363 最古の魔塔第4階層1
次はクロジシという屈強な魔物が多く出た、という第4階層だ。シェルダンの記録を読む限りでも、このクロジシはかなり手強い。一匹ではなく群れで連携して襲ってくるのだという。魔物としては珍しい。何匹かで襲ってはきても、連携をしてこないヨロイトカゲとはまた別だ。
(囲まれるとキツイな、だから最初から俺も本気だ)
ペイドランは二振りの短剣を鎖と結着させつつ思うのだった。クロジシに使うかどうかはともかくとして。万全の準備をしておこうと思ったのだ。
(隊長でも怪我したんだから)
さりげない情報ではあっても、自分にとっては重要なことであり、しっかりとペイドランも覚えている。
「俺、一人だと、次の階層の入口、厳しいかもしれません」
まだ第3階層にいるうちに。
ペイドランは一同に向かって告げた。事前のクリフォードとの話し合いでも、良い案がペイドラン単独では出て来なかったのである。
(そもそも、俺と隊長は違う)
シェルダンよりも腕力では劣る。飛刀の射程や小回りでは自分の方が便利なのだが。
「やっと、方針を決めたのかな?」
落ち着いた口調でクリフォードが尋ねてくる。
自分の提案を受け取る側も変わった。シェルダンと違うことを自分が言ったり、しようとしたりしても、頭ごなしに否定されることもない。かつてはどこぞの女聖騎士から散々睨みつけられたこともあったのだが。
「隊長のおかげで、次、どんな魔物が出るか、だいたい分かります。次の階層の入り口、隊長だから制圧出来たんだと思います。怪我、してたけど」
ペイドランは4人を見回して告げる。シェルダンの負傷を思い出させると、皆、納得した顔をしてくれた。
入り口付近を先行して鎮圧していたのは、偵察をし、また不意討ちへの防御のためでもある。
(隊長、なんだかんだで責任感強かった)
何が出てくるかわからないのは誰だって怖い上に不安だ。だから自分自身で背負っていた。
いざ、強敵と出会したなら、負傷してでも引き付けるなり、引き返して情報をもたらすなりをする覚悟も判断力もあった。ペイドランからしてそうだし、シェルダンも同様だったのだろう。
だが、今回はあらかじめ分かっているのだ。無理をしすぎるのも違う。
「うん、同じことをしてきた君だから出てくる言葉だね」
クリフォードが返事をして、さらに視線で先を促してくる。
いつの間にか皆を代表して方針を検討する立場にクリフォードがなっていた。
「なら、皆で?」
セニアが聖剣を手にして短絡的な言葉を発する。変わっていないところは変わらず、単細胞なのだった。自分が動きたいだけなのだ。
「いや、俺が一緒に行こう。それで十分だろ?」
父親代わりのゴドヴァンがペイドランを見てニヤリと笑う。
ペイドランは頷いた。まさに頼もうとしていたとおりのことだったから。豪快な人柄だが、自分のことはよく見て理解してくれているのだ。
「全員だと、万が一、入り口にたち悪いのいたら、危ないからです」
ペイドランは一応、セニアに念押ししておく。
何かまた間違えたかしら、とトボけた顔で首を傾げていたからだ。
「一網打尽、いやです」
ペイドランなりに分かりやすく、伝えたつもりだった。
「でも、私もペイドラン君が危ないの、いやだわ。イリスにも顔向け出来ないし」
なんと悪びれない顔でセニアが話を堂々巡りさせてきた。今のはもう納得してもらう流れだったはずだ。
「イリスは従者じゃなくなったけど、友人になったの。友人の夫のペイドラン君に無理させたくないわ」
セニアが自分なりの不思議な理屈を披露してくる。腕を増した分、論破しづらくなった気すらして、ペイドランとしては困ってしまう。
「だから、俺も行くんだよ、セニアちゃん。身体が小さくて、腕っぷしが足りないペイドランだから、その足りないところを補ってほしいんだろ。少ない危険でより確実にいけるように、な」
苦笑してゴドヴァンが言う。
ペイドランはコクコクと頷いてみせる。難ならセニア以外は皆、理解してくれているのでゴドヴァンも苦笑いなのであった。
(ゴドヴァン様に来てもらえるんなら大丈夫だ)
クロジシに力負けせず、速度でも負けないゴドヴァンとなら、多少の数がいても自分は飛刀による攻撃に専念できる。
二人で行動すれば死角も減らせるはずだ。
「ゴドヴァン様、よろしくお願いします」
ペコリとペイドランは頭を下げる。
話は決まった。さらにクリフォードが微笑みながらセニアに説明をしてくれて、ようやく腑に落ちた様子のセニア。
ゴドヴァンと自分へ念入りにオーラをかけてくれた。
「じゃあ行ってくる」
ゴドヴァンがルフィナと正対して告げていた。
「ええ、気をつけて」
ルフィナがたおやかに微笑んで、たくましい上腕にそっと触れていた。
(イリスちゃんがいればなぁ)
自分だって危険なところへ赴くのだ。好きな相手から勇気と力を貰いたい。
羨ましく思い、ペイドランは親代わりの2人を眺めていた。
「大丈夫、イリスのことだ。王都アズル攻めでもしっかりやっているよ」
ものほしげな視線に気付いたクリフォードが慰めてくれた。
さすがに少し恥ずかしい。
「本当は、少しでも一緒にいたいんです。心配だし。皆さんのために俺、すんごい我慢したんですよ」
ムッとした顔を作って、ペイドランは言う。
やり取りをルフィナとゴドヴァンに聞かれてしまったことに気付く。
「あら、そうだったのね。エラいエラい」
ルフィナがまた子供扱いをして、頭を撫でようとしてくる。イリス以外が頭を撫でるのは、もう駄目なのだ。
ペイドランはさっと身を躱して、赤い魔法陣の前に立つ。
「じゃ、行きます」
宣言してやると、慌てた様子でゴドヴァンも隣に立つ。
さすがに置いていくのでは本末転倒なのであった。
「分かった。クロジシにクロカミガメなんかが主らしい。気をつけるんだよ」
クリフォードが念押ししてくれるのを耳に入れて、ペイドランは第4階層へと足を踏み入れるのであった。




