた。
単独で動き回ろうという気には当然、ペイドランもならない。
魔物から襲われることだけを警戒して、赤い転移魔法陣の付近で待機し続けたが、徘徊している魔物も見当たらず、襲われることもなかった。
(やっぱり、いつもの第4階層に近い気がする)
ただ肌を緊張させながら待つうちに、きっかり5分後、きらびやかな4人組が姿をあらわす。いつも、この5分が長く感じられるのであった。
「敵、いませんでした」
ペイドランは真面目くさった顔をつくって報告する。
「良かった。なら、階層は6つのままなのかしら」
ルフィナが安堵して告げる。
ゴドヴァンなどは頷いているものの、セニアとクリフォードがハッとした顔をした。
一度、5つであるはずのところ、6つに階層の増えていた魔塔だ。7つに増えていてもおかしくはない、とゴドヴァンやルフィナなどには思えてしまうのだろう。
「まぁ、そもそも、どれだけの瘴気があれば、6つに増えちまうんだ、って話だよ」
ゴドヴァンも苦笑して応じる。
『そう簡単に7つになど増えてたまるか』というのにはペイドランも共感できた。6つでも十分、嫌なのだ。
「さて、あの中に階層主がいるのでしょうが」
クリフォードがポッカリと開いた神殿の入り口を見やって告げる。
(あの中、嫌な感じだ)
ペイドランは思うも、身体のどこもピリピリとはしない。いざ、敵に近づくまでは勘もまだ働かないのだが、直感とこの感覚は別だ、という自覚がちゃんとある。
神殿には嫌な思い出があった。
かつてゲルングルン地方の魔塔第4階層にて。埋められそうなほどのスケルトンたちに囲まれ、中から急襲してきた階層主ジェネラルスケルトンのせいで、最愛のイリスを失いかけたときのこと。
神殿の大きさこそ違うものの、なんとなく印象が似ているのだった。
(呑まれちゃだめだ)
同じ場所では当然ないのだから。危険も感じないのに嫌な気持ちになるのは、始める前から気持ちで負けているからだ。
(イリスちゃんに会うんだから)
ペイドランは自分を戒める。
「ペイドラン君、大丈夫?」
セニアが気遣って尋ねてくれる。
態度や様子の変化などにも気付いてくれるようになったのだ、とペイドランは思った。
「大丈夫です」
心配をさせたいわけではない。
ペイドランは答えて両頬を両手でペチン、と挟み込んだ。イリスが時折、やっている仕草で可愛いのである。
(そうだ、イリスちゃん)
あと2つでこの魔塔を攻略出来るのだ。あとはもう、ドレシア帝国にも旧アスロック王国にも魔塔はなくなる。
平和な世界で思う存分、イリスと幸せに暮らすことが出来るのだ。
「無理しちゃダメよ」
ルフィナからも心配された。
クリフォードとゴドヴァンも力づけるような微笑を浮かべている。
(やっぱり皆、変わった)
心配してもらえて、素直に頑張ろう、とペイドランも思えた。そして、しっかり説明しようとも。
「ちょっと、前の魔塔で、神殿の入り口って、嫌な思い出あったから。思い出しちゃったけど。もう、大丈夫です」
ペイドランは言い、先頭に立つ。
全員が『あぁ』という顔をした。だが、ペイドランも特に慰めがほしいわけでもない。大したことではなかった、と分かってくれればいいのだ。
幅広の神殿前面、入り口と壁とを見据える。どこまで広がっているのかすら分からないのだが、不思議と恐怖はない。
(とにかく階層主を倒すんだ)
ペイドランは思い、神殿へと歩み寄るのであった。




