365 最古の魔塔第4階層3
第4階層の中心部にまで至る。シェルダンの記録どおり黒い瓦礫の山が立ち並ぶ、広場のような場所だ。
(ここに、階層主がいる。ここも前の時の黒竜より強い階層主かもしれない)
ペイドランは赤いローブを纏うクリフォードを見て考えていた。
(殿下は火竜のこともクリスタルドラゴンのことも知ってた)
おそらく、こういうことも起こりうる、とあらかじめシェルダンから知らされていたのではないか。情報量が増える上、階層主との戦いではペイドラン単独で相手をするわけもない。だからペイドランではなく、覚えのいいクリフォードにだけ伝えていた。
知らせている情報に濃淡がある、というのが、いかにもシェルダンらしい。
「いるな」
ゴドヴァンが一点を見据えて告げる。
「奥に太い柱があって、その上に竜がいる。黒いな」
黒いのならば黒竜のままかもしれない、とペイドランは淡い期待を抱いたのだが。
「まだ、私の攻撃もセニア殿の攻撃も届かないのでね。進みましょう」
飄々とクリフォードがゴドヴァンに向かって告げる。
瓦礫の広場には魔物が少ない。それでもクロジシ1頭と遭遇してしまう。
「うおらぁっ」
ゴドヴァンが大剣で難なく斬り倒した。群れからはぐれた個体だろうか。
だが、これでゴドヴァンも階層主と思われる竜から視線を外してしまった。
「やべぇ、見失った」
ゴドヴァンが焦った声で言う。いつもと少し様子が違った。
(見失ったの、そんなに不味いのかな)
直感だけで敵を察知出来るペイドランは首を傾げる。
視界を影が過ぎった気がした。そしてさらにペイドランは自らの首がピリピリと危険を伝えていることに気付く。
「上ですっ」
ペイドランは叫び、自らも瓦礫の陰に身を隠した。無防備に構えていて、鷲掴みにでもされればひとたまりもない。
「いたなっ、今度は逃げねぇ」
空を見上げてゴドヴァンも言う。前に逃げたことでもあるのだろうか。
黒い竜が急降下してくるところだった。
ゴドヴァンがルフィナを、セニアがクリフォードを抱きかかえて、突進を逃れる。
(やっぱり黒竜?)
ペイドランは相手を見据えて思う。
「あれはイビルドラゴン。首に襟巻きがあるのが黒竜と違う」
抱き抱えられていたクリフォードがセニアから下ろされ、呑気に説明してくれた。襟巻きがあろうがなかろうが、大きくて黒い竜には変わらない、とペイドランは思う。禍々しくていかにも強そうだ。見失ったのをゴドヴァンが焦ったのは、上から不意討ちされるからだと遅れて気付く。
「ちぃっ、やってることは同じじゃねぇか!」
ルフィナを安全な瓦礫の陰に置いて、ゴドヴァンが毒づく。
(どういう意味だろ)
ペイドランは首を傾げる。
さっきからゴドヴァンの言うことの幾つかがペイドランには意味不明なのであった。
おそらく前回上がったときのことを思い出して、何か言っているのだろう。
「壊光球」
セニアが光球を10個、作り上げて宙に浮かべる。
「開刃」
壊光球から鎌のような刃が生じて回転する。
まだ空を旋回しているイビルドラゴンに襲いかかった。
「なっ、速い」
セニアが紫色の目を見張る。
巨体に似合わぬ機敏な動きを、イビルドラゴンが空中で見せた。十個の刃を難なく躱してしまう。
「なら、私が」
クリフォードが詠唱を開始する。まだ、ペイドランの飛刀が届く距離ではなかった。
イビルドラゴンが口を開く。赤く、毒々しい口内。
(何か来るっ)
ペイドランは思い、なぜだか耳を塞いだ。
空気が震えるほどの咆哮である。とても怖くて恐怖が募った。とても逃げ出したくなる。
「っ、うっ」
セニアもまともに聴いてしまったのか、苦悶の声をあげる。
「イビルドラゴンの咆哮には相手を怯えさせ、萎縮させる効果があるんだ」
まんまと驚かされて詠唱を中断させられたくせに、何食わぬ顔でクリフォードが説明してくれた。
