361 最古の魔塔第3階層3
「う、ん」
セニアは目を覚ました。白い天幕が視界に飛び込んでくる。
ルフィナが眠っている間も回復光をかけてくれていたらしい。小さな傷も全て塞がって治り、身体が随分と軽く楽になったように感じられる。
隣を見ると入れ違いのように、当のルフィナがすやすやと眠っているのであった。
さらにその向こうでは、とっくに戻ってきていたペイドランが、ルフィナの隣で大の字になって眠っている。だが、セニアの起き出した気配を察して身を起こす。ゴシゴシと拳で目をこすり始めた。
(起こしちゃったのね。悪いことしたかしら)
天幕の中にいるのは自分たち3名だけだ。ゴドヴァンとクリフォードの二人は外で見張りをしてくれているらしい。
「階層主、いました」
目をこする手を止めて、ペイドランが端的に告げた。
「さすがね」
微笑んでセニアは答えた。
たとえ短い距離で済んだとしても、魔物の多いこの階層では大変だったはずだ。
「でも、なんか鏡って感じしなくて」
戸惑いもあらわにペイドランが首を傾げる。
「なんか、光り方が鏡っぽくなくて、きれいな感じがして、硬そうで」
一生懸命に伝えようとしてくれているのだが。こういうときにペイドランの話し方は困るのだった。何が違うのかなぁと自分で考え出してしまっている。
セニアもまた、首を傾げた。鏡とどう違うのか、伝わってこないので、今一つピンとこない。
「それじゃ、ミラードラゴンではなくてクリスタルドラゴンなのかもしれないね」
天幕の外から、顔を突っ込んでクリフォードが口を挟む。
また、聞いたこともない魔物だ。
「あら、つまり、また以前にいた階層種よりも上位の魔物なのかしら」
遅れて目を覚ましたルフィナが起き上がって言う。
「ええ、神聖術への耐性がミラードラゴンよりも強く、打撃や斬撃も効果が薄い、とシェルダンから貰った資料にありました」
鏡よりも水晶のほうが丈夫だということなのだろうか。クリフォードが淡々と告げる言葉はなかなかに重たい。
またしても前情報よりも強い階層主があらわれた。
(やはり、瘴気が増した分、階層主が強力になったのね。この分じゃ他の階層もそうかもしれない)
すべてがシェルダンの記録どおりでは無いということだ。
(元より退却するつもりなんてない。でも、今回は本当に攻撃する手段が)
セニアは頭を悩ませてしまう。
「つまり、私の出番だね。今回は」
クリフォードが自分の顔を見つめて微笑む。柔らかく、それでいて力づけてくれる。
「そうか、そうだな。まだ殿下の炎魔術が俺等にはあったな」
ゴドヴァンの大きな声が聞こえてきた。ニヤリと笑う顔が目に浮かぶような声音だ。
「それでも、硬い魔物には違いがないし、長期戦となるかもしれない」
クリフォードが渋い顔をつくった。
「まったく手が無いよりはいいさ」
天幕の外から届くゴドヴァンの言葉にセニアたち3人も頷く。
「じゃあ、俺、階層主のところまでご案内します」
ペイドランの言葉を皮切りに、皆で移動の準備を始める。
セニアも皆にオーラをかけ直した。
(私には何ができるかしら)
先導するペイドランの小柄な背中を目にしながら、セニアは考えていた。
剣を振ることにしか自信を持てなかった、以前の自分とは違う。使える手立ても増えているのである。
決定打以外のあらゆることを自分は今、選択肢として取れるのだ。
「どっちかって言うと、鋼骨竜に近い魔物なんじゃないかって、俺、思って」
背中を向けたままペイドランが話し出す。
「そんな硬いやつ相手だと、俺、飛刀刺さらないから、何にも出来ないです」
確かに名前どおり、水晶で出来た、硬質な鱗には飛刀では相性が悪いかもしれない。
