364 最古の魔塔第4階層2
気をつけていたから即応出来た。
最古の魔塔の第4階層の入り口にて、ペイドランはクロジシ5頭と出会わしてしまう。いずれもたてがみのない雌である。動くとしなやかな筋肉の動きがあらわになるのだ。
飛刀を放って牽制した。
「うおおおっ!」
同時に第4階層入りしていたゴドヴァンが、前に出て渡り合ってくれる。
大剣を振るい、1頭、斬り倒した。
敵が身構える前に仕掛けたから出来たことだ。自分たちは敵がいると思っていたが、敵の方は攻撃されると思っていない。その有利不利を活かした格好だった。
ペイドランもゴドヴァンの側面に回ろうとした1頭の額に飛刀を命中させる。
「よしっ!」
すかさずゴドヴァンが怯んだその1頭を切り倒す。
相手が3頭になったものの、屈強で素早く、動きのしなやかな難敵だ。1頭1頭が強くて油断ならず、ハンマータイガーとはまた別の怖さがあった。
「んっ」
ペイドランは飛刀を何本も放って、残りのクロジシたちの脚を負傷させる。
(やっぱり、俺一人じゃきつかった)
また1頭、斬り倒したゴドヴァンを見て、ペイドランは思う。
一人と二人では、まるで立ち回りが違ってくるのだ。
優位を保ち、負傷もしないまま、2人で5頭を片付けた。
死体を片付けている間も、ゴドヴァンが見張りに立ってくれる。
「ゴドヴァン様」
まだ残りの面子が来るまで時間がある。ペイドランには少し聞いてみたいことがあった。
「うん?」
ゴドヴァンが辺りを見回しながら返事をした。
「今回は対策をしてあるって。それは、ヒュドラドレイク対策なんですか?」
ペイドランはクロジシの死体を赤い転移魔法陣の近くから引き離しつつ尋ねる。
ゴドヴァンとルフィナの2人はこの魔塔を上るのは2回目なのだ。先の階層でも対策を講じているようなことを言っていた。
「大した対策じゃないさ」
苦笑してゴドヴァンが言う。
クロジシこそ屈強なものの、先の第3階層ほどには魔物の総数が多くない。
「シェルダンの奴と比べりゃ、俺とルフィナはまるで考えてなかった。今になって思い知らされたよ」
確かにゴドヴァンの言うとおりなのかもしれない。
比べる相手が悪すぎる、ともペイドランは思ったのだが。
「結局、俺とルフィナはただついてきてるだけなのかもしんねぇ。前の魔塔だって、揉めたメイスンや悲鳴ばかりのガードナーほどには、働けてねぇ気もするしな」
どこか自嘲気味な響きをゴドヴァンの声が帯びた。
働きなど他人と比べるようなことではない。ゴドヴァンもルフィナもいないといないで困る。現に自分は今、助かったのだ。
(それは、俺1人だけじゃない)
更に思うのだった。浮かんできたのはシェルダンの顔だ。
「そんなことないです」
ペイドランは心の底から否定する。
「今回は、隊長、ゴドヴァン様とルフィナ様がいるから、安心して魔塔の外で自分のやりたいこと、やらなくちゃいけないことに専念できるんだ、って言ってました」
皆と合流するために出発しようというときに、シェルダンがしみじみと言っていたことだ。自分は結局、2本の魔塔しか上らなかった、2人がレナート様の娘であるセニアと上っていてくれて良かった、と。
(今回は、もしかしたら、隊長、本当はゴドヴァン様たちと共闘したかったのかもしれない)
ペイドランは確信しているのであった。
ゴドヴァンの返事を聞くことは出来ない。
すぐに残りの3人もきらびやかやオーラを纏って姿をあらわしたからだ。
「うまくいったようだね」
微笑んでクリフォードが言う。
「2人とも流石です」
聖騎士セニアもまた、自分とゴドヴァンとを交互に見て告げた。
自分はともかく、ゴドヴァンの方は既にルフィナが駆け寄っていて、甲斐甲斐しく負傷の治癒を開始していた。やっぱりどう見ても羨ましい。ここにはイリスがいないのだ。
「しかし、わざわざ壊れた神殿まで復元したのか。この魔塔は。律儀なことだ」
遠くをみやってクリフォードが笑って言う。
「あら、前回、建物なんかは壊してないから。そのまま放置してあっただけじゃなくて?」
ルフィナが聞き咎めて指摘する。
どっちでも良い、とペイドランは思う。自分たちは別に魔塔の学者ではないのだから。
「また、途中まで、皆で?」
ゆえにペイドランは話を実務的なところへと移した。
「あぁ、しかもこの魔塔の第4階層、さほど広くはないようだからね」
クリフォードがシェルダンのノートを開いて告げる。
他の第4階層と同じであってほしい、とシェルダンがかつて隅々まで調べたのだそうだ。克明な記録が残されている。
本来ならばここが、最上階の一歩手前だったのだ。
(第4階層って、いつもあんまり広くなかったもんな。それか、すぐに階層主と出くわした)
ペイドランも思い返していた。
だが、見渡す限りでは下層ほどではないものの、今までの第4階層では一番広い気もする。
「よし、俺は元気だ。進もう」
すっかり傷の癒えたゴドヴァンが宣言する。言葉通り、元気そうだ。ペイドランを見て、ニヤリと笑う。シェルダン関係の話、して良かったようだ。
嬉しくなってペイドランも頷く。
5人で階層主を求めて移動を開始する。
「壊光球」
セニアが光の球を宙に5つ浮かべる。
クロジシの群れと出くわした。10頭ほどの一団であり、今回は一際大きく、たてがみのある雄もいる。
「光の雨」
壊光球がふわりと上方へ動いた。針のような光線を降らせ始める。
空から降り注ぐ光線の雨がクロジシたちを襲う。
負傷して動きの悪くなったクロジシを、ペイドランとゴドヴァンとで1頭ずつ仕留めた。
「いけっ、ファイアーボールだ」
赤い魔法陣が宙に浮かび、クリフォードが火炎球を放つ。
クロカミガメが別方向にいたので、先手を打ったのだ。
(クロカミガメが一番、この面子だときついもんな)
ペイドランはいかにも飛刀の効かなそうな甲羅を眺めて思う。
さすがに炎魔術はよく効くようで、クロカミガメが焼け焦げて絶命する。
「よし」
満足げに頷くクリフォード。きっと燃やせて嬉しいのだ。
油断こそ出来ないものの、今更、クロジシ、クロカミガメ、黒檀牛など敵ではなかった。
ペイドランも後衛2人を護ることに専念している。
「我々も腕を上げてはいるが」
クリフォードが呟く。
「そして、ここで優勢でも、階層主を倒せたとしても、魔塔の主に負ければそれまでだからね」
ペイドランの考えを読んだかのようにクリフォードが話す。
「でも、ここで死んだら、もっと、だめです」
ペイドランはたしなめてやった。
少し、先を考えすぎているように感じられたからだ。
苦笑いしてクリフォードが頷く。
前方ではセニアが壊光球の開刃で黒檀牛を仕留めたところだった。本当に頼りになる聖騎士になったのだと思う。
「もちろんだ。だが、シェルダンの情報より階層主が強化されている、このいやらしさを思うとね。他が順調でも気を引き締めてかからねば、って私は思うんだよ」
クリフォードもまた頼りになる、人になってくれたのだ。
そういう話ならば、たしなめることでもなかった。
「それは、俺も気をつけます」
ペイドランも心の底から頷く。
自分だって無事に勝って戻り、とにかくイリスとまた会いたいのだから。