こうしている間にもイビルドラゴン本体が急降下してきているというのに。
「ぐうおおおっ」
ゴドヴァンが急降下してきた巨体を大剣でまともに受け止めた。大きな足がつかの間、地面にめり込み、あえなく弾き飛ばされる。
「ゴドヴァンさんっ!」
ルフィナが声を上げる。
迂闊にゴドヴァンが退けば無防備なルフィナが殺されてしまう。
だからゴドヴァンが急降下を避けられないのだ。
「くっ」
ペイドランはイビルドラゴンに飛刀を放つ。目を狙ったのだが、たやすく声だけで払い落とされてしまった。
(ルフィナ様を助けたいだけだから)
ただの囮だ。
「壊光球、眩惑!」
更に、セニアも壊光球をイビルドラゴンの顔の周りで飛び交わせて時間を稼いでくれた。
その隙にペイドランはルフィナとともに、イビルドラゴンから距離を取る。
「ち、俺は大丈夫だ」
瓦礫の山に突っ込まされたゴドヴァンが立ち上がる。
新しい大剣。白い光を放っていた。
「ちと、早い気もするが仕方ねぇ」
さらに大剣の光が強くなる。ゴドヴァンが大剣を振るう。
飛び立とうとするイビルドラゴンの翼を氷の飛礫が直撃した。
「あ、あれは!」
心の傷をえぐられたセニアが顔をしかめている。
「死んだハイネルから押収した魔槍ミレディンを溶かして混ぜ込んだ魔剣らしいわよ。ミレディンの特性でね。魔力なしでも一定の魔術師並みの、氷を扱えるみたいよ」
こともなげにルフィナが説明する。
「あれで、ヒュドラドレイクの毒炎を防ごうと思ってたみたい」
ゴドヴァンの言っていた対策というのは魔剣のことだったらしい。
「合わせたく、ないんですけど」
とても憂鬱そうにセニアが言う。
ゴドヴァンが氷の壁を幾つも作り上げていた。
イビルドラゴンが空へと逃れる。
「セニア様、あれとあれに光集束放てば、光、曲がります」
なんとなくペイドランは曲がり方が分かるのであった。
「あっちから、こっちですっ!」
さらに手振りでペイドランは角度も伝える。
「光集束」
ため息をついて、心底嫌そうにセニアが聖剣から光線を放つ。
鏡の中を通り抜けるように、氷壁に当たった光線が曲がる。態度とは裏腹に、今までのようなヘナチョコの光線ではない。
イビルドラゴンの翼が刺し貫かれて、巨体が地面へと墜落する。
「ギャァァァ」
今度は咆哮ではなく、ただの悲鳴だ。
真っ赤に開いた大きな口の中、ペイドランは飛刀を放る。狙いどおり舌に突き立った。
さらなる痛みで悶絶するイビルドラゴン。
「よし。皆、素晴らしいね」
クリフォードが詠唱を開始する。
赤い魔法陣が中空に浮かび、熱気が肌を打つ。
「獄炎の剣」
炎の大剣がイビルドラゴンの身体を飲み込んでいく。
焼き尽くされた、巨体の中、どす黒い瘴気とともに魔核が覗いた。
「壊光球、開刃」
セニアの壊光球が露出した魔核を斬り裂いて砕く。
青空が広がる。
「やったわね」
ルフィナが微笑んで告げて、ゴドヴァンに回復光をかけ始めた。
「ゴドヴァン様の氷、すごい、意外でした」
ペイドランはゴドヴァンの方へと歩み寄って告げる。
氷の大剣、格好良くて羨ましいとすら思う。
「私はとっても複雑です。ひどい目にあわされたから」
台無しなことを言う単細胞女聖騎士に、ペイドランは舌を出してやった。
「ハハハッ、ぶっつけ本番で役に立って良かったぜ」
豪快に笑ってゴドヴァンが言う。
「試しをしてないのですか」
呆れ果てた口調でクリフォードも言う。
「だって、切り札なんですよ、その方が格好良いんです」
ペイドランはよく心得ているつもりなので、そう言った。
賛同してくれるのはゴドヴァンだけである。
「まったくもう、2人して。変なとこ似てるんだから」
母親代わりのルフィナが深々とため息をつく。
「まぁ、でも、とりあえず、良い調子ですね」
クリフォードが苦笑いのまま告げる。
「この調子なら、シェルダンの定めていた期日にも間に合うでしょう」