「だから、ルフィナ様と殿下を、トカゲとか鳥とかから守ります」
自分なりに出来ることをするのだ、とペイドランが宣言したのであった。
(なら、私の役割はクリフォード殿下を手助けすること)
セニアはいつぞやの会話を思い出していた。
自分にトドメが刺せない魔物をクリフォードが、クリフォードにトドメが刺せない魔物をセニアが仕留めるのだ。トドメを刺すのではない側が、相手を全力で援護するのだ。
ゴドヴァンが粛々とヨロイトカゲや怪鳥レッドネックを斬り倒していく。
最上階が近づくに連れて、ルフィナもゴドヴァンも戦うときの集中力が増しているように、セニアにも感じられた。
「あれです」
林立する岩の間からペイドランが指差す。
尖った岩の上に、緑がかった水晶の身体を持つ竜が乗っていた。
目だけは赤く、こちらを憎々しげに睨みつけてくる。
「うおおっ」
ゴドヴァンが光線を大剣の腹で受け止める。
「ハハッ、出会いしなの光線は変わらねぇんだな」
反応が早い。前回の戦いでの経験から攻撃を予期していたらしい。
「私の炎は効果的だろうが、問題は」
クリフォードが低い声で独り言を口に出す。
「うまく当てられるかどうか、ということだ」
クリスタルドラゴンが大きな羽で飛び立った。かなりの速さでゴドヴァンに肉薄する。
「ぐっ」
爪で切りつけられたゴドヴァンが呻く。大剣で直撃を防いだものの、軽く傷を負った。
「ゴドヴァンさんっ!」
ルフィナが負傷するゴドヴァンを見て声を上げる。ただ心配するだけではなく、杖を掲げて回復光を飛ばす。
(殿下が大技を当てる隙を、私が作るっ)
セニアはまだ詠唱を始めないクリフォードを見て決意する。
「千光縛」
セニアは光の鎖を放つ。
発想は悪くないはずだ、とセニアは自分で思った。がんじがらめに縛り上げれば、あとは仕留めるだけなのだから。
(速いっ)
クリスタルドラゴンが巧みに飛翔して、千光縛を回避する。
「くっ、手強いな」
クリフォードが舌打ちして告げる。
確かに空中での機動力はセニアの予想を上回っていた。
だが、飛んで逃げること自体はセニアの予想の範囲内だ。
「そう来ると思った」
ニッコリとセニアは微笑む。
中空に15個の壊光球を生み出す。
「壊光球、分裂」
空中で壊光球一つ一つが2つに分裂した。それぞれ、光の鎖で繋がっている。
「連鎖」
鎖で繋がった15組の壊光球が空へ逃げたクリスタルドラゴンに迫る。
クリスタルドラゴンの左右から挟み込むように飛んで、その翼を縛り上げた。
「シャギャギャギャ」
耳障りな咆哮を上げて、地に墜落したクリスタルドラゴン。
あまりに大きな隙であった。
肌を打つほどの熱気が生じる。赤い魔法陣が2つ並んで浮かんでいた。
「よし、行け、獄炎の双剣」
満足気に微笑むクリフォードが、地べたを這うクリスタルドラゴンに巨大な2本の火炎剣を叩き込んだ。
水晶で出来た身体をみるみるうちに溶かしていく。
「相変わらず、すごい熱気」
軍服の袖で汗を拭き拭き、ペイドランが呟く。
クリスタルドラゴンの身体、腹部において魔核が露出した。
「光集束」
すかさずセニアは、魔核を光線で貫く。
青空が広がる。
「セニア殿。素晴らしい援護だったよ」
クリフォードが告げて右腕を挙げて近付いてくる。
セニアも同じく右手を挙げて、掌を合わせた。
「やはり、殿下の炎魔術、凄かったです」
セニアははにかんで告げる。
「やはり、私は燃やすことが性に合っているよ」
クリフォードが告げる。
「燃やすというよりも溶かしてました」
セニアはあまり褒め過ぎてまた燃やすことに、こだわっても困ると思い、そう揚げ足を取るのであった。




